連続百名店小説『みちのく酒びたり』第11陣(カズノリイケダ/仙台)

女性アイドルグループTO-NAの特別アンバサダー・タテルは、メンバーのカコニと共に東京テレビの旅番組に出演する。JR東日本のフリーきっぷ「キュンパス」で各地を回り、浮いたお金で食事などを楽しむご褒美のような企画。
☆旅のルール
1泊2日の旅で支払った金額(キュンパスの代金除く)の合計が、キュンパスにより浮いた運賃と±1000円以内であれば旅の費用全額を番組が負担。±5000円以上であれば演者が(キュンパス含む)全費用を負担。ただし移動の運賃は一切調べてはいけない。

  

急いで階段を下りメゾンシーラカンスに向かう3人。しかしとっくに19時を過ぎており、シャッターが半分閉まっていた。
「もう終わりですよね?」
「終わりです」
「シーラカンスモナカはここでしか買えない?」
「そうですね」

  

交渉の余地は無いと判断し、仙台駅へ戻ることにする。東京行き新幹線は、キュンパスの指定席予約権(4回/人)を使い果たしたため、全席自由席のやまびこ(連結運転中止によるものと思われる臨時便)に乗る予定である。その発車まで1時間以上あったため、少しばかり夜の仙台を散策する。

  

「駅の近くに展望台があるみたいですね」
「展望台大好き。高いところがあると登りたくなるよね」
「馬鹿と煙は高いところへのぼる」
「誰が馬鹿だ」
「いや、言ってないです!」
「その通りだよ!俺はすぐ調子乗る馬鹿者だい」
「それは言えてる。お酒飲みすぎて、青森に行くプラン狂いましたし」
「かたじけない。あ、視聴者の皆さん2人のこと叩かないでくださいね、これは信頼関係ある者同士のノリなので」

  

商業施設AERの31階展望フロア。東西の方角から夜景を見下ろすことができる。まずは中心街のある西の景色から。
「あのアーケードでやるんですかね、七夕?」
「たぶんそうじゃない?アーケードのイメージあるよね」
「奥の方見ると、灯が一旦疎らになっていますよね」
「青葉城の辺りかな。あそこ結構緑深い」
「青葉城といえば青葉城恋唄ですね」
「渋い曲知ってるね」
「今や宮城県で大人気のローカルスター、さとう宗幸さんの曲ですね」
「何で知ってるの?まあ俺も全然世代じゃないけど」
「47都道府県アーティストランキングとかいう特番で」
「そういうのちゃんと観てるんだな。さすが勉強熱心のカゲ」

  

続いて東の景色を眺める。西と較べるとこれといった見どころは無いが、案内板を見て仙台うみの杜水族館の存在を知る。
「さっき水族館の袋持ってる人いましたね。行ってみたかったです」
「水族館も行きたくなるよね」
「海の生き物好きなんですね」
「いや、単に涼みに」
「どういうことですか!」
「まあ白イルカとか好きだけどね」
「鴨川シーワールドだ!」
「あそこは好きよ。シャチにスタンプラリーの台紙を掻っ攫われたトラウマはあるけど」
「話盛らないでください。シャチの方からは来ないでしょ」
「まあいいじゃないの。仙台水族館、またの機会に行きましょう」
「東北だと男鹿にもありますよね水族館」
「男鹿も行きたいな。来年もやりたいねキュンパス旅」

  

ロケ日は3月13日。この時期の東北で思い出すことといえば東日本大震災である。
「三陸の方は未曾有の津波被害、ありましたよね。町ごと飲み込まれていくあの映像を観ると今でも胸が締めつけられます」
「自然の脅威、舐めてはいけないなと痛感しました」
「復興に向けて勤しんでいる方々に心から敬意を表して、次回は海沿いも巡ってみたいですね」
「陸前高田の奇跡の一本松、あれは是非拝みたいです」
「浪江やきそば、気仙沼のふかひれ、久慈のうに弁当…」
「相変わらず食べることばっかですねタテルさん」
「リアス線とBRTも乗りたいね。キュンパスの範囲内だし」
「来年のキュンパス旅は三陸スペシャルで決まりですね」

  

来年への胸算用をしたところで展望台を後にする。仙台駅に戻り、最後の仙台グルメを求めカズノリイケダに寄り道する。展望台とは駅を挟んで反対側、エスパル東館の2階にあるこの店には、20時前にも関わらず行列が発生していた。

  

「早めに戻っておいて良かった〜」
「なるべく早くホームに着いて並んでおきたいな。立ちでケーキ食うのは不可能だし」

  

早くケーキを見繕いたいところであるが列の進みはそこまで速くない。はやる気持ちを何とか抑え、ショーケースの前まで辿り着いた。
「迷うねえ。3個食えるかな」
「そんな食べるんですか⁈」
「やめておこう。あの折り畳みテーブルに3個は載らない」
「その前に3個は食べすぎです」
「2個でも多すぎますからね。普通1個です」
「そうなの?せっかくだから2個は食べようよ」
「いや、私たちは1つにしておきます」

  

タテルは遠慮なく、モンブラン銀寄とアルルカンの2つを選択。本当はイタリア栗モンブランやミガキイチゴ、祇園、ピンクレディーなど気になるものを全部いきたいくらいであるが、次回の楽しみに取っておくこととする。

  

「プラスチックのスプーンを貰えるの、有り難いですね」
「最近つけてくれるところ少ないもんね。でもできれば袋も無料にしてほしいな」
「箱に取っ手ついてないですもんね。袋買いましょう」
「いや、手で抱えていくよ。俺は意地でも袋を買わない。ケーキの袋は無料であるべき、これが俺のイデオロギーだ」
「大袈裟すぎますよ」
「ケーキは袋あってなんぼでしょ。デリケートなもの持ち運ぶんだから配慮しないと」
「話は後で聞きますから。じゃあ袋無しでいいんですね?」
「無しで。俺が責任持って抱えます」

  

急いで新幹線ホームに向かうと、幸いやまびこを待つ客はそこまで多くなかった。そしてやってきた車両は、山形新幹線つばさで見かけるE8系であった。

  

「これがやまびこ号として運用されるのもレア中のレア。写真撮っておこう」
「ケーキ持ちますね」
「気が利くねカコニ、ありがとう」

  

席も無事に確保し、これまた気の利くカゲはホームの自販機で飲み物を購入した。
「あったかいのにしちゃった!大丈夫ですかね?」
「大丈夫だよ。お腹冷やすと良くないからね」

  

最終的に殆ど満席の状態で発車。箱を開けてケーキを取り出す。タテルは繊細そうなモンブランから食べることにする。最古の和栗・愛媛産「銀寄」を使用、お値段は1,000円弱という高級な商品。プラスチックの蓋を開けた瞬間、栗の香りがむんむんとする。隣で眠ろうとしている赤の他人には申し訳ないが、ここまで香りを強く出してくると期待値も高まるものである。
実食してみると、その期待を裏切ることなく堂に入った和栗の味わい。生クリームの量も程良く、口の中の潤いも保たれる。値は張るが、至福のひとときを演出してくれる良質なモンブランである。

  

アルルカンは無花果とフランボワーズのクリームをライムのクリームで包んだスイーツ。苺の存在感もさることながら、無花果のつぶつぶ食感、ライムの甘やかなる酸味など多様な味わいが手を取り合って立体的な作品に仕上がっている。クリーム自体も滑らかで口当たりが良い。

  

舞い上がったタテルは通路を挟んで隣に座るカゲとカコニに話しかける。
「ねぇねぇ、ここのスイーツ、レベル高くない?」
「思いました。私も2個買えば良かった…」
「やっぱそうなる。ピンクレディーは美味しかった?」
「美味しかったですよ」
「一口貰えば良かったな」
「あげません。自分の分は全部自分で食べたいので」
「冗談だよ。混雑した車内でそんなことしたら浮くし」

  

この後カゲとカコニはテキーラの話で盛り上がる。一方のタテルは汗が滝のように吹き出してしまい、話を聞くどころではなくなっていた。宇都宮では大量の乗客が押し寄せ、車内はすっかり満員電車となって温度の上昇に拍車がかかる。タテルはすっかり無様な濡れ鼠となり、隣の客から白い目で見られる。

  

上野駅に到着。無駄に広いコンコースにて、結果発表を行う。
「まずはキュンパスで浮いた金額から!」

  

上野〜盛岡 43,800
盛岡〜秋田 12,660
秋田〜仙台 30,780
仙台〜東京(やまびこ) 31,050
キュンパス -54,000
「浮いたお金の合計は64,290円。続いて、全行程における出費は!」

  

シェムラブルリス:31,800
水:330
永楽:16,250
バス:630
酒盃:38,150
ムーンシャイン:15,550
バー1980:15,000
レディ:23,400
牛玄亭:12,990
土産の日本酒:9,360
めんこいりんご:500
村上屋(含スタッフへの奢り):4,940
hou:24,000
カズノリイケダ:3,110
カフェラテ 450
ボーナス①:-20,000
ボーナス②:-13,800

  

「合計162,660円、誤差は98,370円!大惨敗〜!」
「いやもう酷すぎる誤差!」
「前回より酷いです。もう少しで誤差10万の大台超えでした」
「飲みすぎだぁ〜!せめて青森回れていればなぁ…」
「だとしてもオーバーは免れなかったと思います」
「ボーナスをあてにしすぎましたね」
「その前に酒びたりすぎた。鉄道より飲み食いに意識が向きすぎましたね」
「ということで250,460円、お支払いをお願いします」
「だからゴチやん」
「すごいですね、2回で40万以上払ってる」
「ギャラで補えているのかすら怪しい金額」

  

「最後に視聴者に向けてひとこと」
「鉄道旅を期待して観てくださった皆さん、申し訳ないです」
「次回はちゃんと鉄道旅しましょう。ローカル線にも乗って」
「乗れば乗るだけ、酒も美味しいですよきっと」
「ダメダメなリーダーですみませんでした!次回は心入れ替えてやりますので、どうかご愛顧のほどよろしくお願いします!あぁ、暑い…」

  

—完—

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