連続百名店小説『ぶっ翔んでアダ地区』Fight 2(千寿竹やぶ/千住大橋)

東京22区と埼玉県に挟まれた場所にある「アダ地区」。アクセスは悪くないものの治安が悪く、外務省からは退避勧告も出されている危険地帯。ある日、人気アイドルグループ「美麗一家」のメンバー・美玲が北千住駅に迷い込み、危険人物「イカアダ」に襲われた。そこへ謎の男・建が助けに入ったが、建は正体を明かそうとしなかった。

  

約束通り八丁堀に来た美玲。建に教えられた寿司店へ向かうと、「本日昼は満席です」という張り紙がしてあった。

  

「美玲、よく来てくれた。入っていいぞ」中から現れたのは割烹着姿の建であった。
「あれ、建さんって寿司職人なんですね」
「ああそうだ。親子二代でやってる」
「へぇ、素晴らしいですね。あれ?全然お客さんいない。満席って書いてあるのに」
「今日喋ることは機密事項だから、美玲だけで貸切だ。その代わり一切他の人に口外するなよ」
「あ、はい…」

  

江戸前寿司を堪能する美玲。
「美味しい!」
「どうだ、これが東京の寿司だ」
「回転寿司とは全然違う!」
「おいおい。アダ地区感覚で物言うな。安い回転寿司屋だらけのアダ地区と」
「お住まいはアダ地区なんですか?」
「そうだ。でも周りの人には中央区民だと伝えている」
「えっ?」
「いい大学行きたかったからアダ地区を飛び出して中央区の学校に通ったけど、少しでもアダ地区民っぽい振る舞いしたら馬鹿にされるからな。隠し通すのキツかったぜ」
「そんなにナメられているとは、大変ですね…」

  

「そしたらいつの間にか『都連アダ地区ミッション』に派遣されることになって」
「都連アダ地区ミッション?」
「アダ地区の平和維持活動だ。都内様々な市区町村から有志が集まっている。史帆と京子ってキミの友達だよね?」
「はい、大好きな友達です」
「あの2人は練馬区代表」
「えっ⁈」
「勇気あるよあの2人は。同じく練馬代表の貴久と3人で自慢の歌声を響かせている。特にミスチルと尾崎の曲が好評だ。なのにアホっぽいキャラだから余計隊員に愛されている。まあアダ地区民には雑音としか思われていないようだが」
「史帆と京子、いつの間に…」

  

「アダ地区には、このまま東京都下でありたい現状の勢力『アダ地区軍』と、埼玉県に併合されてもいいという勢力『アダ解放戦線』が混在している」
「建さんはアダ地区軍の味方ですか」
「これが違うんだな。アダ地区ミッションは全面的に解放戦線の方を支援している」
「えっ?」
「東京都の見解としては、アダ地区は東京のお荷物であること、アダ地区民の大多数が現状の区政に不満を持ち解放戦線を支持していること、を根拠に解放戦線側についている。俺もその意見に概ね賛成だ」
「でもアダ地区が東京から埼玉になるって相当大きな変化ですよね。正直悲しいです、埼玉に併合されるなんて」
「いや、東京のイメージを守るには埼玉併合の方が平和だ。アダ地区は本当に危ないからな。アダ地区内で事件が起こると俺のLINEに通知が来るんだけど、全然鳴り止まなくてさ」

  

栗六公園にて変質者の不審な声かけがありました
綾瀬5丁目にて空き巣がありました
伊興町前沼第二児童遊園に露出狂が現れました

  

さらに建の元に電話がかかる。
「えっ⁈千住大橋にて10代女性の連れ去り未遂があった⁈被害者は…陽世ちゃん⁈」
「陽世ちゃんって、私のグループの…」
「そうみたい」
「何で…何でよ!」
「解放戦線がどうとか言ってる暇はない。一緒に来て、安全は最大限守るから。父さん、防弾車借りるね」

  

アダ地区の最南端、千住大橋。北千住とは少し距離があり、危険レベルも4段階のうちの下から2番目と治安は安定している方である。しかしアダ地区である以上危険はつきものだ。陽世は友人の未来虹(みくに)と共に蕎麦の名店「竹やぶ」で保護されていた。
「陽世ちゃん!無事で良かった…」
「油断するな。俺らは未だ危険地帯内だ。とりあえず蕎麦食べながら話聞こう」

  

蕎麦チップスと田酒を嗜みながら、陽世が連れ去られかけた顛末を聞き出す建。
「未来虹ちゃんの家に行こうと思って町屋駅で降りたんです。迷ってウロウロしていたら大きな橋に出て、そしたら橋の向こうから怪しい男が現れて、『お前もアダ地区民にしてやろうか⁈』って言って私のことを捕まえたんです」
「出た。アダ地区軍の過激派『オマーダ』だな」
「オマーダ?」
「可愛い女の子とかイケメンとか集めて、酒の席で踊らせるんだ。そのうち少しでもオマーダに刃向かうようなら性暴力を受ける」
「怖い…」
「恐らく世のアイドルグループへの僻みだろうな。アダ地区出身の人はアイドルになれない。履歴書にアダ地区出身と書いただけで落とされるからな。あの悪党ジャネーノだってアダ地区民には手を出せなかった。だからアダ地区発のアイドルグループを作って、アダ地区をアピールしたいのだろう」
「そんな強引なやり方、許せない!」

  

海老かき揚げが登場。一流蕎麦店らしくシルキーに揚がっており、味付けもやんごとない。中の揚がり具合もバランスよく、少し生っぽい部分があっても気にならない。近くに市場があるからか、脇を固める野菜も生き生きとしている。とてもアダ地区で食べる料理とは思えない繊細さである。

  

「それにしても未来虹ちゃん、よく救助してくれた」
「陽世ちゃん遅いな〜、って外に出たら『助けて〜!』って陽世の声がして、自転車飛ばして急いで駆けつけました」
「さすが未来虹ちゃん。アダ地区ミッション荒川区代表」
「えっ⁈未来虹ちゃんも隊員だったの⁈」
「そうだ。未来虹ちゃんはとにかく真面目。どうしたらアダ地区を救えるか人一倍考えてくれてる」
「未来虹ちゃん心強い。助けてくれてありがとう…」

  

本題の十割蕎麦がやってきた。
「おい、ここ本当アダ地区かよ…こんなちゃんと香りのする蕎麦初めてだよ」
「んー、いい香り!」
「つゆなんか要らないな。ずっとこのまま貪っていたい」
「あぁ、辛い…」おろし蕎麦を食べた未来虹は負け顔を見せた。
「いい蕎麦屋ではせいろそばを頼む。これ豆な」

  

店員の勧めに乗り、デザートにはほっこりする塩加減の塩プリン。隣で独り酒を楽しむ男性が声をかける。
「この街はすっかり荒んでしまった。そんなディストピアの中で、この店はオアシスだ。一流のつまみと蕎麦さえあれば心が落ち着く」
「素晴らしいですね…また来たいです」
「ダメだ。気持ちはわかるけど、一番は身の安全を守ることだ。一歩店を出たら修羅の巷。さっと車に乗ってさっと千住大橋を渡るぞ」

  

建の言うまま素早く車に乗り込んだ一行は無事アダ地区を脱出した。
「陽世、アダ地区の区境には迂闊に近づくなよ。これだからお上りさんは困る」
「建さん、口が悪いですよ」たしなめる未来虹。
「悪い、アダ弁が出てしまった。まあ美玲も他人事だと思わないで」
「気をつけます」
「未来虹ちゃん、建さん、ありがとうございました!」

  

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