アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダーを務めるタテル(俗称「コイツ」)は、メンバー随一のゴーラー(かき氷好き)・マリモ(俗称「アイツ」「天才」)を誘い出し、美味しい氷菓探しの旅をしている。
真夏のある日、表参道にある芸能事務所・サードサテライトを訪れていたタテル。高校生の時から応援していた元アイドル・アカリと会う約束をしていた。
「アカリさん、この度はTO-NAの独立騒動でご心配をおかけしました。申し訳ないです」
「そんな、謝らなくていいよ!タテルくんが元気で戻ってきてくれてすごく嬉しい!」
「ありがたいです…そうだ、アカリさんにお願いがありまして、アカリさんにぜひ会ってほしい人がいるんです」
「え、誰かな〜」
「俺がマネジメントしてますTO-NAのメンバーなんですけど」
「いいじゃん、どんな子?」
「今一緒にドラマ撮ってるんですけど、アカリさんと同じ愛知県出身で本名の正式表記が5文字の子で、優しいんですけど底抜けの天然で、とても前向きなんです。いらっしゃい、ハルハル」
「…来ないね」
「まったくハルハルったら、撮影現場から来るって言ったのに迷っちゃったみたいで。B2出て右、って言ったのに『東口ってどこですか?』なんて言ってるし」
「あ、ごめん。次の仕事に行かなきゃ。また今度会わせて!」
「すみませんアカリさん、今度はちゃんとコントロールして連れてきますから!」
「楽しみにしてる!」
すぐさまハルハルにLINEを送るタテル。
「ハルハル、アカリさん次の仕事行っちゃったよ」
「ごめんなさい」
「今どこにいる?目印となる建物あったら教えて」
「なんか丸い感じの道にいます」
「どういう道だよ。あでも待って、わかる気がする。その場で動かないで待ってて」
近くにあるウマミバーガー前のウッドデッキにハルハルは立っていた。
「ごめんなさいタテルさん!アカリさんにも申し訳なくて…」
「まったくハルハルったら、B2って言ったでしょうが」
「地下2階だと思いました!」
「…まあそうともとれるか。俺の指示も足りなかったな」
「でも次は気をつけます!」
「そうした方がいいね。まあ暑い中来てくれたから、かき氷でも食べに行こうか」
ハルハルが訪れる予定であったサードサテライトの前を通り過ぎ、原宿方面へ歩いていく2人。
「表参道の裏道歩いてる〜。私たちってお洒落ですね」
「お気楽さんだねハルハルは。普通に歩くでしょ」
「タテルさんはずっと東京だから慣れっこですもんね」
「お洒落さならマリモの方が一段上だよ。いっつもプラダ着てグッチの鞄持ってカルティエの指輪して」
「そんな姿見たことないですけどね」
「…ん?右の路地にマリモがいる⁈」
「ホントですね。マリモさ〜ん!」
「あ、ハルハルちゃんとコイツさん」
「おいアイツちゃん、ハルハルの前でコイツ呼びはよせ。ポカンとしちゃうだろハルハルが」
「可愛いですねコイツさん」
「可愛いのかな?」
「はい、可愛いと思います!」
「前向きだなハルハル。マリモは何でここに?」
「かき氷あるの見つけちゃって、食べようか迷ってました」
「食べればいいじゃん。マリモの胃には無限にかき氷入るんだろ?」
「そうなんですけど、ちょっとお高めで」
「ああここね、煎茶の専門店なんだ。イートインは煎茶ひとつで3000円する」
「た、高い…」
「まあ多様な飲み方をさせてくれるから適正価格だとは思うけどね。こういう機会は少ないから、入ればいいと思うよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
「俺は奢んないよ、ハルハル」
「そうなんですか?」
「自分の分は自分で払いなさい。さもないと変な男に騙される。ハルハルは特に心配だからな」
あっけらかんとするハルハルとマリモを連れて入店する。値段というフィルターが客をふるいにかけ、茶の嗜みを分かっている者だけが席につく。スタッフ達も和気藹々としており、平和な空間となっている。
「かき氷なんですけど、メニューにあるお茶のかき氷以外に桃のかき氷もあります。良かったらご検討ください」
「なるほど、インスタに特別メニューの情報があるわけか。桃はなあ、この頃沢山食べてるからな。この季節のフレンチは絶対デザートに桃が出てくる」
「タテルさんと撮影で食べたフレンチのデザートも桃でした」
「でも桃は食べ頃が短いですからね。ある内にいっぱい食べておいた方が良いですよタテルさん」
「そうだな。よし、俺は桃にする」

まずはこの店恒例の茶葉の実食。
「これを食べるんですか?」
「フフッ。食べたら驚くだろうね」
「あ、なんか海苔みたいです」
「ご飯食べたくなる」
「ご飯は食べたくならないだろ、ハルハル。出汁みたいな感じだよね」
「お茶って本来そういうものなんですね」


暑い季節ではあったが、かき氷で体を冷やしすぎてはいけないということか、出てきたのは熱い煎茶。渋みが特徴的なザクロイロという銘柄である。なお、春回であった1煎目2煎目といったステップは今回は無かった。
「雑味が無いでしょ」
「そうですね。家で淹れるのとは全然違います」
「厚みがあるよね」
「どうやったらこんなに綺麗に仕上がるんだろう?」
「あ、日本茶の淹れ方講座なんてものがあるみたいだ。行ってみるといいんじゃない?」
「タテルさん他人事ですね。自分ではやろうとしないんですか?」
「洗い物がめんどくさくてさ。こういうの得意そうだからハルハルやってくんない?」
「やります!」
「ハルハルちゃん、タテルさんの言いなりになっちゃダメ!サボりたいだけなんだから!」
「何だとアイツちゃん⁈その通りだよ!」
「その通りなら堂々と言わないでください!」


そしてかき氷の登場。さすがに専門店ではないため氷はワシワシとしているが、ダマにもならず綺麗に溶ける。
岡山の白桃は水分量が少なめ。清澄な甘さと同時に繊維と食感を楽しめる。
下に入った桃のコンポートはラムかなんかの酒が効いている。桃の個性は維持されており面白い味わい。上の果実と変化をつけているのも良い試みである。
そして桃味のゼリーと茉莉花っぽい味の寒天は、冷たいかき氷の渦中であっても味をはっきり感じられる。

「煎茶の味、わかんなくなってしまいました」
「私もです」
「氷で感覚が麻痺したんだな。これはしょうがない。他のスイーツ頼んでみる?」
「食べたいです!私結構お腹空いてるので」
「マリモは何食べてきたんだ?」
「ニュウさんとハンバーガー食べて、その後ピッツァも一緒に食べに行きました」
「それでかき氷も?よく食うな、俺はアカリさんが持ってきてくれたコンパルのエビフライサンド食べたけど」
「土偶ですねタテルさん、私もマイイズミのカツサンド食べました」
「それを言うなら『奇遇ですねタテルさん、私もまい泉(せん)のカツサンド食べました』でしょ」
「フフフ。ごっそり添削されてる」
「クレヨンしんちゃん好きだな?ただいまとおかえりを逆にしちゃったり」
「それは無いです!」

追加で頼んだスイーツ。まずは抹茶の生チョコ。京都の店がヴァレンタインの催事で出すものと遜色ないクオリティ。ただ夏に戴くには少し重たい気もする。

続いて白ぶどうのパウンドケーキ。こういう類の菓子はフレーヴァーの味わいはそこそこだったりするが、生地を凌駕するくらい白ぶどうの味がする。これを態とらしいと捉える者もいるかもしれないが、この店のスイーツのレヴェルが高いことを改めて実感した瞬間である。
「やっぱ好きだなこの店。お茶っ葉買って帰ろうか」
「良いですね」
「タテルさん、この前はコーヒー豆買って、またこの前は中国茶の茶葉買ってましたよね。何飲めば良いかわからなくなるんですけど」
「それはその時の気分に合わせて選べばいいじゃん」
「皆が皆コイツさんみたいに浮気性な訳では無いですからね。コーヒーしか飲まない人、お水しか飲まない人だっているんですから」
「全員の好みに合わせて飲み物用意するのが俺の役目だ」
「それはそうか…」
「喧嘩は止めましょう。私は日本茶が好きです。ちょっと海挟めば碧南っていう抹茶の名産地があるので」
「とりあえず買おうか。せっかくなら茶器も買って」
「そうしましょう。マリモさんもそれで良いですか?」
「良いよ。でも私はハーブティーしか飲まない」
「どこまで洒落てんだよアイツちゃん」
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