連続百名店小説『ぶっ翔んでアダ地区』Fight 8(バードコート/北千住)

東京22区と埼玉県に挟まれた場所にある「アダ地区」。東京都に属したい「アダ地区軍」「過激派組織オマーダ」と埼玉県に属したい「アダ解放戦線」の間で内紛が起こっており、「イカアダ」と呼ばれる怪獣も多くいて余所者を攻撃してくる。外務省からはほぼ全域に退避勧告が出されている危険地帯である。
中央区民と偽っているアダ地区民の建は、アダ地区の平和維持活動「都連アダ地区ミッション」の隊員。その活動のさなか、人気アイドルグループ「美麗一家」のメンバーが続々とアダ地区を訪れる。一方で、メンバーの1人・陽菜が行方不明になる事件が発生した。

  

建の家に戻ってきた一行。夕方になると外が騒がしくなる。

  

ブーーーーーーンブンブン、ブンブンブーーーーーーン

  

「暴走族だ。当たり前のようにうろちょろしてやがる」
「うるさいですよね。夜眠れない」
「ホントだよ。ただ奴らを刺激したら命は無いからな、放っておくしかねぇんだ」

  

ウォー、ヒャッハー!

  

「不良グループの雄叫びだ。これもアダ地区の文化ね」
「ストレスでしかない」
「東京オリンピック見て憧れたのかしんないけど、スケボーで暴れ回ってる。全然上手くないのにな」
「恐ろしい世界ですね。福岡も治安悪いって言われるけど、アダ地区よりはマシに思えます」
「これで終わらないのがアダ地区。夜が深まればメインイベント『根性焼き』が行われるからな」

  

震え上がった美麗一家メンバー。根性焼きが始まる前に北千住駅方面へ逃げ出し、予約していた宿場町通りの焼鳥屋「バードコート」に入店した。高級焼鳥店といえば落ち着いた雰囲気を想像するかもしれないがここはアダ地区、大衆酒場のように騒ぐイカアダの巣窟である。
「ここはかつてミシュランの星を獲得していたが今は削除されている。真偽は不明だが、アダ地区情勢が悪化したのが原因だろうな」
「危険地帯にある店なんて、ミシュランとしてもオススメしづらいですよね」
「当のアダ地区民はミシュランのミの字も知らないけどな」

  

飲み物はワインがまあまあな品揃えな一方、日本酒のラインナップが大富豪におけるスペードの5くらい弱い。かき沼常連の建は日本酒に見切りをつけアウグスビールを注文した。
スープは会席のお湯みたいな薄味で全く意図を読み取れなかった。アダ地区民にこんな繊細な味など理解できないと思う。
「アダ地区の飯はやけに味濃いめだからな。この前和風パスタ頼んだら焼きそば並に茶色で塩辛かった」
「私たちには無理ですね。サラダにドレッシングかけない主義なので」
「それが正解よ。舌は大切にするんだ」

  

軍鶏の梅和えは梅の味がよく絡んで美味しいが、茗荷が邪魔をしている。

  

続けて前菜3種盛り。鶏皮の三杯酢和えは酸味と脂のコントラストが素晴らしく、パクチーを噛むとオリエンタルな雰囲気が現れる。トリュフ味玉は塩がトリュフの香りを立て、卵のコクに溶け込む。丹波枝豆は大粒な分少しまったり感を長く味わえるが、特別素材が引き立っているとかは無い。

  

建と美麗一家が宴を楽しむ傍、地下フロアではアダ地区ミッション三鷹市代表の智と雛乃、武蔵野市代表の瑛士が会談をしていた。
「アダ地区が特別区から除外され2年。我々が改めて23区の一員になれる日がもうすぐ来ます」
「市から区になれる、なんて嬉しいことでしょう!」
「三鷹と武蔵野が合併して『三武区』、カッコいい名前だよね」
「アダ地区はとっとと埼玉に併合されるべし!」

  

レバーペーストは小さいブロック状に固めてあり、コクと若干のレバー臭さをビールで流し込む楽しみはあるものの、レバーというよりバターを食べている感覚である。

  

「アダ地区の奴らって気が利かないの。この前もスーツケース引いて歩いてたら周りの奴ら皆して邪魔してくる」
「それ結構イヤですね」
「でしょ。全然スペースあるのに嫌がらせのように近寄ってくる。自爆弾も多いし」
「私なら『重そうですね。お手伝いしましょうか?』とか言いますけどね」
「そんなんありえない。むしろ舌打ち、最悪の場合恫喝されるね」

  

漸く焼鳥がスタート。生焼けを避けたい建はむね肉をよく焼きでお願いしていた。ここまで火を通しても決してパサついておらず、むしろ適度な塩の振り方で筋肉の旨味を噛み締められる。
「予約の電話でレアが苦手だと伝えたら、『むね肉パサついてもいいんだね?』とちょっと挑発的な言い方されて」
「あらまぁ…」
「もちろんレアが一番美味しいんだろうけど、苦手な人もいるわけだから少し気を遣ってほしい。これだからアダ地区の店は苦手なんだ」
「餃子屋さんの時も建さん険しい顔してましたよね」
「ああ、中央区や港区で飯食いたい!」

  

砂肝は1粒が大きくショリンショリンと解ける。塩加減の妙かわからないが、内臓系にも関わらずフローラルな味わいさえ感じた。
「これ本当に砂肝なのか?何かいけないもの食ってる気分」

  

別皿で手羽先が登場。身はたしかにふっくらしているが至ってシンプルな調味。脂の部分がもう少し綺麗に溶けないものか。

  

水茄子は見た目こそ萎れているが、水のように口の中をすすぎ、茄子特有のほのかな苦味を楽しむことはできた。

  

高級焼鳥は初めてだという三武区連合。
「いつも食ってる焼鳥とどこが違うんだ」食に無頓着な智。
「美味しいですねえ」マイナスなことは絶対口にしない雛乃。
「我らが吉祥寺の方が美味い店揃ってる。三鷹さんも美味しいラーメン屋さんありますもんね」
「知らんな」
「そういえば、焼鳥の名店もできたと聞いたことがあります」
「いいね。最強じゃん三武区」

  

臭みはなくミチっと締まった銀杏の串を食べていると、陽世が困った表情を浮かべていた。
「建さん、食べ終わった串が邪魔ですよね」
「だよな。今どき普通の焼鳥屋でさえ串入れ用意してるのに」
「これもアダ地区スタイルですか?」
「その通り。細かいこと気にしない区民性の表れさ」

  

さらにつくねが出てくると、イカアダ集団のガヤがうるさく食べ方の説明を聞き取れなかった。卵を混ぜてつくねにかけて食べる、とのことらしい。つくね自体に特徴はなく、卵黄のコクがまったりつくねを包み込む格好である。

  

「建さんって、学校はずっとアダ地区外でした?」
「小学校はアダ地区内だった。楽しい時もあったけど、いじめに遭った嫌な思い出の方が強い」
「はぁ…」
「中学でアダ地区を脱出できてからは周りがオイラのことを受け入れてくれて楽しかった。だからアダ地区外に居たい欲求が尚更強くなった」
「アダ地区は荒れてますからね」
「中学で『道徳』という科目があることを知って驚いた」
「えっ⁈アダ地区にはないんですか?」
「私の地元福岡でもありますよ。美玲さんの神戸も陽世ちゃんの鳥取もありますよね?」
「当たり前のようにある」
「アダ地区では『道徳』より『武器の作り方』の方が大事なんだ」
「何それ…」
「学校教育の段階から荒んでますね」

  

次のトマト串を食べようとしていた時、ねぎまもやってきてしまった。提供のタイミングが噛み合わないところもアダ地区らしさである。
ねぎまはネギはクセもなくて美味しいが、肉と一緒に食べるとネギが勝ってしまう。
トマトは明るい酸味をオリーブオイルが縁取っていて悪くない。

  

ここで建のビールが空いたが、追加の飲み物の注文を取りに来る気配は無かった。自分からわざわざワインなど頼む気力は湧かず、飲み物なしで残りを消化することにした。

  

するともう山椒焼きの登場となり、コースが最終盤まで進行していることに気付かされた。正直食べ足りていない。高級焼鳥とはそういうものであるが、それにしても空虚である。肝心の味も、身の引き締まりが強く顎が鍛えられる一方で山椒が弱すぎる。

  

ここで建は地下のお手洗いへ行く。ふと地下の席を覗き、智らの存在を確認した。目で合図を送るが、智らは一瞥してすぐ目を逸らした。

  

虚しさに耐えかねて追加で頼んだふりそでも、高級焼鳥を象徴するあの太った身ではなくて面食らう。身の引き締まりはさすがだが、皮と身の間のゼラチン質は旨味になりきれず、ケミカルなクセとなって口の中を支配していた。

  

ここでカウンター席のイカアダが暴走する。厨房のコンセントを借りてスマホを充電し始め、競馬中継を垂れ流した。
「アダ地区の人って、イヤホンとかしないんですか?」
「イヤホンというものを知らないんだろうな。騒がしい町だからみんな気にしない」

  

親子丼。ここでも軍鶏の身の引き締まりが特徴的だが、一体感という視点で考えると粗が目立つ。背伸びしてトリュフが載っているが、その香りが親子丼にとってプラスになっている訳ではない。

  

客単価1万円超えるくせに大したことない店だったなあと耽っていたその時、大声イカアダのテンションが最高潮に達した。
「いやあ最高だな、埼玉の姫捕まえちゃって!」
「は⁈」
「高校球児みたいに泣くのがカワイイんだよな!今日も泣かせてやろう!」
「ついでに連れてきた陽菜って子もええよな!あぁ今夜はスリスリしちゃうぜ!」
「やっば!連れ去りサイコォー!」

  

「何ですって⁈」
「酔った勢いで気持ち悪いこと言ってあっさり機密事項を漏らしちゃう。流石オマーダだ」

  

建は地下にいる智らに話しかける。当然無視されるが、切羽詰まった様を見せつけ粘る。
「美穂さん連れ去り事件の黒幕を見つけたぞ!」
「嘘つけ」
「嘘のようで本当のことが起こるのがアダ地区だ」
「…」
「上でバカ騒ぎしてる連中が酔った勢いで漏らしました」
「ガバガバすぎません?」
「オマーダはバカーだ、ですからね。皆さん車で来ましたか?」
「そうだけど」
「奴らを追ってほしいんです」
「えー、面倒だな。アンタ1人でやれよ」
「アダ地区ミッションの責務です、ちゃんとやりましょう」
「そんなこと言いましても…」
「いがみ合ってる暇ありません!早く構えて!」

  

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