連続百名店小説『ぶっ翔んでアダ地区』Fight 1(サニーダイナー ルミネ北千住店)

真っ赤なコートに身を包み颯爽と歩く、アイドルグループ「美麗一家」メンバー・美玲。人形町へグルメバーガーを食べに行こうと日比谷線に乗り込んだが、日々の活動で疲れが溜まっていたのか眠りに落ちてしまった。目覚めた時には、列車は既に地上にいた。

  

「はっ⁈ここどこ?」
降り立ってしまったのは北千住駅。そう、あの「アダ地区」である。東京都下ではあるが都会とはかけ離れた存在であり、治安がたいそう悪く近づき難い土地である。

  

乗り換えのため仕方なく利用する客で溢れる駅構内。反対ホームに戻ろうと歩いていたその時、美玲は歩きスマホをしていた金髪の男にぶつかられた。
「おい女、前見て歩けよ」
「そ、それは私のセ…」
「アァ⁈喧嘩売ってんのかテメェ⁈」
胸ぐらを掴まれた美玲。命の危機である。そこへ1人の男・建が助けに入る。
「いけ!チ○コマシーン!」
股間を強く撃たれ悶絶する金髪男。その隙に美玲は逃げ出した。

  

「怪我はないか」
「はい、おかげさまで…」
「キミみたいにオシャレしてる人は格好の餌食になる。さ、俺がエスコートするから都心に戻りなさい」
「いや、せっかく来たからちょっと覗いてみたいです」
「何を言ってる?ダメに決まってるだろ!」
「ハンバーガーの名店、ありますよね?」
「あるけどさ…ここは常識が通用しない土地だ。命の保証はないぞ、いいのか」
「はい」

  

改札を出た2人はルミネの中に入り、エレベーターを待つ。
「ここはまだマシな方だと思う。ブランドものも揃っているし、空港の免税店みたいな場所だと思ってくれ」
「ということは、お安く買える…」
「な訳ないだろ。まあしつこく値切ってくる世間知らずはおるけど」
待っている内に人が沢山集まってきた。1台が少し遅れて到着すると見込んだ建は先に来たエレベーターに残り全員を乗せ、遅れてきたエレベーターを独占した。
「これが建スペシャル。ただのアダ地区民にはできっこない技だ。あっちのエレベーターより早く8階に着けるぞ」
「いや、そんな急いでないんですけど…」

  

レストランと書店が入居する8階。レストラン側エスカレーターの乗り口すぐ近くにこじんまりとある赤い外観の店がハンバーガーの名店である。昼時のピークを過ぎていたため客入りは疎らであった。当時はハンバーガーを頼めばドリンクとサイドメニューが全て300円というシステムであり(現行のシステムについては本店の回で述べる)、気を良くした建はビールとサラダをつけてもらった。

  

「キミは確か、美麗一家の美玲だよな」
「そうです!」
「トップアイドルがどうしてこんなところに」
「人形町で降りようと思ったら寝過ごして…」
「危ないぞ!アダ地区に繋がる路線で居眠りは厳禁!東京の常識だろ」
「東京の常識…ですか?」
「そっか、キミは地方出身だから知らないのか」

  

いいか、アダ地区にはほぼ全域に対し外務省から『退避勧告』が発出されている。コンビニ強盗、強制わいせつ、暴走族による爆竹テロ、土手でのエッチ、根性焼きなど日常茶飯事だからな。ターミナルである北千住駅構内及びその駅ビル内は非武装地帯となっていて、辛うじて1つ下の『渡航中止勧告』で踏みとどまっている」

  

「じゃあここはまだ安全な方」
「な訳ない。地区外と比べりゃ断然危険だ。さっきみたいな『イカアダ』がうじゃうじゃいるからな」
「『イカアダ』ですか?」
「『いかにもアダ地区民』の略だ。ちょっとしたことで怒り出す、マナー悪くて礼儀知らず、友達少ない、自己中、パーソナルスペースに踏み込んでくる、好戦的。雰囲気から滲み出てるんだよ。関わったらマジで死ぬからな」
「わかりました。食べ終わったらすぐ帰りますね」

  

危険地帯でいただける巨匠のハンバーガー。建の元に来たのは、ベーコン・エッグ・チーズの入った定番商品「サニーバーガーJr.」。要素は多いものの、バンズは柔らかめで比較的コンパクトに潰すことができる。旨味たっぷりの肉の脂がバンズに染み込み、率直に言って美味しい。塩加減や味付けが上手い具合になされているのだろう。
フレンチフライは細切りでカラッと揚がっており、無限に食べたくなるつまみである。

  

「美味しかったです!アダ地区での食事なんて貴重な体験ですね」
「あんま調子乗るなよ」
「それにしても建さんって、何をされてる方ですか?」
「それはここでは言えない」
「知りたいです。せっかく出会ったのだから」
「…じゃあ俺昼間は八丁堀にいるから会いに来て」
「わかりました!喜んで行きます!」
ほんわかとした美玲に戸惑いつつも、アダ地区にはいない類の綺麗な女性に懐かれ内心嬉しい建であった。

  

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