連続百名店小説『ぶっ翔んでアダ地区』Fight 3(菜香餃子房/北千住)

東京22区と埼玉県に挟まれた場所にある「アダ地区」。東京都に属するか埼玉県で属するかで内紛が起こっており、「イカアダ」と呼ばれる怪獣も多くいて余所者を攻撃してくる。外務省からは退避勧告も出されている危険地帯である。
中央区民と偽っているアダ地区民の建は、アダ地区の平和維持活動「都連アダ地区ミッション」の隊員。その活動のさなか、人気アイドルグループ「美麗一家」の美玲と出会った。

  

「餃子、餃子、餃子が食べたい〜」
美麗一家のメンバー・日和は福岡県出身で餃子が大好き。食べログで餃子百名店を調べ、最初に出てきた店に行こうと決めていた。
「菜香餃子房…北千住か」
「日和ちゃん、北千住はダメ!」すっかり建の手下となった美玲が制止する。
「北千住はアダ地区だよ。避難勧告とかなんとか出てるっていうから気軽に行かないの!この前陽世ちゃん連れ去られそうになったんだから」
「ほ、本当ですか?」
「怖かったです…未来虹ちゃんがいなかったら私死んでたかも」
「嘘みたいだけど本当の話。日和ちゃんの身にも危険が及ぶわ。絶対行っちゃダメ」

  

しかし行くなと言われると行きたくなるのが人間の性である。日和は黒いフリフリの服を着て自ら北千住駅に降り立った。あろうことかカメラを回しライブ配信を始めた。
「今日は避難勧告が出ているアダ地区に来ております。しかし本当に危険な場所なんでしょうか。私がデンジャーバスターとなりまして、アダ地区の安全を証明したいと思います」

  

アダ地区ミッション葛飾区代表のカズナリ・十夢・飛鳥と打ち合わせをしていた建は、ライブ配信を観て目を疑った。
「デンジャーバスターなんてふざけたこと言いやがって。カズナリさん、これは有事になりかねない。アダ地区に入れる態勢を整えましょう」

  

「こちら北千住駅1番出口です。ターミナルとは離れた横丁の出口、あぁ確かに空気が違う。タバコの臭いですね、この辺一帯埋め尽くしています」
路上に喫煙所がある、アダ地区の原風景。ターミナル方面へ横丁を抜けようと歩き出したその時、酔っ払ったイカアダ数人が日和を襲撃してきた。
「きゃ!何するんですか」
「カメラを止めろ!生意気な小娘が!」
「何だその格好。よそ者感丸出しですのう!」
「おいしそうな脚してんな。舐めさせてもらおうか!」

  

「配信が止まった!カズナリさん、急いで行きましょう!」
墨田区鐘ヶ淵駅付近で待機していた一行はパトランプを点灯しアダ地区に突入した。
「建くん、俺たちどこ行けばいい?」
「ライブ配信で『有事の際はかき沼がシェルターだからそこに入れ』とチャットを送りました。そこにいてくれるといいのですが」
「かき沼はどこにあるの?」
「機能不全に陥った千住警察から路地に入るとあります」
「ここ車入れないね。わかった、千住警察の目の前に止めて建くんだけ先行ってくれる?」

  

シェルターかき沼へ急ぐ建の行手を阻むは、我が物顔でちんたらと歩くイカアダ。独特なペースでタラタラと歩くため、クリボーやノコノコ並に躱すのが難しい。それでいて油断していると土管でも何でもないような場所からパックンフラワーのように飛び出してくるから厄介なものである。テレッテッテレッテしないように用心して走る。

  

「お、いらっしゃい」
建は無事かき沼に辿り着いた。日本酒好きの建は常連で、店主とは顔見知りである。
「どうも。ここに黒い服の女の子来てませんか?」
「あ、来てる来てる。武装集団に襲われてたけど、あの子殺陣捌きが上手くてね、無事すり抜けてきたんだよ」
「良かった…何やってんだよ日和」
「どちら様ですか?」
「あ、紹介してなかったか。アダ地区ミッション隊員の建だ」
「アダ地区ミッション?」
「キミと同じグループの美玲や陽世を救出したのはこの私だ」
「あぁ、言ってましたね。すみません、迷惑おかけして…」
「デンジャーバスターとかふざけたこと言うな。ここは本当に危険地帯だから」
「身をもって知りました…もう来ないようにしますから!」
「…そんな言い方されると悔しいな。まあここにはいい日本酒揃ってるから、ゆっくりしていきなさい」

  

任務を終えた葛飾区代表たちが車に戻ると、イカアダが抱きついていた。
「すいません、俺らの車なんですけど」
「うーん、うーん、うーん」
「あれ?ナンバープレートが『葛飾』から『アダ』になってる!」
「紙が貼り付けられてる。『葛飾は仲間だと思ってたのに』ですって…」
「流石アダ地区。こういう時は無理矢理発進させちゃう!」
抱きついていたイカアダは猫のように走り去っていった。

  

一時的に安全を確保できた日和と建はこの後の動きを考える。
「日和、なぜアダ地区に来た」
「餃子を食べたくて」
「もしかして、向かいの菜香に?」
「はい」
「あのな、確かにそこもシェルターとして認められてはいるが、正直入りづらいのよ。俺なんて出禁食らってるし」

  

建が出禁を食らったのは1年半前のこと。かき沼でたらふく日本酒を楽しんでいたら夕食にちょうど良い時間となったため、食べログで見つけたこのお店を訪ねた。カウンター5席という狭い店を支配するのは中国出身の女将1人。

  

お通し代わりの1品をまず頼む。牡蠣がお勧めと言われたが、あまり好きな食材ではなかったため鶏肉の塩漬けにした。旨味が凝縮されており酒が進む。

  

続いてメインの餃子。最初はそのまま、その後は適宜黒酢をつけて食べる。皮も餡も充実した味わい。

  

次のアテは砂肝のオイル漬け。しかしこの時点でかなり酔いが回っていた。かき沼で日本酒2.5合飲み、そこに紹興酒など2杯が加わると正常な判断はできなくなっていた。ありもしないラーメンを食べたい食べたいとしつこく女将に迫った建は酔っ払いと認定され退場、そのまま出禁となった。

  

「でも1年半経ってますから、忘れてくれてるかもしれませんよ」
「呑気なこと言うなよ。下手したら発砲されるかもしれないのに」
「じゃあ私から入りますよ」
「その後俺が入ろうとして拒否られたらどうするんだ。いくらシェルター内とはいえ日和1人じゃ危険すぎる。わかったよ、俺行くから」

  

日和に振り回され独り危険地帯に飛び出した建。ドアに手をかけるが、追い返される恐怖で逃げ出してしまう。
「負けの臭いがする。ATフィールド全開なんだよな」
危険地帯を無防備にウロウロすること5分、漸く意を決して扉を開ける。女将は建の存在に気づかない。これはダメだと悟った建は扉を閉めた。すると女将が出てきて、腕で×印を作った。危険地帯の只中で打ちひしがれる建。

  

「日和、やっぱダメだった。諦めてくれ」
「地元民の建さんでも門前払いされるなんて相当ですね」
「俺どうもアダ地区の店ニガテなんだよね。中央区の人間という自我を育みすぎた」
「建さん、アダ地区民じゃないんですか?」
「詳しいことは美玲から聞け。ここで話すと命に関わる」
「は〜い」
「さ、今すぐ都心に帰るんだ。もう満足だろ」
「いや、せっかくアダ地区に来たから何か食べてから帰りたいです」
「贅沢言うな」
「サイゼでいいので!」
「逆にお断りだよ。アダ地区内のチェーン店なんてふざけたイカアダの宝庫だよ。わざわざ隣に来たり背中合わせに座ってきたり…」
「じゃあどこならいいんですか?」
「…焼肉屋ならあるけど」
「あ、焼肉食べたいです」
「ケロッとしてんな。まあいい、行こうじゃないか」

  

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