連続百名店小説『みちのく酒びたり』第3陣(グレンモア&BRICK A-FACTORY/弘前)

女性アイドルグループTO-NAの特別アンバサダー・タテルは、メンバーのカコニと共に東京テレビの旅番組に出演する。JR東日本のフリーきっぷ「キュンパス」で各地を回り、浮いたお金で食事などを楽しむご褒美のような企画だが、大雪の影響をもろに食らってしまい…
☆旅のルール
1泊2日の旅で支払った金額(キュンパスの代金除く)の合計が、キュンパスにより浮いた運賃と±1000円以内であれば旅の費用全額を番組が負担。±5000円以上であれば演者が(キュンパス含む)全費用を負担。ただし移動の運賃は一切調べてはいけない。

  

外に出ると遂に雪に見舞われた。JR駅前のホテルに戻りたいのだが、バスはとっくに終わっている時間であり、タクシーを使えば余計な出費となってしまう。酔い覚ましがてら、2km近い道のりを歩くことにした。

  

「寒い!でも気持ち良いですね飲んだ後だと」
「雪だったら傘さす必要もないし、楽しく歩けるね」
「タテルさん楽しそうですね」
「楽しいでしょ。だってほらあそこ、中央弘前駅だよ!」
「何が面白いのでしょうか」
「中央+都市名、という格好の駅名は中央弘前か中央前橋しかないんだ」
「鉄オタの知識押し付けられてもわかりません!」
「お尻だったら鹿児島中央や横須賀中央とかたくさんあるんだけどね」
「聞いてない…」

  

降雪を楽しむタテルであるが、北海道のものとは違い水分を多く含んでいることに気付いていない。
「あれ、髪が濡れてる。汗かな」
「この気候で汗かくのは流石に有り得ませんよ」
「あ、雪が水になってる…ベタ雪じゃんこれ!」
「やだ〜!傘持ってくれば良かった…」
「髪がびしょびしょだ!」

  

降り落ちる雪の欠片を精一杯振り払いながら速足で歩き、向かった先はホテルではなくバーであった。
「え、まだ飲むんですか?」
「ああ。ウイスキーの品揃えが良いらしい」
「飲みたいのは山々ですけど、お金ヤバくないですか?」
「いいんじゃない?どうせなら2万円くらいはみ出してやろうぜ」
「やけくそじゃないですか。『浮いたお金』で食事を楽しむルールですよ、きちんと守りましょう」
「正月の浅草でウイスキー飲んだ仲じゃないか。いいでしょちょっとくらい」

  

聞く耳を持たないと判断したカコニは説得を諦める。JR弘前駅前のウイスキーバー「グレンモア」。週の真ん中の平日ではあるがそこそこの賑わいを見せている。カウンター席に座ると、店員がタオルを差し出してくれた。
「すみません髪ビチャビチャで。まさかこんなベタ雪だとは思わなくて」
「弘前はベタ雪が多いですからね。どうぞ、メニューご覧になってください。黒い方がウイスキーメニュー、赤い方がカクテルメニューです。あとフードもたくさん用意しているので是非」

  

カクテルはベーシックなものは勿論、オリジナルのものも充実している。ウイスキーがメインのバーと踏んでいたため、まずは炭酸系のウイスキーカクテルで体を慣らすことにする。
「スパイシーハイボールか。これ飲んでスカッとしたいな」
「体も温まりそうですし良いかもしれませんね」

  

金属製のコップに入ったハイボール。ジンジャーに加え唐辛子まで入ったスパイシーな1杯は、炭酸の刺激との親和性が高いものである。

  

摘みにはうすしお味のポテトチップスが出てきた。
「ポテチなんてn年ぶりに食べる」
「最後のポテチは何ですか?」
「トーレスのトリュフチップス」
「贅沢ですね〜」
「でも油ものだからね。それに手も汚れるし、自分から食べる気にはならない」
「ナッツがお好きですよね」
「そうそう。後は青豆とかかな」
「ビーフジャーキーも良いですよ」
「スリーマティーニのジャーキーは絶品だったね。あそうだ、俺気になってたのあって、#イカメンチ 食べない?」
「ああ、書いてありますね。有名なんですか?」
「青森のご当地グルメだよ。ひとつくらい郷土料理めいたもの紹介しておかないとね」
「じゃあ頼みましょう」

  

肉の代わりにイカをミンチにして揚げたイカメンチ。ここでは油淋イカメンチというメニュー名の通り、中華風のソースをかけて提供される。ただタテルの口にミンチのイカはあまり合わなかった。茄子は可食部が少なくなっていて、水分多めのミニトマトも中華風の濃い味付けには合わないようであった。
「頼んでおいてアレだけど、ちょっとお腹いっぱいなんだよね」
「え?じゃあなんで頼んだんですか⁈」
「これから何杯かウイスキー飲むから、腹を満たして酔いを抑える」
「ということは、こっから結構飲む気ですか?」
「まあ」
「まあ、って…」

  

続いてウイスキーのメニューを眺めるタテル。東京のバーで飲むよりも全体的に安上がりであり、商品1つ1つに詳細なコメントが書かれているため初心者でも選び甲斐がある。
「山崎や白州もいけるのかな?ノンエイジ1000円、12年1650円(註:記憶違いならごめんなさい)は相当お値打ちよ」
「国産ウイスキーの二大巨塔ですよね。あるなら飲んでおきたいです」
「山崎は先週東京駅で飲んだから、俺は白州にしよう」

  

白州12年 。清らかでフルーティなイメージそのままの味で、12年熟成のおかげかトロピカルなニュアンスを覚えた。

  

「弘前へはどういう目的でいらっしゃったのですか?」
「サスィーノさんに行きたくて」
「サスィーノさんは有名ですねぇ。良いところ行きましたね」
「弘前の魅力をたっぷり味わえる、学びの多いディナーでした」
「それは良かったですね」
「弘前はどちらかと言うとフランスのイメージが強いじゃないですか。ケンミンショーでもやってましたけど」
「レストラン山崎とか有名ですもんね」
「林檎の名産地だから、ブルターニュと重なりますね」
「ああ、言われれば確かに。海もあるから魚介も豊富ですね」
「素晴らしい街ですね」

  

食への探究心の強さを見せつけたタテルに、別紙のウイスキーメニューが手渡される。花と動物シリーズ、蒸留所非公表系のものなど、一流のバーでも取り扱いが無さそうなウイスキーが多数ラインナップされている。

  

その中から、甘めのものが良いということで選んだのはアンノック12年 。フレッシュな甘さで、初心者でも飲みやすい。
「甘めのウイスキーは心安らぎますね。食後に丁度良いかも」
「いつも俺アイラのスモーキーなやついっちゃうからな。こういうのも沢山飲んでいきたい」

  

隣に座っていた青年もまた、キュンパスを利用して弘前に来ていた。こちらは帰省目的でキュンパスを使用していた。
「なるほど、そういう使い方もできますね」
「安く移動したい人には堪らないきっぷだよね」
「キュンパス使って来店される方、本当多いです。僕たちも東京出張で利用したかったなあ」
「ほぼ半額ですもんね」
「そういうお得なきっぷって、どこで調べたら情報入るんですか?」
「旅行情報サイトです。僕は太川さんのバス旅が好きで、正解ルートの解説記事を上げてくれるサイトがあるんですよ。そこに格安きっぷの記事もあって」
「なるほど。そういうサイトあるのありがたいですね」
「早めにチケット買えばだいぶ安くなるとか、ダイナミックパック使えば新幹線の往復料金にちょっと足すだけでホテルの宿泊もついてくるとか、少しでも安く行く工夫を学べるんですよね。脳みそフル回転させながら節約方法を模索するの、ゲーム性があって楽しいです」
「良いですね、そうやって旅をするの」
「節約した分、思わず酒が進みますね。でも明日もあるから、次はストレートじゃなくてトワイスアップにしたいです。何かお勧めありますか?」

  

加水に適した甘みのあるウイスキーを3つばかり紹介してもらう。その中から選択したのは、スペイサイドの比較的メジャーな銘柄・グレンアラヒー12年 。こちらはバニラやバターのような重厚な甘さを感じる。

  

「じゃあ明日もキュンパスで移動なさるんですか?」
「そうです。つがるに乗って秋田に向かいます」
「おっ、結構な大移動ですね。でも動くんですかね明日」
「それが不安なんですよ。まあ明日は通常通り運転予定らしいので信じて待ちます」
「タテルさん、もし動かなかった場合のことは考えてます?」
「その場合は青森市に出て、盛岡まで東北新幹線、そこから秋田新幹線に乗り換えだな」
「大回りですね。でも確かにそれしか無さそう。高速バスも無いですよね?」
「秋田に行く高速バスは聞いたことないですね。大回りルートが最善だと思います」
「まあでも動くと思うよ奥羽本線。秋田で焼肉食って、男鹿をちょっと覗いて戻って日本酒祭り。このプランは遂行したいね」
「そうですね。動くと信じましょう」

  

ルート談義をしているともう1杯飲みたくなってしまったタテル。打ち止めを決めたカコニをよそに、シークレットオークニー2009 SVをストレートで戴く。蒸留所の情報が無いミステリアスなこのウイスキーは、フルーティな一面もあるが、薬草っぽい味わいを主に感じ取った。
「薬草ですか。ウイスキーの味わいとしてはあまり使われない表現ですね」
「薬草だと全く別のお酒ですよね。シャルトリューズとかアブサンとか」
「薬品の味、ならアイラのウイスキーに当てはまりますけど」
「難しいですよね個々の味の表現。あぁ、それにしても王林ちゃんって可愛いですよね」
「可愛いですよね。弘前の誇りですよりんご娘は」
「王林ちゃんって背高いですよね。確か170cm」
「そうなんですよ。北国の人は背が高い傾向にありますからね。王林ちゃんがいた時代は一番低いジョナゴールドでも160cm。彩香ちゃんなんて177ありましたからね」
「平均身長170はすごいですよ。俺ですら168なのに」
「私は170cmあります!」すっくと立ち上がるカコニ。
「確かに高いですね。ってお2人ともかなり出来上がっておられますね」
「あれ、ちょっとテンションおかしくなってます?」
「おかしいですよ私たち。周りにお客さんいたら、堂々と立ち上がるなんて恥ずかしくてできませんよ」
「いい加減ここでチェックとしよう」

  

タテル注文分の会計は、イカメンチを含めて7,555円。プレミアムなウイスキーをたっぷり飲んでこの値段に収まるのはハイコスパである。
「いやあ楽しかったねカコニ」
「ちょっと予算は使いすぎですけど、楽しかったからいいか!」
「まだ俺の経験が浅いだけかもしれないけど、こんな品揃え良いウイスキーバー、なかなかお目にかかれないよ。弘前来たらまた寄っていこう」

  

翌朝。さすがに少し飲みすぎだったようで、タテルは体を起こして荷物を纏めるのが億劫になっていた。とりあえずテレビを点けて運行状況を確認すると、奥羽本線は青森と弘前の区間で運転を見合わせていたが、再開の見込みはあると云う。

  

「カコニ、起きてる?」
「起きてます。ちょっと疲れてますけど」
「そっか。実は秋田への道のり、何とも言えない状況なんだ。取り敢えず9:40のつがる42号に乗るつもりで、20分前にロビー集合としよう」

  

チェックアウトを済ませ、2人はホテル併設のコンビニでヘパリーゼを購入した。
「今日も間違いなく飲みが発生するので、整えておかないと」
「飲まなきゃいいだけの話なんですけどね、タテルさんを止められないので」
「豪遊してゲームに勝ったらカッコいいでしょ」
「堅実に計算して勝ちたいです」
「カコニにはもっとマッドになってほしい。今のままだとちょっと真面目すぎるから」
「マッドですか…」
「思い切ってほしいんだよ。そうすればもっと人気が出る」
「タテルさん…」

  

駅に入ってみると、乗る予定のつがる42号は青森駅すら出発しておらず、遅れが発生することが確定的となった。

  

それでもタテルはつがるに乗ることに拘る。というのも、カコニには内緒にしているが、秋田ではもう1人のマドンナ・カゲと合流してランチの焼肉を食べることになっている。カゲはTO-NAがまだ改名する前の綱の手引き坂に在籍していて、カコニにとっては盟友とも呼べる存在である。もし青森・盛岡経由の遠回りルートをとった場合、ランチのラストオーダーには間に合わない可能性が高いのである。一方でつがるに乗って直接秋田へ向かう場合、1時間くらいの遅れならランチに間に合うのである。

  

そして少し待ってみると嬉しい報せが舞い込んできた。秋田方面から来るつがるを急遽弘前で折り返させ、遅れていた秋田行きつがる42号として運転することが決定したのである。
「よっしゃ、これで秋田に行ける!」
「秋田で最高の焼肉が食べられる!楽しみですね!」
「楽しみだな!つがる到着まで1時間弱あるから、アップルパイでも食べて待ってようか」

  

コンコースにある「BRICK A-FACTORY」では、弘前の名物スイーツであるアップルパイを販売している。A-FACTORY製のアップルパイの他、タムラファームのアップルパイの取り扱いもあり、購入して併設のラウンジに席を取り食べ比べをする。飲み物はシードル、としたいところだが肝臓を休めるためアップルティーで我慢する。

  

まずはA-FACTORY製のアップルパイ。パン屋のデニッシュのような見た目である。カスタードクリームが入っていて、今時の正統派ともいえる商品。ただもう少し林檎の存在感が欲しく感じるタテル。

  

「本当は街中でアップルパイ探したかったけどね、早い時間は全然開いてなくて」
「もうちょっと弘前の街楽しみたかったですよね。弘前城も行けてないですし」
「朝ラーもしたかったよね」
「タテルさんって、旅先で飲み食いすることしか考えてないですよね」
「飲み食い以外のコンテンツがあまり思い浮かばないんだよ」
「…それ言われると確かに。その土地ならではのレジャーって、沖縄や北海道クラスにならないと思いつかないですね」
「だろ。城や景色見たり、ご当地の土産を買ったりしても、昼食と夕食のインターバルを埋めるのは難しいんだよね」
「結局東京にもあるチェーン店のカフェ、入っちゃいそうですね」

  

続いてタムラファームのアップルパイ。こちらは生地の上面が網目状であり、林檎は食感をはっきりと残し、酸味を感じられる気高いもの。ただパイ生地の味わいが薄く、林檎との相性が少し悪くなってしまっているようであった。
「FACTORY製の生地とタムラファーム製の林檎を合わせたら最強かもね」
「まあシンプルにオーブンで温め直して食べるべきだったと思います。ここじゃできませんけど」
「ショートケーキ形に切って、中にごろごろ林檎が入ってるやつも美味しそうだな。次来たら絶対食べよう」

  

そろそろ乗車予定のつがるがやってくる時間となったためホームに降りた2人。朝には止んでいた雪も再び降り始め、気持ち良い寒さに酔いしれていたその時、耳を疑うアナウンスが流れる。

  

弘前にて折り返します特急つがるですが、大鰐温泉付近の踏切で車が立ち往生したため運転を見合わせております。運転再開見込みは立っておりません。

  

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