「さあ始まりました、JR東日本キュンパスで行く!初春のみちのく 浮いたお金でグルメツア〜!なんと好評につき第2弾ということで、スパンがとても短くなっております。タクシー乗り継ぎ旅を超える頻度でやりたいですね。えっ、それはできない?あそっか、キュンパスは1ヶ月限定ですもんね。今回はその最後の2日間、終わりも終わりですね。滑り込みでやらせていただいております。さあルール説明、お願いします!」
☆旅のルール
1泊2日の旅で支払った金額(キュンパスの代金除く)の合計が、キュンパスにより浮いた運賃と±1000円以内であれば旅の費用全額を番組が負担。±5000円以上であれば演者が(キュンパス含む)全費用を負担。ただし移動の運賃は一切調べてはいけない。
「移動をたくさんすればするほど、自由に使えるお金が増えていきます。また今回もどこかで何回かボーナスチャンスがあると思われます。ここで軍資金を稼げれば贅沢し放題。ちなみに前回は酒の勢いもあったせいか、浮いたお金から1万円以上はみ出してしまいました。今回は調子に乗らないように気をつけます。気をつけないかもしれません。ということで、今回もこの2人が一緒です。サッカー好きインテリ俳優のカゲと、アイドルグループTO-NAの頼れる副キャプテン・カコニ!」
「よろしくお願いします!」
「またこうして3人で旅ができるなんて、夢のようですね」
「今回こそはちゃんと誤差1,000円以内、目指しましょうね」
「今回はそんな高い店には行かないのでご安心を。さあ早速はやぶさに乗り込みましょう」
9時過ぎに出発するはやぶさに乗って、最初の目的地・盛岡に向かう。ちなみに収録のおよそ1週間前に走行中の新幹線の連結が外れる事故が発生、連結運転を取りやめている最中の収録となっている。
「東京・上野・大宮からこまちに乗る予定だったお客さんが皆このはやぶさに乗っています。当然その方々の座席は確保されていないので、立ち客がぞろぞろいる珍しい光景があります」
「大変な事態なんですね。事の重大さがわからなかったです最初は」
「俺らが仮にこまちの席を予約していたら、はやぶさに席は無いから高確率で2時間立ちっぱなしだった」
「それはしんどいですね。当事者になると痛感します」
「盛岡で途中下車するプランにしておいて良かったよ。秋田へ直行してたら絶対こまち押さえていたから」
しかしこれから行く先の盛岡に対して、タテルは苦手意識を抱えている。前回の旅ではやけにナーヴァスになってしまい昼食探しに難儀していたが、かつて個人的に訪問した際も切符を紛失してその後の旅程を台無しにしたり、駅ビルの洗面所でスマホを水没させたり、苦労の末YouTubeに旅の様子を上げたら盛岡市民を名乗る視聴者から誹謗中傷めいたコメントを受けたりと、良い思い出が殆ど無いと云う。
「そもそも旅マスターの俺を以てしても盛岡の名所が思い浮かばない」
「確かに。盛岡城跡くらいですかね」
「でも城ないし」
「グルメが主ですね盛岡は」
「平泉って岩手でしたっけ?」
「岩手だけど南部の方だね。盛岡からはだいぶ南」
「都市部を回るよりも、三陸や山奥の方に行って、自然を楽しむのがベストなのかもしれません岩手県は」
「海だと大船渡、陸前高田に釜石、宮古、久慈。山だと遠野とか岩泉とか八幡平、厳美渓、猊鼻渓」
「すごい思い浮かびますね」
「でもみんな盛岡から遠い。この辺全部キュンパスで巡ると長時間移動の連続で疲れ果ててしまう。そもそも本数も少ないし」
「真のマニアさんにそこはお任せして、私たちはグルメツアーですね」
「そういうことだ。それが俺らなりの旅だから」

上野から2時間強で盛岡に到着。啄木の書いた「もりおか」という字、駅ビルフェザンに盛楼閣の看板など、タテルとカゲにとっては見慣れた風景が広がる。目的のフレンチレストランはバスセンターの近くにあるため、そこへ行くバスを探してみる。
「あ、バスセンター行きありますね」
「こっちもあるよ!でんでんむし、運賃130円だって!」
「普通の路線バスより安いね。コミュニティバスだからちょっと遠回りしそうだけど」
「安く行ける方が良いと思いますよ。どうせこの後タテルさん湯水のようにお金使うと思うので」
「変なこと言うなよ。抑えるって」
「絶対抑えないですよね」
「抑えないかもね」
「よく堂々と言いますね。抑えないとダメですよ!」
「冗談だよ。頑張って抑える!」

コミュニティバス「でんでんむし」に乗りバスセンターへと東進する。この日は雲一つない青空が広がっていて、途中の道からは雪の残る美しい山体を拝める。
「あれは何という山ですか?」
「岩手山っぽいね」
「盛岡は東西を山に囲まれているからね。三陸に出るには、県境でも無いのに険しい山を越えないといけない」
「前1回乗りましたよね、山田線でしたっけ?」
「宮古に行くやつね。カゲが『電車』って言ったから俺が『非電化だから気動車だ』って訂正したの思い出した」
「めんどくさいですよタテルさん」
「カゲなら受け入れてくれると思ったから」
「実際受け入れたけどね」
「さすがカゲさん、私だったらすぐツッコんじゃいます」
「気持ちは解るよ」
この後も、盛岡から宮古だったらバスでも行ける、北東にある久慈にも盛岡からバス1本で行ける、でも南北移動は乗り継ぎと徒歩の連続だなど、バス旅マニアにしか伝わらない話をするタテル。
「奥羽山脈越えの場合は八幡平を経由して…」
「着きますよ、バスセンター」
「もうそんな時間か。よし、続きは店入ってから…」
「もうお腹いっぱいです!」

バス停付近のマンション裏側に回ると現れるフレンチの名店「シェムラブルリス」。一軒家の扉を開けると、やや窮屈そうではあるが一流店のインテリアが施された空間が広がる。

タテルは三陸産アワビの前菜が出る7,000円のコースを3人分予約していた。例によってタテルのみ生の魚介類NGを出している。

「飲み物は…えっ、ペアリングが3杯、シャンパーニュも食後酒もついて3,600円⁈」
「5杯、ってことですよね。これはだいぶお値打ちだ」
「東京ならこれだけでも1万近くいくもん。ありがたやありがたや」

迷いなくペアリングを注文する一行。果実味のみっちりと詰まったシャンパーニュで乾杯とした。


アミューズとしてかぼちゃのポタージュ。スープに味が詰まっている一方、実は水分を多く蓄えているコントラスト。
「タテルさんはとにかくバス旅がお好きなんですね」
「そうだね。偶然テレビで観てたら面白くて面白くて。あっという間に時間が過ぎていた」
「やっぱ蛭子さんがお好きなんですか?」
「どういう決めつけだよ。蛭子さん好きだけど」
「やっぱり。自由人ですもんねタテルさん」
「ギャンブル好きではないけど憧れはしたね。何も気にしないで生きてる感じに」
「でも目指してるのは太川さん?」
「旅番組のプロとしてね」
「すみませんタテルさんカゲさん、太川さんのこと実は存じ上げなくてですね」
「知らない?『ルイルイ!』ってやるの」
「知らないです…」
「まあ俺もバス旅見るまで知らなかったし、無理はないよ。お母さんかお父さんに訊いてみなさい」

続く2品に合わせてロワールの白。甲州ワインのような透明感のある入りから、シャルドネのような果実味が捲り出る。


そこに昆布出汁で蒸した(?)三陸アワビが登場する。シャンパーニュ蒸しの帆立、海老、サーモン(タテルの分はよく火を通して)、白アスパラ、旬の山菜から蕗とこごみ、そして山菜ソース・マスタードソース・バルサミコソースという3種類のソースを載せた盛りだくさんの一皿。そのまま食べても旨味がしっかりあるのは海老とサーモン。一方で鮑の味は控えめであり、バルサミコソースをつけると良い塩梅に味が出る。
「カコニ、鮑の肝は苦手じゃない?」
「嫌いじゃないですよ。私が苦手なのは野菜と果物だけです」
「俺実は形の残った鮑の肝が苦手なんだ」
「そうなんですか?」
「肝はフレンチの技法を凝らしたソースにしてほしい派なんだ。それか青森の時みたくリゾットにしたりとか」
「海苔と合わせても美味しいですよね」
「流石カゲ。料理上手でもある」
「カコニちゃんの苦手な野菜も、ソースやポタージュに仕立ててあげると美味しく食べられるんだ」


そんな話をしていたら、次の料理は新牛蒡のポタージュであった。目の前でポタージュが注がれる。思ったより熱々でありタテルはたじろぐが、旨味と若い瑞々しさが同居していて、野菜が苦手なカコニでさえスプーンが止まらない。
「ポタージュって最強ですね」
「野菜も突き詰めれば旨味なんだよ。適宜ミルキーなもの足して凝縮したら何でも美味いのさ」
「生のトマトは苦手でも、トマトパスタは美味しいですもんね」
「そゆこと」
「今度私の家来ない?一緒に料理しようよ」
「行きます!ぜひ!」

続いてのワインは南仏のシャルドネ。手に取るとトロピカルな香りがして、口に含むと甘味にあふれる。


魚料理は真鯛のポワレ。身が硬くボソボソしているように感じたが、生魚を苦手と伝えていたせいで火を入れすぎた可能性もあるため文句は言えない。それよりも注目すべきはソースの良さ。シャンパーニュを使ったクリームソースの香り高さと濃厚さ、さらに赤ワインソースを混ぜ込むと芳醇さが追加される。

別皿でつぶ貝が登場。臭みが無く、食感を十二分に楽しめる。ここにも同じソースがたっぷり入っていて、つぶ貝1つで使い切ることなんて不可能なのでパンで余すことなく拭い取りたい。
「いつか俺もバスvs鉄道に出たい」
「あれ超過酷ですよね。特に鉄道チーム、歩きが多すぎて」
「チェックポイントがいちいち駅から遠いもんね。2日間で30kmの歩きはマスト」
「足が壊れちゃいそうです」
「やってみたい気はするのよ。JR私鉄三セク色んな鉄道乗れるし。でも前乗り含め3日スケジュールを空けなきゃだし、その後の体力回復に2,3日はかかる」
「今の忙しさだと厳しそうですね」
「まあでもオファーあったら喜んで受けるよ。バスでも鉄道でも大歓迎。心からの涙流して大団円を迎える、そういう旅番組が俺の憧れ」

ブラッドオレンジのグラニテで口直し。素材本来の苦味酸味を、コアントローの力も借りながらしっかり押し出している。
「お手軽なのはタクシー乗り継ぎ旅のショートヴァージョンかな。長い歩きもあるっちゃあるけどバス旅シリーズよりは過酷では無さそう」
「地域住民とのふれあいもありますもんね、シニアさんのトーク力と大喜利力で楽しく乗り切れそうですよね」
「2人ともアピールしときなさい。次出たいです、って。はい大喜利タイム、こんな東テレの旅番組は嫌だ、どんな旅?」
「突然すぎません?えーっと、はい!」
「カコニ、どうぞ!」
「バス旅 横浜〜館山 途中東京湾を泳いで渡る」
「趣旨変わっとるがな。1ポイント!続いてカゲのターン」
「バスvs鉄道対決旅 高尾山頂〜富士山頂」
「1ポイント!第50弾くらいでやりかねないかも」
「後半ただのドキュメンタリーになりそうです」
「タテルさんは回答しないんですか?」
「えっ?」
「タテルさんもアピールしとかないと、ですよ」
「何にも考えてなかった。えーっと、伊勢神宮全部巡るまで帰れない旅」
「すみません、どういうことですか?」
「あのね、伊勢神宮は厳密には125の社宮があるの」
「そんなあるんですか⁈」
「それ全てを回れ、ってことですよねタテルさん」
「解説するなよカゲ」
「解説ないとわからないじゃないですか〜」
「カゲさんの言う通りです。タテルさんはもっと皆に伝わる大喜利してください」
「悪かったな!」

赤ワインはラングドックの軽めのもの。この後の豚肉およびソースのことを考えると丁度良い軽さである。


その肉料理は選択制となっていて、コース開始前に選択済みである。タテルは県内産の豚肉を、これまた選べるソースから米味噌とシャンパーニュのソースで戴く。余分な脂を落とすように焼いているせいか、豚肉らしさを感じ取れないタテル。
ただソースは依然として秀逸で、仮に脂を落とさず一思いにグリルされていれば、脂のとろ味と味噌が融合して相当な美味になると思われる。
「ビーフシチューにしとけば良かった。周りの人皆ビーフシチューじゃん」
「美味しいですよビーフシチュー」
「県産ポーク南部鉄器のグリエよ。岩手の物、食べたいでしょ」
「でもフレンチでビーフシチューって珍しいから、そっちの方が惹かれます」
「くぅ、次はビーフシチューにすっか。でもDXコースの鴨のロッシーニも気になるぅ」
さらにタテルは時間を気にする。14:35発のこまちで秋田に向かう予定であり、14時には店を出る必要がある。ただ滞在時間2時間というのはどうしても忙しないものであり、デザート前のチーズはお預けとなってしまった。
「美味しそうなチーズが回ってる…なんてバカな計画立てたんだろう」
「フレンチに慣れているタテルさんがこんな粗相をするとは」
「16時過ぎに秋田に着いておきたい、という思いが先行しすぎた」
「18時に居酒屋予約してるんですよね。その前にもしかして…」
「永楽に行きたい」
「相変わらず欲張りなプランですね」
「もっと盛岡満喫したかったです」
「目先の秋田に気を取られて盛岡を疎かにしてしまった。はあ申し訳ない…」

ペアリングに付随する食後酒はカルヴァドスを選択。麻布のフレンチにおけるブルターニュフェアで存在を知って以来好きな酒であったが、久しぶりに飲んでやはり林檎の香り高さに惚れ込むタテル。


デザートも3種類からの選択制である。ショコラテリーヌが美味しそうであったが、なんせこの日は気温が高かったためハーブジュレに浮気する。これが期待通り爽やかで落ち着く味わいであり、フレッシュな果物もたっぷり載っていて大満足である。中央に配置されたマロンクリームが少しのコクをプラスし作品を立体的にする。

時間も時間のため、息をついてハーブティーを飲む暇もあまり無かった。そそくさと会計を済ませる。
「3人で31,800円。安いですね」
「フランス料理の命であるソースがしっかりしていてこの値段。これはもう一度訪れておかないとだな」
「今度は3時間以上時間をとって、チーズ含めてゆっくり楽しみましょうね」
「そうするよ。嗚呼反省…」

シェフにも申し訳無さそうに挨拶して店を後にし、盛岡駅行きのバスを捕まえに行く。しかしバスセンターの建物からは盛岡駅行きが見当たらず、タテルはひと足早く動いて併設のカフェで聞き込みをする。
「あちらの商業施設から出ています」
「商業施設…わかりました、ありがとうございます」
「えっ、あそこでいいのかな?違かったら痛いロスになる」
バスの到着予定時刻になって疑心暗鬼を生じたタテル。横断歩道を渡るとバスが接近してきたが、盛岡駅行きとは書いていなかったため前扉に張り付いて運転手に確認する。
「盛岡駅行きますか?」
「行く行く!早く乗って!」
何とか目的のバスに乗り、予定通りに盛岡駅に戻ることができた。しかし盛岡に対する苦手意識はとうとう払拭できぬまま、新幹線の待つホームに向かう。