連続百名店小説『みちのく酒びたり』第6陣(永楽食堂&酒盃/秋田)

女性アイドルグループTO-NAの特別アンバサダー・タテルは、メンバーのカコニと共に東京テレビの旅番組に出演する。JR東日本のフリーきっぷ「キュンパス」で各地を回り、浮いたお金で食事などを楽しむご褒美のような企画。
☆旅のルール
1泊2日の旅で支払った金額(キュンパスの代金除く)の合計が、キュンパスにより浮いた運賃と±1000円以内であれば旅の費用全額を番組が負担。±5000円以上であれば演者が(キュンパス含む)全費用を負担。ただし移動の運賃は一切調べてはいけない。

  

*曖昧なる記憶につき、一部事実と異なる記述があるかもしれません。ご容赦ください。

  

「タテルさん汗かいてるじゃないですか」
「今日暑いよ」
「まあ確かに暖かいですよね。新幹線の中ではコート脱ごうかな」

  

秋田へ向かうこまちは、通常であれば東京からそのままやってきて新幹線ホームから発車するが、連結運転休止により盛岡始発となり、在来線の田沢湖線ホームからの発車となっていた。

  

「盛岡駅在来線ホームにこまちが停まっている。この画は珍しいから是非写真に収めましょう」
「撮り鉄ですねタテルさん」
「迷惑はかけないよ。写り込む人にどけとか言わない」
「人として当たり前のことなんですけどね」
「善良な撮り鉄も普通にいるからね。変なのが目立つだけ。よし、2人とも車両の前に立って、はい、ポーズ!カコニ、もっとはっちゃけなさい」
「恥ずかしいですよ」
「カゲ聞いて。カコニったら、普段は弾けたポーズとるのに、インスタに載せるよって言ったら控えめになるんだ」
「カコニちゃんらしいね。あまり目立ちたがりたくないというか」
「そうですね。裏でメンバーといる時は燥ぎますけど、表だとどうしても」
「じゃあプライベート用の写真撮ろう。すみませんスタッフさん、一旦カメラ下ろしてください。…アハハハ!いいねカコニ、それだよそれ」
「公開しないでくださいよ。本当に恥ずかしいので」
「じゃあ公開しません。せっかく面白いのに」
「…見せていいです」
「はいどうぞ!」

  

「顔くしゃくしゃなんですけど、ああやっぱり恥ずかしい…」
「楽しそうなのがよく伝わってくる。尻込みすることないって。よし、飲み物買って新幹線に乗ろう!」

  

しかし田沢湖線ホームの自販機は売り切れが続出していた。山奥に向かうローカル線だから普段は利用客が少なく、補充が十分になされていなかったものと思われる。
「この小さいお水で良いんじゃないですか?」
「水か…買ってまで飲むものじゃない」
「贅沢言わない方が良いですよ」
「家帰ればウォーターサーバーあるからな」
「ウォーターサーバーの水、どうやって手に入れてます?」
「…買ってる」
「ですよね!じゃあこの水買いましょう!」
「やられた!」
「口車に乗せられて写真公開された仕返しです」
「参ったなあ」

  

秋田までは1時間半の道のり。相変わらずタテルは奥羽山脈の険しい雪景色に釘付けである。
「人の踏み入れる余地がない山奥の雪景色、眺めていると癒される…」
「一緒に見ましたよねこの景色。今でもありありと覚えています」
「俺もだよ、カゲ」
「タテルさんも今や立派なTO-NAの司令塔ですもんね。タレントさんとしても人気で」
「カゲが励ましてくれたお陰だよ。カゲだって今や立派な売れっ子俳優だもんな」
「それほどでも」
「どんどん大物になっていく。3年後くらいには朝ドラのヒロインやるでしょうね」
「いやあ、そんなことないですって」
「貴重映像になりますよこれ。『今をときめく朝ドラヒロインが酒飲みまくり!』なんてね」
「私も自慢しますよ、朝ドラヒロインのカゲさんとマブダチだって」
「嬉しいけど…ちょっと恥ずかしいかな」

  

16時過ぎ、秋田駅に到着。するとボーナスチャンスの実施がアナウンスされたため、急いで駅前のホテルにチェックインして荷物を下ろす。会場はそのホテルの宴会場、内容は気配斬り対決である。あろうことか床には足つぼマットが敷かれていて、タテル一行も敵役のスタッフ陣も痛がり続ける3分間であった。
「2人倒しましたので2万円ボーナス!」
「ありがとうカゲ!さすが足つぼ通ってる健康優良児」
「いやいや、悶えるほど痛かったです。足つぼマットの突起は本っ当に耐え難い」
「酒と肉に溺れる俺らにはキツすぎた」
「ちょっとタテルさん、私を巻き込まないでください!」
「すごい叫んでたよカコニ。今まで聞いたことない音量だった」
「また恥ずかしい姿を…」
「ナイスリアクション。明後日からは健康志向になろう」

  

開店時間を過ぎていたため永楽に急行する。その次に訪れる居酒屋は18時の予約であったが、駅からかなり遠い場所にあるためバスで移動する。そのため今回の永楽は17:30までの滞在となる。

  

早速タテルは新政を注文。軽い飲み心地のエクリュ、リッチさが加わってR-type。相変わらず穢れのないフルーティな日本酒である。ちなみに3人の注文を以て、この日のR-typeの在庫は終了した。

  

「摘みは食べます?」
「食べた方が良いね。空腹だと酔いやすいから」
「でもお通し2品出ますよね。それで十分かもしれません」
「いや、惣菜1品くらい食べておこう。俺は蓮根にする」
「じゃあ私たちは納豆ちくわにします」

  

タテルが頼んだ蓮根海老しんじょう揚げは、厚みのある蓮根がとにかく美味しい逸品。おろしを浸したつゆにつけると蓮根の甘みが際立つ。中の餡からは葱などの味が目立つ。

  

「楽しみですね、カゲさんと同じ部屋に泊まれるの」
「3年ぶりくらいになるかな?楽しかったね、夜通し語り合ったの」
「熱い話しましたねえ」
「そんな熱い話したんだ。噂には聞いていたけど」
「私が戻ってきたのとカコニちゃんが加入したのが同じ時期だったので、綱の手引き坂メンバーとしてはお互い新人だね、って」
「そんな時代もあったね。不思議な関係性というか」
「普通に考えたらカゲさんは先輩のポジションなのに、分け隔てなく接してくださって。それがすごく有り難かったです」
「先輩と後輩が遠慮なく接するのっていいよね」

  

タテルは田酒を追加する。秋田の隣青森の酒ではあるが豊富な種類を取り揃えている。その中から山廃と斗壜取を、昔を懐かしむように呷る。
「俺なんてただの綱の手引き坂ファンだったからね。まさかこうして直で時間空間を共にするとは思わなかった」
「良かったですよねタテルさん。推してるアイドルの運営に関われるなんてそうそう無いですよ」
「最高だよ。それと同時に責任もあるけど」
「ファン代表みたいなところあるからね。そりゃ尽くさないと。尽くしても良いと思える唯一の存在、それが綱の手引き坂、TO-NAなんだ」
「嬉しいですね…」
「キー局の旅番組まで一緒にやれるなんて幸せだよ。頑張ってきて良かったな…」

  

あっという間に田酒を飲み干したタテルは、男鹿の新進気鋭の日本酒「稲とアガベ」を選んだ。EMANONの味わいに衝撃を受ける。日本酒の枠を超越して、白ワインのような複雑性と重さを感じる。さらに稲とリンゴを飲んでみると、日本酒の趣を残しつつ林檎の香りが確と味わえる。日本酒の体裁を保ちつつ革新的な味わいである。
「男鹿も行きたいですよね」
「本当は前回行きたかったんだけどね。秋田駅前で焼肉食べて午後イチの男鹿線乗って、永楽の開店時刻に戻ってくる予定だった」
「それめっちゃ楽しそうじゃないですか」
「私も下調べしてて、道の駅とか行きたかったんだよ」
「大雪が全部滅茶苦茶にした。悔しかったねアレは」
「『浮いたお金』も稼ぐチャンスでしたね。あれがあったらまだ…」
「全然オーバーしてたと思う」
「調子乗っちゃダメですね」

  

そう言ったそばから新政の個性派ブランドを追加発注するタテル。亜麻猫にはヨーグルトのような爽やかな甘みがあり、陽乃鳥には味噌やフォアグラなどの濃密な料理に合うリッチな甘みがある。
「ダメ押ししますね」
「だって飲んでおきたいじゃん、そこに新政があるなら」
「そこに山があるから、みたいに言わないでください」
「東京だともっと高くつきかねないからね。あとはやっぱこの店、佐々木希さんの聖地ということで」
「来てるんですか?」
「インスタで上げてた。それで余計有名になっちゃったみたいだけど」
「秋田を代表する有名人ですからね」
「ゴチに出てきた時すごい美人さんだなって思って。矢部さんのせいでおみやになったら、俺次の日の学校で一日中不機嫌になってたくらい」
「好きなんですね」
「好き。今でも好き」
「鼻の下伸びてますよ」
「秋田で出会う女性みんな美人さんなんだもん。カゲがこの前話しかけてたカップルの女性とかタイプすぎて」
「確かに綺麗でしたけど」
「シャキッとしてくださいタテルさん。夜はまだまだこれからですよ」

  

会計をしてみると、タテル1人で6,150円も飲み食いしてしまった。前座のつもりがつい飲み過ぎてしまう、それくらいの魅力が永楽にはある。
「1週間くらい秋田に住むとするじゃん。毎日来ても飽きないねきっと」
「それはわかります。もっと色んなの飲みたいですもんね」
「2合飲んでるのに意外と飲んでない印象です」
「飲んでも飲んでも果てない日本酒への興味。でも次行く店にはね、またすごい日本酒があるらしいよ」

  

秋田駅に戻り、県庁市役所方面へ向かうバスに乗る。
「結構駅から遠いんですね」
「そう。タクシーで乗りつけるにしてもお高めだね」
「帰りのバスってあるんですか」
「無いと思う。だから2km半歩いて戻るよ」
「歩くんですか⁈」
「半分に分けてね。途中バーに寄るから」
「困難は分割せよ、ということですね」
「そうそう。まあでも2.5kmで弱音吐いてたら、タクシー乗り継ぎ旅すら出られないけどな」

  

17:55頃に県庁市役所前で下車。運動公園を左手に眺めながら少し路地に入ると、居酒屋「酒盃」の灯が見えてきた。丁度開店のタイミングであり客が一斉に入店する。
「靴脱ぐタイプの店ですね。靴下新調しておいて良かった」
「私も危うく、いつもレッスンの時履いてる鮭の切り身靴下履いてくるところでした」
「それはそれで可愛いけどね。まあ大人の空間だから浮きかねないか」
「穴空いてなければ問題ないと思いますよ」

  

!!!筆者は実際ひっそり1人で訪れております。3人の場合は恐らくテーブル席に案内されます。!!!

  

カウンター席に案内された3人。早速最初の料理・前菜6種盛り合わせが置かれていた。ひろっこ、ニシンの煮付け、〆鰯の卯の花和え、芹の白あえ、ホタルイカ、牛時雨。海の幸は臭みを抑え旨味を凝縮。陸の幸はしみじみとした旨味を大人しめに発揮。どれも酒を呼ぶ良質な摘みである。

  

日本酒をしっかり飲んできた3人であるが、改めて乾杯を行うことにする。タテルが注文したのはジントニック。ロンググラスで提供されるかと思いきや、綺麗な球体の氷が入ったウイスキーグラスで登場。最早バーでの提供の仕方である。ジンが濃く、摘みとよく合う。

  

一方で女性陣はビールを注文していた。
「待ってすごい。こんなきめ細やかな泡の生ビールは飲んだことないです」
「ホントだ。ビールサーバーの手入れがしっかりしているんでしょうね」
サーバーメンテナンスは、この店の2番手と思しきスタッフの仕事であると云う。
「自分自身美味しいお酒飲みたいと思っていて。それで自発的にお手入れやっています。メンテナンスに来てくださる方からも、いつも綺麗にしてくれていて助かる、なんて言われます」
「へぇ、俺もビールにすれば良かったかな」
「タテルさんあんまりビール飲まないですよね」
「健康のこと考えるとハイボールとかジンソーダとかになる」
「その後浴びるように飲むから意味ないと思いますけどね」
「それ言うなよ。よし、日本酒のやわらぎとしてビールを飲もう」
「えっ?」
「ドイツではイエガーマイスターのチェイサーでビール飲むらしい」
「いやぁ、さすがに私たちには真似できないですね」
「冗談だよ。さ、ビール終わったら日本酒飲もう」

  

色々な種類を味わえるように、半合での注文も受け付けている日本酒。まずは、タテルの右隣に座る男性が勧められていた「雪の茅舎 美酒の設計」を便乗して半合注文する。辛口の傾向にある雪の茅舎であるが、美酒と謳う通り綺麗に磨かれた味であり、フルーティな日本酒を好む人にも良さが解る1杯である。
その男性と談笑を始めるタテル。男性は関東の在住であるが、秋田の出身であり里帰りで訪れていた。
「キュンパス使うと新幹線片道のお値段で往復できちゃうんです」
「へぇ、そんなものがあるんですね。僕飛行機で来ましたけど、それ使えば良かったなぁ」
「明日まで秋田にご滞在ですか?」
「そうです!明日最後に永楽行きます」
「僕さっきまでいました」
「え、さっき?」
「はい。既に2合飲んでます」
「すごい…よく飲まれるんですね」

  

刺身が4種類。基本生の魚介を避けるタテルも、山葵さえあれば気にせず美味しく食べるのである。ねっとりしたイカ、旨味が乾いた磯の風に乗ってくる北寄貝。秋田ならではの魚となると左下のソイであろうか。引き締まった身には旨味も載っている。

  

カゲとカコニは左隣のカップルと談笑していた。そのカップルは、最早この旅では恒例となっている、キュンパスを利用して訪れた同志である。
「どこ巡ってきたんですか?」
「はやぶさで青森に行って、おさないの帆立料理食べてきました」
「あ、それ明日行く予定なんです」
「そうなんですね。美味しかったですよ貝焼き味噌。いくらでもご飯食べれちゃいます」
「混んでましたか?」
「ちょっと並びましたね。でも回転速かったです」
「前行った時臨時休業だったからな、楽しみだ」

  

続いて餡掛け豆腐が登場。餡という粘性のあるものに仕立てたことにより、優しい出汁を円やかに感じ取ることができる。豆腐もまた大豆の素朴な旨味を感じられ、酒に溺れる旅路におけるオアシスとなる逸品である。

  

永楽でさえ切らしていた新政No.6 S-typeはショット単位での提供。30mlとなると少な目にみえるが、満足度は量以上にあると言える。マスカットというかラムネというか、爽やかなフルーティさがある優秀な酒である。

  

「俺秋田大好きなんですよね」
「嬉しいです、僕の地元気に入っていただけて」
「酒飲みには堪らないです。全国クラスの居酒屋とバーがたくさんあるので」
「バーがあるというのは意識してなかったですね」
「頂点に君臨するのがルヴェール、少しカジュアルめでレディ…」
「レディさんでしたら、うちのマスターが前勤めてましたよ」店員がカットインする。
「そ、そうなんですか⁈」
「ええ」
「オリジナルカクテルのメニューが沢山あって、選ぶのも楽しいし飲んでみても楽しいし」
「ありがたいですね」
「一応今日はムーンシャインと1980に行く予定ですけど、こりゃレディにも行かないとな」
「飲みまくりの夜になりますね。若いっていいな」

  

続いての料理は天ぷら。みかわみたいに専門店ではないから衣はやや厚めだが、野菜に加え鶏肉、そして弾力と青い味が特徴的な穴子が酒を呼ぶ。

  

この辺より愈々、あの永楽でさえ扱いの無いものを攻めるタテル。ショットものから游神。この世に1つの樽でしか仕込まれない希少性の高い日本酒だが、タテルは口当たりが綺麗という一辺倒のコメントしかできなくなっていた。

  

一方のカゲは相変わらずのコミュ力の高さでキュンパスカップルから話を引き出していた。
「出会いの話とか聞いていいですか?」
「出会ったのは職場ですね。同期入社なんです」
「同期っていいですよね」
「たっくん入社式初日から私に話しかけてきて」
「だって隣の席だったじゃん。少しは話しかけるものでしょ」
「だからっていきなり『ランチご一緒しません?』とは言わないでしょ」
「すごい!肉食系男子!」
「でも悪い人じゃなさそうだったのでついていきました。そしたら連れて行ってくれた先がラーメン二郎で」
「二郎に⁈そんなことあるんだ」
「でもね、実は私も二郎大好きで。すっかり意気投合しちゃいました」
「マジかあ、すごい運命的な出会いだ!えっ、ちなみにその日の午後、ニンニク臭くなかったですか?」
「上司に『お前らニンニク食べてきただろ?』ってツッコまれました」
「怒られるかな、って思ったんですけど『初日からニンニクなんて度胸あるな』って褒めてもらいました」
「褒めてもらえたんだ!それは良い滑り出しですね」
「でもその後の研修でたっくん居眠りしちゃって。こってり絞られてました」

  

比内地鶏の石焼きが準備される。ハツ、セセリ、砂肝、直腸など6種類の部位が生で登場。これをセルフで焼く。
「カゲさんの側、盛り上がってますね」
「カゲは人の懐に飛び込むのが本当に上手くて、頭の回転が速いから話を回すことにも長けています。俺なんてこの店行ったあの店行ったを連呼することしかできないので」
「それも素晴らしいですよ。食べること大好きなんですね」
「それしか誇れることなくて。俺にはグルメしかないんですよ…」
「山田GATSBYさんみたいなこと言いますね」
「SASIKOも大好きなので。エヘヘ…」
「お客様、焼きすぎないように気をつけてくださいね」
「おっと失礼。食べましょう食べましょう」
弾力は勿論のこと、塩(?)などの振り方が素晴らしく、肉汁の旨味をたっぷり堪能できる。内臓系の臭みも無く、もう1周くらい食べたいものである。

  

「タテルさんとこも会話、盛り上がってますね」
「まあね。どこ行った自慢しかできてないけど。カゲは相変わらずハシゴ旅のトークが上手いようだね」
「良いネタ引き出せましたよ」
「え〜どんな話?」
「それはオンエアのお楽しみです」
「聞きたい。じゃあカコニ、教えてくれない?」
「ダメです」
「いけずだな」
「ちょっとお化粧直しを」
「私も行く」
「行っちゃった…」

  

女性陣が戻ってきたところで、殻に載ってカキフライが登場した。少し身の太った牡蠣に、洒落た香味野菜の効いたタルタル。居酒屋の定番フードである。下にはサラダとスクランブルエッグ(?)が敷かれているが、卵は温かい方が良かったかもしれない。

  

「2人はどれくらい飲んでる?」
「鳥海山と当店限定一白水成と、ですかね」
「俺はこの辺の1ショットのやついってる」
「相変わらず贅沢しますね。ショットじゃすぐ無くなるじゃないですか」
「1口1口をじっくり味わうの。量ばっか求めない」
「もしかして次、秘蔵酒とかいっちゃいます?」
「いっちゃおうかな。秘蔵、って聞くだけでワックワクすっぜ」

  

冷蔵庫左最上段から取り出される、まるで研究室の薬品のようにラベルの貼られた瓶。一行が選んだものはまんさくの花純大雄町2016年を店内熟成させたもので、ちょいと癖のある熟成香が堪らない。
「日本酒の熟成に手を出す人なんて少ないよね」
「泡盛ならよく古酒ありますけどね」

  

スマホを取り出し日本酒の熟成について調べ出すカゲ。気になったことはすぐ調べる、それが彼女の習性であり知識人たる所以である。
「家でやろうと思えばできるみたいです。生酒じゃなくて火入れしたものを選び、新聞紙に包んで涼しい場所に置く」
「ワインみたいなもんだ。セラーに入れてもいいのかな」
「あるならそれがベストですね。本醸造酒や純米酒だと濃い味わいに、吟醸酒だと淡麗な味に仕上がる。後者の場合は最初の1年は冷蔵庫で低温熟成するらしいです」
「何年寝かせればいいんですかね?」
「3年寝かせれば定義上は古酒になるけど、お好きなタイミングでどうぞ、って感じだね」
「へぇ〜。東京帰ったらやってみようかな」
「タテルさん我慢できます?すぐ飲んじゃいそうですけど」
「俺がそんな我慢弱い人に見えるか?」
「食べ物に関しては。目の前にあるとすぐ食べますもんね」
「人をカビンゴみたいに言うな」
「だってアニメで演じてるじゃないですか」
「私も観てますよめざンモ。ハマり役ですよね、タテルさんの演じるカビンゴ」
「それはまあ、嬉しいな…」

  

吟醸酒の古酒の次は純米酒から、田从(たびど)山廃2017。先程カゲからあった解説の通り、色が濃く味もトロッとしている。タテル曰く、濃淡の違いとは裏腹にこちらの方が華やいでいるらしい。

  

酒に溺れた胃を温めるように揚げ出し豆腐の登場。海苔(?)の香り、あられ(?)の香ばしさで心安らぐ。
「秋田ってやっぱ食べ物と酒が美味い。こうなると家庭料理もどんなものか気になりますね」
「意外と普通ですよ。特別なものは作らないです」
「きりたんぽも家ではやらないですよね」
「やらないですね。大人数が集まる時はピザか宅配寿司です」
「まあそうなりますよね」
「本当はお昼由利本荘へお寿司を食べに行こうとも思ったんですけど」
「えーっとたしか…鮨駒だ!」
「そうです!でも予約でいっぱいで」
「あそこも食べログの星高いですからね」
「秋田は寿司も美味しいんですか?」
「この辺でもすし匠とかありますね」
「新政と寿司のマリアージュとかどうなるんだろうな。めっちゃ面白そう」
「居酒屋、バー、寿司、焼鳥、天ぷら…色々ありますね秋田は」
「俺ひと月後にf行く」
「それはどこですか?」
「イタリアン。あとフレンチのスシュも行きたいな」
「西洋系も充実してるなんて、最強ですね秋田は」

  

コースも終盤となり、つくね汁が登場。比内地鶏かどうかはわからないが、弾力があって身のつまったつくねである。
「一番行きたいのは、日本料理のたかむらですね。会員制だから、誰かから番号聞き出せたらいいな、なんて思ってます」
「僕持ってますよ」
「ふぁ⁈」変な声が出たタテル。
「家に会員証あるんで、番号送りますよ。だいぶご無沙汰しているので、受け付けてもらえなかったらごめんなさい」
「いえいえ、貰えるだけでも嬉しいですよ。当たり前じゃないですから」
「カゲさんとカコニさんも良かったらどうぞ」
「ありがとうございます!」
「こりゃもう1回行く口実ができちゃったな」
「いっそのこと住みたいですよね、2週間くらい」
「宿舎借りて皆で来ようか。毎日のように名店開拓して、永楽やレディに入り浸って」
「休肝日とか設けたくないですね。毎日飲んだくれですよ」
「カコニちゃん、何か嫌なことでもあった…?」

  

タテルと男性が連絡先を交換したところで、〆の蕎麦が登場。酔った状態ではどうしても蕎麦の香りを味わいにくいものであるが、この風流な空間における〆の食事としてはこの上ない存在である。

  

だいぶ調子に乗ってしまったためタテルの会計は1万円を優に越えたが、季節毎に訪れたくなる趣深い居酒屋であった。
「秋田には他にもさけ富とかんとか有名な居酒屋控えてる」
「層が厚いですね」

  

「この後川反のバーに行かれるんですよね?」
「はい、ムーンシャインに。あら、予約の時間過ぎてた…」
「一緒にタクシー乗ります?僕秋田駅の方まで戻るので」
「良いんですか?ありがとうございます!」
「タクシー代も出しますよ」
「それは悪いです」
「いえいえ、タテルさんには色んなお店教えてもらったので」
「いやあ、本当にありがたいです…」

  

ふれあい旅の真髄を堪能した3人。楽しい秋田の夜は始まったばかりである。

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