連続百名店小説『みちのく旅2026』第七魂(すし哲/仙台)

人気女性アイドルグループ「TO-NA」のプロデューサー・タテルとキャプテン代行・カコが、新幹線含めたJR東日本全線乗り放題のキュンパスを利用して、浮いたお金で旅をする企画「キュン旅」。今回は震災から15年が経つ三陸をリレー形式で旅する大型番組『JOURNEY!JOURNEY!JOURNEY!』の一企画として実施される。出越徹夫の『充電したい旅』から襷を受け取り、いよいよ三陸南下の旅が始まる。
☆旅のルール
キュンパスのフリーエリア内における移動をする度に、もしキュンパスを使用しなかった場合かかる運賃が軍資金に追加される。1泊2日の旅中、移動代や食費、宿泊費など全ての費用をその軍資金で賄うこと。旅の最後に残った軍資金がそのまま、3区『梨子・あさ乃の5万円旅』の資金に加算される。。。?

  

気仙沼までは30分強の道のりである。乗客のほぼ全員が終点まで降りることなく、途中停留所でちらほら乗車してくる客もいて車内は込み合っていた。一行も終始着席できず、車体の揺れで荷物をぶつけないよう気を張り続ける。

  

バスはなんと高速道路に乗る。復興道路として開通した三陸自動車道は殆どの区間を無料で走ることができ、BRTが通る区間もそれに該当する。速度は控えめにしてはいるが、高速道路を走る車内でシートベルトもせず立って過ごすというアウトローな体験はここでしか味わえないものであろう。

  

気仙沼駅に到着したのは16時過ぎであった。多くいた乗客の大半は気仙沼線BRTに乗り継ぎ南三陸や石巻方面を目指すが、一行はここで襷を梨子・あさ乃に渡し内陸へ戻ることになっている。
「梨子さ〜ん、あさ乃さ〜ん!」
「あ、来た来た。お疲れ様!」
「襷です。受け継いでください!」
「確と受け取りました。予算は残してくれたでしょうね」
「計算してみたんですけど、たっぷり残ってます」
「現時点で2万弱の加算です」
「これから新幹線乗るので、かなり軍資金余ると思います」
「あ、ちょっと待ってください」

  

この時スタッフは旅が上手くいきすぎていることを危惧していた。この調子で財布の紐を緩めず帰京すれば、軍資金は8万円近く残る試算である。そうなると梨子・あさ乃コンビはデフォルトの5万円と合わせ13万円の資金を握りしめ、贅沢三昧の旅をすることになる。
しかし梨子・あさ乃の旅の魅力は倹約をしつつ楽しみ方を考えるところにある。このまま大金を渡す訳にはいかず、ルール変更を施行することになった。
「デフォルトの5万は渡しません。キュン旅一行が残した軍資金のみ、梨子さんあさ乃さんにお渡しします」
「は⁈」
「突然すぎるって」
「おかしいおかしい」
演者達からは非難轟々であったが、東テレの旅番組は厳しいルールあってのものであるから納得してもらう他無い。

  

「6万残して!せめて」
「了解です。カコ、やりくりよろしく」
「承知です」
「南三陸の皆さんにもよろしく伝えてください!」

  

襷を確と3区に繋いで、キュン旅一行は一ノ関行きの列車に乗り込んだ。大船渡線のうち未だ鉄路が残っている区間である。

  

「フカヒレも食いたかったな。梨子さん食べてるかな」
「前乗りですもんね、食べていてもおかしくない」
「でもオンエアには乗らない」
「いいなタテルくん、食べ物に詳しくて……」

  

倉井は食のセンスが無い自分を嘆いた。鉄道旅内で課される「タスク」において、食事系のお題が出されると苦戦するのがお決まりである。人気No.1メニューや最高額メニューを当てるまで選んだ商品を食べ続けるタスクでは10品前後外して大満腹になってしまい、値段当てクイズでも大誤算を連発して救済用タクシー代を擦り減らしてしまう。

  

「タテルくんだったら外さへんよね、あのクイズ」
「わかんないっすよ。難解なものは難解です」
「それにしてもズレすぎや、私」
「そんなことないですって」
「タテルくんのチョコの食リポ、上手すぎて。よくあんな語れるよね」
「あれはタテルさんが異常なだけです」
「食べることしか考えてませんよね。このお腹に経験がつまりすぎちゃって」
「おい!……でも俺は俺で、温泉とか詳しくないです。伍長はめちゃくちゃ行きまくってますけど」
「確かに温泉は好き。思い入れ強い」
「羨ましいです、温泉文化心得ているの。俺なんてすぐ逆上せて、泉質とかもよくわからないですし」
「すぐに外へ飲みに行きますもんね」
「酷い時は食事すらすっぽ抜かすんですよ。何しに温泉旅館来たの、っていつも思ってます」
「それはワイルドやね。タテルくんらしいやん」
「自分らしくやりましょう。俺は食に、伍長は温泉に重きを置く」
「それがええな」
「カコと遥香は?」
「温泉で」
「私も温泉で」
「俺は1人かぁ……」

  

猊鼻渓等の眺めを期待していたが、外はすっかり暗くなってしまい景色を楽しむことはできなかった。一ノ関駅には18時過ぎの到着。ここで新幹線に乗り換える。キュンパス人気が凄まじく、この後東京に戻るはやぶさ(全席指定)は軒並み満席。やまびこの自由席もすっかり埋まっていて、一行は仙台までの30分強を立って過ごす。

  

ライトアップされた塔が右手に見えてきた。青葉山に3本建つ電波塔である。東北地方を代表する大都市でありながら自然を身近に感じられる杜の都・仙台に到着する。最後の立ち寄りスポットは駅ビル内にある寿司店である。軒並み混雑している金曜夜の飲食店街を彷徨う一行。
「寿司屋ないじゃん。どこだよ」
「地下って聞いたけど地下あらへん」
「伍長さん、館が違うんじゃないですか」
「そうか。でも連絡通路どこ?」
「はぁ。これだから慣れないターミナル駅は」

  

何とか本館に辿り着き、疲れていたためエレベーターを使って降りる。本館レストラン街も大盛況であったが、目的の寿司屋は名店であるにも関わらず席に余裕があった。大きい荷物を預かってくれるのがありがたい。

  

「では最後に、鉄道旅らしくタスクをやりましょう」
「出た、伍長の苦手な食べ物タスク」
「内容は、寿司を1人最低8貫ずつ食べよう」
「軍資金使わせにかかってる」
「えーっと、盛り合わせが一番安いので1,980円…
「内容は自由ですが!テレビ番組の画として相応しい頼み方をお願いします」
「壁に貼ってあるのを単品で頼むこともできます?」
「勿論です」
「閖上の赤貝は必食でしょ。あと鮪も」
「でも値段わかんないですよ。盛り合わせの方が安全かと」
「ちなみにいくら使える?6万残すなら」
「えーっと」

  

☆獲得軍資金(*運賃改定前)
奇跡の一本松〜気仙沼 1,680
気仙沼〜仙台 19,800
仙台〜上野(倉井以外) 33,600
仙台〜東京(倉井) 11,410
「帰りの分も含めれば85,742円残っているので、25,000円くらいは食べられますね」
「いいんじゃない?好きなもん好きに頼んで」
「大丈夫ですかね?」

  

値段の記載が無い単品を避け盛り合わせを頼みたいカコと遥香。一方でタテルはスタッフ、そして海鮮を楽しみにしていた倉井の顔を窺い自由なオーダーを主張する。
「各々好きに頼めばええんやない?」
「そうですね。タテルさん、調子乗りすぎないでください」
「勿論さ」
という訳でカコと遥香は最高級盛り合わせの「物語」、タテルと倉井は単品を注文することに決まった。

  

大人メンバーはビールで乾杯。透き通った爽快感。サーバーのメンテナンスをきちんとしているものと思われる。お通しには穴子の煮凝り。穴子の繊維を感じつつ、柚子のアクセントが光る。

  

タテルと倉井へ最初に提供された寿司は、気仙沼の前浜から、春らしく白魚軍艦。透き通った身だが、か弱そうにみえる骨がチリチリと口内を刺してくる。
「味ってあるんですか?」
「生姜の味だね」
「薬味じゃないですか」
「海苔もあるかな」
「そうじゃなくて白魚の味を」
「味より食感を楽しむものやね」
「そうです。シャリってほぐれるこの感覚です」

  

待望の閖上産赤貝。東京で食べる赤貝はコリコリした硬い食感でお馴染みであるが、新鮮な赤貝は柔らかさもあって弾力が違う。海苔のような心地良い磯の香りもあって絶品である。
程なくして貝ひもも登場。青みの強い胡瓜と共に巻かれている。ただこれはそのまま食べた方が良い気もする。
「閖上も行きたかったなぁ」
「どの辺やっけ?地名はよく聞くけど」
「仙台から近いみたいですね」
「本当だ。空港に近いんやね。朝市もある」
「TO-NA仙台ライヴのついでに行こうかな」

  

カコと遥香にも寿司がやってきた。小ぶりではあるが、雲丹や大トロも入った豪華な盛り合わせである。
「いいなぁ。こちとら大トロ頼むか迷ってるのに」
「大人しく盛り合わせ頼んだ私達の特権です」
「俺らは握りたてを楽しめる。寿司というのは出てきたらすぐ食わないとシャリが潰れて…」
「じゃあ早く食べさせて!」

  

タテルと倉井が次に食すのは三陸のぶどうえび。ボタンエビと似ているがそれ以上に濃厚な味と言われる食材である。口に入れた時、心なしか葡萄の香りがする。ある程度濃厚ではあるのだが、昨晩グラマラスなボタンエビを食べた身としてはそこまで濃く感じないタテル。身の纏まりが良く臭みが無い、という印象が残った。

  

ちなみにこちらも後ほど頭が炭火焼きにされて提供される。海鮮焼きの磯の香りに唆られ、程良く味噌も混ざって酒の摘みになる。

  

「石巻とか女川も行きたかったなぁ」
「スケジュールの都合ですもんね、仕方ないです」
「梨子さん達にお任せだね」
「気仙沼から石巻も結構かかるんですよね。だから資金残さないと。8貫でとどめてくださいね」
「安心しろ。そこまで腹減ってないから丁度良い」

  

金華鯖は思ったより締まりが強く身がボソっとしていた。もう少しフレッシュなものを期待していたが、鯖は足が早く扱いも難しいから仕方ない。

  

そしていよいよ鮪を攻める。この日は3つの産地から仕入れがあって、茨城県南端部の波崎、福島県いわき市の小名浜、そして県内から塩竈。赤身、中トロと頼んだがどれが出てくるかはお楽しみである。
「塩竈欲しいですね」
「塩竈神社も松島も行きたかった。せめてそのエッセンスを」

  

赤身は波崎からであった。だからといって落胆することは無くて、寧ろ赤身と言いつつコクのある甘みが感じられ大満足である。
「回転寿司の薄い赤身には戻れないね」
「そんなこと言わないでください。私達もっとスシローで青春したいんです」
「失敬。回転寿司だって企業努力凄いからな。森たたら場論でいいんだ」
「もののけ姫や」
「互いの好みに干渉してはいけない。失礼した」
ちなみにこの店は、駅ビルの中だからたたら場(大衆向け)かと思いきや森(一流店)の質・価格である。だからそこまで行列する店ではない。

  

(写真を撮り忘れてしまったが、)続けて中トロは小名浜からであった。脂のコクや甘みの他、酸味も大事な要素となってくる。これらのバランスが良く、味に展開があるからレベチの鮪である。

  

「ちなみに塩竈の鮪は?」
「そうですね、ちょっと身が硬いかな。この後に出すのは難しいです」
「なら仕方ないですね」

  

大トロは我慢して最後に穴子(塩)を注文する。これがまた美味い。ほろっと解れ、塩が効いて穴子の旨みに溢れる。甘だれでデロンデロンに染め上げる穴子の食べ方はもう古い、などと宣うと江戸っ子の名が廃る。

  

タテルはカコと遥香に、何か追加したいものあるか訊ねる。
「いやあ、満足ですけどね」
「本当に?赤貝とかぶどうえびとか、食べておいた方が良いんじゃない?」
「どうしようか」
「ぶどうえび食べたいかもです」
「そしたら私は赤貝を」

  

最後に熱々のお吸い物と歴とした苺シャーベットが出て食事は終了。軍資金をスタッフに預け会計をしてもらう。軽い夕飯のつもりであったが大満足の食事と相なった。

  

帰りの東京行きはやぶさは例によって灼熱である。タテルは指定席の特権を捨ててまでデッキで涼を取る。

  

倉井は東京駅まで乗り通すため、上野でお別れとなる。
「今度は鉄道旅にも参加させてください。脚は鍛えておきますので」
「見た目以上に歩くからテーピングの練習も忘れずに」
「最早スポーツですよね。覚悟しておきます。ではまた」

  

上野駅のコンコースにて、最終軍資金残高が発表される。目標の6万円を残し、梨子・あさ乃に潤沢な資金を渡すことはできたのか。

  

残金 45,422円
「ちょちょ、ちょっと待って!」
「やばいやばいやばい!」
「デフォルトの5万すら下回った!怒られますよこれ!」
「なんでこんなに減った⁈」
「最後の寿司ですが、皆さんで合わせて4万円食べてます」
「マジかよ。え待って、何が高いんだ……海老か?」
「ぶどうえび、1貫で3,000円超えてます」
「やられたぁ!」
「希少な海老ということで、市場でも1尾1,500円は下らないそうです」
「海老って往々にして高額なことあるんだよな。ゴチで学んだはずなのに」
「大誤算」

  

ちなみに赤貝も2,500円くらいする高級品である。それをサラッと注文し、あろうことかカコと遥香にも薦めてしまったタテルの責任は重い。
「クビだ、俺……」
「未だ決まってないですって」
「3連敗だよ。クビ不可避」

  

とぼとぼと家路につく3人。
「梨子さんとあさ乃さんへのお詫びどうしよう……」
「まだ乗りたい鉄道あるのに……」
「尻尾に身が残っていたような。しゃぶれば良かった……」

  

—完—

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