連続百名店小説『みっちゃん』第七話(カルナ/三国(福井))

 福井県出身の五木光子。東京で大好きなテレビ番組のADとして働いているが、過酷な労働についていけず怒られてばかり。気力体力を消耗し出世も見込めない中、やっと1週間の休みを取得できて初めての帰省。有名番組のADをしている娘を誇りに思う両親に、自分の置かれた状況を打ち明けることができずにいたが、仕事が辛いという本音を漸く打ち明けることができた。ただ、変質者Aに付きまとわれていることは打ち明けられずにいた。そして父と妹の長きにわたる確執もまた気がかりである。

  

「なあ正、Aのことだけどさ」
「Aくんがどうした?」
「不起訴になったとはいえ、これ以上夜の店絡みでは働くことができない」
「残念ですけど、仕方ない部分もあるよね」
「俺さ、あいつには面倒みてくれる奥さんが必要だと思うんだ。奥さんがいれば少しは、女性に対する意識を改められるはず。だからさ、Aに良さげな女性を紹介してほしいんだ」
「ちょっと待って。即断できないよそれは」

  

 正義感の強い正など、ちょっと押せばすぐ受け入れてくれることを熟知している社長。引き下がる訳がなかった。
「だよな。でもちょっと考えてみよう。Aがこのままふらふらしたらまた女性が犠牲になる。そうなる前に、Aを叱って正しい道に戻してくれる人がいれば、社会はひとつ平和を手に入れられる。再犯の抑止力になるんだよ?英雄だよ?英雄にしたい女性、いないの?お願い!」

  

 屁理屈を捏ねられ、受け入れざるを得なくなった正。晩生の傾向にある正にとって、唯一馴染みがあった女性がクラブに誘った光子であった。勿論Aが必ず蛮行を起こす保証は無かったし寧ろ更生を信じてあげるべきではあるのだが、結果として自分の行いで光子をAの脅威に曝すこととなってしまった。正はいい人である。しかしいい人でありすぎた。

  

===

  

正さん、実は相談が……。クラブで変な男の人に絡まれて付き纏われています。

  

 私は遂に正さんを頼ってしまった。翌日には東京に戻るから、高速バス降り場でAに待ち構えられていたら、居候先が割れていたら、など最悪の事態を考えて声を上げた。既読はついたが返信は無い。余計なことをしてしまったと思い、ごめんなさい、正さんに言うことじゃないですよね、と一言追記してLINEを閉じた。

  

 ピザ屋を出発して次に向かった先は、三国湊にあるジェラート屋。芦原から東尋坊に向かう直線ルートからは少し外れるためあまり訪れたことはないのであるが、有名な店と聞いて寄ってみることにした。

  

 レトロな建物が並ぶ三国湊。是枝監督の映画に登場しそうな情緒ある街並みの中にそのジェラート店がある。店内には人気男性アイドルの写真が至るところに貼ってあるが、ロケで訪れたからなのか、単に店主がファンだからなのかは不明である。
 フレーヴァーは20種類弱といったところか。県外産で惹かれるものも色々あったが、やはり地元の食材を使ったフレーヴァーを選びたい。早く選べ、という無言の圧をかけられているような感覚に陥り焦ったが、何とか3種類を選びきれた。トリプルで800円超は、ジェラートとしては高額に思えるがそのぶん量が多い。さらに一口分のおまけもついてくるため豪華である。

  

 まずはベースとなるミルクジェラートから。おけら牧場のジャージー牛乳を使用していて、さっぱりしている中にも探してみるとコクがある。
 これはおまけに選んだイタリアンジェラートの定番・ピスタチオにも活きているようで、砕いた実の食感や強い芳香は無いものの、ミルクの力強い下支えにより滑らかな仕上がりになっている。
 地元産薩摩芋のジェラートも、薩摩芋の味がミルクに延ばされて、じわじわと芋の甘みが出てくるものである。一方で強烈な印象を残してきたのが一番人気・三国の海の塩ジェラート。淡い水色の外見は童心を擽る。天然のポカリスエットとでも言えば良いのだろうか、爽やかなミネラル感で次々と食べたくなる。織田哲郎氏の作る曲が脳内を駆け巡る。今度は夏の三国湊で食べてみたい。

  

 東京でも南青山の福井料理店にてここのジェラートを食べることができると聞いた。ただその店は越前蟹を売りにする高級店であり自分からは行けない。隣のアンテナショップには入荷するのかな?するのであれば買って食べたい。そんなゆったりまったり過ごす暇など無いとは思うが。

  

 三国の街並みを楽しんでいると早速、望まぬ来客があった。父である。漁が早く終わり合流してきた、とのことである。愛は途端に私の後ろに潜り込み、父を視界から外すよう努める。
「お父さん、来るなら事前に言ってよ」
「何が悪い」
「愛のことも考えてよ」
「おお、おったのか……」
 勢いで愛がキレて、父との十年ぶりの会話、という展開を期待したが外れた。それくらいお互い口をきかない態度は確固たるものなのである。見かねた祖母が父の方を見て言った。
「建。お前ちょっと強情すぎやせん⁈あんたから一言ごめん言えば済む話やない⁈」
「そんな単純やない」
「何がアカンのや。ごめん言うて減るもんあるんか」
「認めたくないんや」
「そうやって昔から意地っ張りで。少しは折れること学ばんかい」

  

 楽しかったはずの帰郷が突如として修羅場と化した。勿論嫌なので止めに入った。
「おばあちゃんやめて。これ以上言っても空気悪くなるだけ」
「言うべきことは言わんと」
「わかった。じゃあ取り敢えず東尋坊行こう。ここで揉めるのは色々違う」

  

 車に戻るまでの時間で熱りが冷めた祖母と父。喧嘩は休戦とし、三国湊から東尋坊へのドライヴを楽しむ。愈愈道路も海沿いを通り始め、車窓には日本海の荒々しい波、そしてこれから向かう東尋坊の突端が見えてくる。

  

 東尋坊タワーの麓にある駐車場に車を停めた。ここから東尋坊までは土産屋やカフェ、海鮮料理店等が連なる。海鮮焼き串から放たれる磯の香りがまた懐かしい。立派な越前蟹が生簀に居るのを見て、いつかは料亭で1人丸々1杯、刺しや焼き、茹でや揚げなど様々な調理法で食べ尽くしたいと思う。もちろん家族全員で団欒しながら。

  

 とうとう岩場に到着。足場はとても悪く、少しでも体重のかけ方を誤れば転倒や転落をしてしまいそうであるが、そうやって皆用心しながら進むから事故の話はそうそう聞かない。祖母は無茶せず手前で待機して、若い私と愛が突端を攻める。

  

前には男子大学生の5人組がいて、突端のその先へ降りて岩にしがみつきスリルを堪能していた。あの船越英一郎氏にもできないであろう無茶である。

  

 順番が回ってきたので、慎重に足下を確認しながら私も先端に立つ。立つと言っても、ちょっと腰が引けて格好悪い立ち姿になっていたと思う。

  

 その先に見える日本海の水は、荒々しいがよく見ると透き通っていて、琥珀糖のように摘んでみたいと思える美しさである。テレビではエメラルドグリーンの海ばかり取り上げるが、故郷の日本海こそが世界一の海だと私は思う。そんな波が崖にぶつかって真っ白な水飛沫となる。崖の周りの水はその白の泡立ちで少し碧くなっており、日本海という作品に更なる立体感を与える。

  

 光子が崖の突端で夢中になって日本海を眺めていたその時、またも望まぬ来客が至近に迫る。光子が崖に立っている様子を発見すると、曇りであるにも関わらずサングラスをして接近する。幸か不幸か光子の後ろに人が並んで来ず、その不審者は光子らの背後を確保した。

  

「み〜つこちゃ〜ん。やっと会えたね。グフフフフ」

  

「キャーーッ!」

  

 羽交い締めにしようと光子に迫るA。そこへ割って入ってきたのは光子の父・建であった。Aは邪魔だと言わんばかりに建を横へなぎ倒す。その先は崖の突端であった。建は勢い余って崖から身を投げ出される。

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