連続百名店小説『みちのく旅2026』第三魂(ほむら/八戸)

人気女性アイドルグループ「TO-NA」のプロデューサー・タテルとキャプテン代行・カコが、新幹線含めたJR東日本全線乗り放題のキュンパスを利用して、浮いたお金で旅をする企画「キュン旅」。今回は震災から15年が経つ三陸をリレー形式で旅する大型番組『JOURNEY!JOURNEY!JOURNEY!』の一企画として実施される。出越徹夫の『充電したい旅』から襷を受け取るのは2日目。初日はひたすら北東北内陸部を旅して軍資金を稼ぐ。
☆旅のルール
キュンパスのフリーエリア内における移動をする度に、もしキュンパスを使用しなかった場合かかる運賃が軍資金に追加される。1泊2日の旅中、移動代や食費、宿泊費など全ての費用をその軍資金で賄うこと。旅の最後に残った軍資金がそのまま、次の旅企画である『梨子・あさ乃の5万円旅』の資金に加算される。

  

鮫駅の鮫オブジェで記念撮影をして、八戸行きの列車に乗り込んだ一行。軍資金残高がプラスに転じ肩の荷が降りたかと思ったが、夕食で再び大きな出費が発生する見込みである。
「明日出越さんが福の神としてお金持ってきてくれたら…」
「ある訳ないでしょ」
「桃鉄のさ、昇太師匠みたいな福の神」
「昇太師匠?似てましたっけ?」
「タテルさんの『○○に似てる』って物言い、いつも理解できないんですよね」
「独特な感性」

  

くだらない幻想を垂れるタテルであったが、この後八戸駅に到着すると、店の予約時刻までの空き時間を使ってミニゲームが開催された。梨子・あさ乃旅においても恒例となっている、勝てば夕食代がタダになるゲーム。ただ負けた場合、本家ではコンビニ弁当と缶ビールで済ませるのが恒例であるが、今回の一行は日本料理のおまかせコースを予約してしまっているため大きな出費を避けられない。

  

「八戸の名物といえばせんべい汁、ということで、今回の対決はせんべい投げ入れ対決!」
鞄のような持ち手付きの鍋に、煎餅を模したディスクを10m手前から投げ入れる。1人2投、計6投のうち1回でも入れば夕食代が無料になる。

  

カコは突如として靴と靴下を脱いだ。
「意味無いだろ。足使うようなゲームじゃない」
「リスペクトです。梨子さんいつも裸足になるので私も。遥香ちゃんもどう?」
「やめとけ遥香。ばっちいから」
遥香はタテルの指示に従った。カコはつまらなさそうな顔をする。

  

先ずは遥香から投擲する。近そうで遠い鍋。強すぎても弱すぎても、左右に逸れても駄目。進入角度によっても鍋に収まるか跳ね返されるかが決まる難しい業である。そう簡単に入る訳が……と言っている隙に遥香は見事成功させた。

  

「嘘でしょ、すごい!」
「ワイルドスピード森川かよ」
「私が裸足になった意味!」
「やった〜!心置きなく夕食楽しめる!」

  

しかし撮れ高を心配してしまうのがテレビっ子タテルの性である。
「提案なんですけど、もしもう1回入れられたら、この後盛岡で行きたいバーあるんですけどそこでのお代も出していただけますか?」
「いやあ、そこまでやると『浮いたお金で旅をしよう』という根底が揺らぎますよ」
「でもゲームやりたいです。カコも立派な素足見せてくれたことですし」
「じゃあリスクを背負ってください。カコさんとタテルさん、2回ずつ投げて1つも入らなかったら夕食代も出しません」
「うわぁシビレるね!やりましょう」
「えぇ⁈」

  

タテルの悪ノリにより窮地に追い込まれた一行。まずは脚長のカコが投げるも、力を抑えすぎて鍋に届かず。そしてやる気満々のタテルは思いっきり右に逸らしてしまった。
「タテルさんも靴脱ぎましょう。潔癖とか言わせません」
「カコが決められなかったら考える」
「絶対に脱がす。ん?いや、決めた方が良いよな、でもタテルさんにも困ってもらいたい……」

  

心情がこんがらがったカコの放った煎餅ディスクは、見事に鍋に吸い込まれた。一行は賭けに勝ってしまった。
「はあ良かった、足汚さずに済んで」
「なんか悔しい。でも入ったから嬉しい」
「こんな上手くいって大丈夫ですかね……」

  

何はともあれ夕食は心ゆくまで堪能できる。八戸駅東口を出て目の前の道路を横断すればすぐ到着する日本料理店。この日は他に客がおらず、4席のカウンターを独占する。
飲み物のメニューは置いていない。どこでも飲めるビールよりも地酒を楽しみたいと考え、初手から日本酒をお任せしてもらう。

  

現れたのはやはり八戸を代表する銘酒・陸奥八仙。赤ラベルの特別純米である。柔らかい口当たり、フルーティでコクのある口当たりかと思えば水のようにすっと流れていく感覚。

  

大方の人々にとっては未だ肌寒い3月上旬の東北。胃を温める意図だろうか、毛蟹の茶碗蒸しで幕を開ける。出汁にも毛蟹を使っており、磯の空気に満ちた仕上がりに。蟹といえばズワイガニばかり食べてきたタテルにとっては、繊維の粒立ちが新鮮であった。

  

店主はワンオペで黙々と料理を作っており、別に世間話とかしても良いとは思うのだがここは遠慮しておく。実質貸し切り状態であるから気楽に会話ができる。
「ここまで良い旅できてますかね?」
「去年よりは良いと思う。電車乗れてるし。遥香はどうだ」
「正直言うと乗り足りてないです」
「まあ新幹線乗り放題は、嬉しいけど旅情は出ないよな」
「軍資金稼ぎにはもってこいですけどね」
「だから明日が楽しみです。ローカル線乗りまくりますもんね」
「だな。明日は乗車時間のべ10時間に迫る予定」
「えぐっ。耐えられないかもしれません私」
「鉄道好きなら朝飯前ですよ。ですよね、タテルさん」
「……期待と不安が半々」
「もしかして乗り鉄未経験ですか?」
「まあね。でも結構楽しみだよ、お腹の調子さえ整えれば大丈夫」
という訳で今宵は酒量を減らし早めに寝ることを心がける。去年みたいに酒浸りはしないことをここに誓った。

  

その決意を揺るがしにかかる八寸。しらすと大葉の入った卵焼き、韓国海苔で巻いた唐墨餅、つぶ貝、クリームチーズとにんにく味噌を載せた南部煎餅カナッペ、ホタルイカの蕗味噌、鱈の昆布巻き、蛸の柔らか煮。
卵焼きのあっさりとした味が沁みる。すると店主から、唐墨餅は冷えると硬くなるから優先して食べるよう言われる。八寸は温かいものから食べる、という定石を失念していた自分を少し恥じる。韓国海苔を巻く理由は見出せず、そのまま食べた方が唐墨の味を理解しやすいと考えた。
一方で一工夫が功を奏しているのが蛍烏賊。酢味噌で食べることが多い中、ここでは蕗味噌を合わせる。苦味の溶け込んだ味噌が蛍烏賊に上手く味を載せる。蛍烏賊の食べ方の新定番として広まっても良いと思う。
つぶ貝は良い煮加減で程良い磯の味。鱈の昆布巻きはフレッシュでムチっとした口当たり。生臭さは無い。蛸の柔らか煮は柔らかい外縁と弾力の残る内部のコントラストがあり、出汁が淑やかに染みていてストレスフリーである。
是非家で真似したいのがカナッペ。にんにくの味噌漬けがとても美味しく、普通のクラッカーではなく南部せんべいが硬く受け止めるのも理にかなっている。黒胡麻の微かな余韻もあってよくできた摘みである。
「南部煎餅は東京でも買える。にんにく味噌もあるのかな?」
「あるんじゃないですか?」
「青森はニンニクの一大生産地だからね。お土産に買っても…」
「いや、東京で買いましょう。明日の出費の見通し、立っていないので」

  

三陸鉄道を旅する2日目、昼食は1,000円弱で済む店に行く予定である。しかし出費が嵩むポイントが1つあり、さらに夕食では「最後の関門」が待ち構える。
「ここで一気にお金を使うことになったら……」
「そう。だから余裕があっても使わない方が良い」
「上手くいってる時ほど落とし穴があったりしますからね。まだ財布の紐は引き締めておきましょう」

  

続いて登場したのは揚げ物。先に食べるべきは海老真薯のトースト挟み。中身は真薯とはいうもののトロッとした口当たりで、トーストの焼きの香ばしさとのコントラストが面白い。
メヒカリの春巻きはかなり熱い。身はホクホクしていて、カリッと解れる尻尾と頭が香ばしく、身の後方は脂のりを、前方は苦味を楽しめる。

  

「親しみやすい料理ですね。お皿にちょこんと、みたいな料理かと思ってました」
「カコは大食い東京っ子だから」
「タテルさんもそうじゃないですか」
「俺は順応力が高い」
「カコさん、料理を愉しむには『彩る姿勢』が重要です」
「彩る……姿勢?」
「タテルさんと食事行った時、難解な日本料理だったんですけど、板前さんが色々教えてくださって。料理人も懸命に料理作るけど、客がそれを愉しむ気概を見せないと、楽しめるものも楽しめないんです」
「そうそう。ただ目の前の料理を、美味しそうだと思って食べりゃ良いの。解んなくてもいいから解ろうとする、その姿勢を大事にしようねって話」
「偶に良いこと言うんだから」
「その点蝦子さんはすごいや。どこ行っても地の物を無視して、オムライスやカツ丼ばっか食うもん」
「欲求に正直なんですね」

  

八寸や揚物が先に出たが、造りも豪勢に提供される。鰹に蛸、地物からは鰯とカンパチ。鰹はクリアな赤身で鉄臭さが無いから食べやすい。カンパチは兎に角脂がよくのっている。鰯は脂に加え光り物らしい青さも感じられる。
蛸の手前には口直しとして郷土料理・アカバギンナンソウの煮凝り。海苔のような味わいである。普段は酢味噌和えで食べることが多いらしい。
そして何よりも際立つのは北海道噴火湾のボタンエビである。太くてピンと張った身、口に入れると見事に蕩けるお手本のような食材。頭の部分は自分で剥けないようであれば店主が分解してくれて、生臭さのない濃厚な味噌と共に残りの身を吸い取る。

  

こうなると次の日本酒が欲しくなる。八仙と双璧を成す八戸の銘酒・八鶴。県内にのみ出回っている純米吟醸華吹雪。米の旨味が深く広がっていく。

  

「明日朝ご飯どうします?コンビニで買っても軍資金から引かれるんですよね?」
「無しでいいんじゃない?」
「パワー出ないです」
「皆が皆朝食抜くと思わないでください」
「だよな。福田パン買ってから乗れないかな?」

  

全国的にも有名な盛岡のコッペパン専門店・福田パンに改めて狙い目を定める。本店に行くのであれば6時には開いていてほしいところである。
「……7時から。ダメだ行けない」
「確か駅にも売ってますよね?去年買ったの覚えてますよ」
調べてみたところ、盛岡駅の店舗で福田パンを購入することは確かにできるのだが、営業開始は8時。駅で購入することもできない。
「仕方ない。コンビニのパンで我慢しましょう」
「俺は宮古に着いてから何か見繕うかな」

  

この店の売りである炭火焼きが仕上がった。十和田湖から少し八戸市方面に寄った場所にある新郷村産牛肉のイチボ。脂も結構あるのだが、肉質がかっちりしていて炭火焼きの香りもあるから重くない。味付けは玉ねぎやニンニク等でなされているようで、焼肉感覚で美味しく食べられる。脇役としてフレッシュなかいわれ、もちっとした蓬麩、香ばしく焼かれた椎茸も光る。

  

「遥香ちゃんが一番乗りたい列車ってある?」
「只見線ですかね」
「出たよ。奥会津の雪深いところ走る」
「そうです!川に架かる橋からの景色が綺麗で」
「乗りたいねえ。でも全線走るのは1日3本、乗車時間4時間半とかでしょ?」
「長っ。お尻痛くなりそう」
「立ったり座ったりしてれば大丈夫ですよ」
「あれ、鳴子峡にも雄大な橋梁あるよね。陸羽東線だっけ」
「鳴子温泉から先が動いてないんですよ」
「だよね。ローカル線はいつ災害で不通になるかわからない。乗れる時に乗らないとね」
「今回は山田線と大船渡線。釜石線も乗りたいですね」
「来年は遠野のイタリアン行こう」

  

ここで鍋が用意される。店主のサポートを得ながら食べる鰤しゃぶ。

  

鰤自体も脂が程良く載って美味しいのだが、注目すべきは海藻。新わかめ、そして北三陸の高級海藻・松藻を使用している。粒立ちの良い松藻、噛むうちに少しぬめりが出てくるのも面白い。菜箸で掴みにくいのはご愛嬌である。
やっと三陸の要素を堪能することができて安心するタテル。

  

忘れかけているかもしれないが、今回のJOURNEY!×3は太平洋沿岸を繋ぐものである。こう言ってしまうと失礼ではあるが、初日はあくまでも資金稼ぎの旅。本題は2日目である。
「三陸鉄道って乗ったことある?」
「ないです。ずっと乗りたかったので楽しみで」
「鉄道ってさ、どういった点に惹かれるの?」
「それはまあ、色々だよね」
「はい。これ、というのは無いです」
「俺は路線図見たり駅名憶えたりするのが好きかな」
「私はとにかく乗りたいですね。乗り鉄です」
「乗り鉄撮り鉄音鉄車両鉄……いろんな類型があるのが鉄道オタクだ」
「タテルさんは何鉄ですか?」
「えーっと、マジキュンキュンキュン好きすぎて鉄!」
「……はいはい、おじょーずです」

  

タテルのスベリ回答で凍った場を〆の土鍋ご飯が救う。鱒の頭と蕗の薹を炊き込んでおり、鱒は目の前で解体してくれる。熱々の状態だと味がわかりにくいが、少し温度が落ち着くとほぐれた身から旨味がじんわり溢れる。魚らしいほぐし身からゼラチン質の部分まで丸ごと味わえるが、小骨にだけは注意である。
「丁寧に蕗の薹だけよけない、カコ」
「だって野菜なんですもん」
「一緒に食えば気になんないって」
「春の予感しますよね、蕗の薹見ると」
「北国の春って、なんかエモいよな」
「雪が解けて厳しい寒さが和らぐ。長い冬の終わりを誰よりも待ち侘びているのが北国の方々です」

  

しかし15年前、春が来ようとしていた北国をあの地震、そして津波が襲った。街は忽ち破壊され、季節を失った絶望の景色が広がっていた。決して取り戻せない元通りの世界。それでも人々は懸命に日常を取り戻している。壊れた街に再び彩りを。再び春を。明日はその様子を確と目に焼き付ける1日にしよう。
「三陸は快晴の予報だ。きっと春の予感を覚えることだろう。よっしゃ、薄着で行くぞ」
「いやいや、いくら暑がりなタテルさんでも風邪ひきます」
「列車が暑いかもしれないじゃん」
「確かに冬の列車は暖房が直にきますよね」
「歩いていたら暑くなる。そしてきっと、胸が熱くなる。上着は要らない。春の息吹を感じるぜ」

  

デザートは季節毎に味を変える自家製アイスクリーム。店主は初め何の味か教えてくれない。そして後で何味か訊かれる。
「えっ?やば、完全にオフってたから考えてなかった」
「ちょっと塩気が。塩キャラメル?」
「焼き芋ですかね?」
「こんな見た目した干し柿アイスを福井で食べたなぁ」

  

正解は桜味であった。餡子と合わせて桜餅感覚に仕立てたと云う。
「やべ、言われてみれば塩気がカギじゃん」
「タテルさん恥ずかしいですね、グルメ気取っておきながら」
「まさかクイズ出されるとは思わなかったもん」

  

買い出しに行っていた、店主の奥さんらしき人が帰ってきた。
「良いですねキュンパス旅。僕も来週東京行くのに使うんですよ」
「そっか、東北の方が東京行くパターンもあるのか」
「昨日来られたお客様もキュンパス利用でした。最終の新幹線で東京に帰ってゆかれまして」
「新幹線駅に近いからギリギリまで楽しめますもんね」

  

盛岡へ行く新幹線の時間が迫っていたためここでお暇する。こちらのコースに加え1人で酒2合飲んで1.5万円を切るのはハイコスパであろう。

  

これまでの軍資金残高 4,847円
☆獲得軍資金
鮫〜八戸 720
★出費
夕食 0(番組側からの奢り)

  

軍資金残高 5,567円

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