連続氷菓小説『アイツはゴーラーでコイツはジェラ』⑦(いちょうの木/北品川)

不定期連載『アイツはゴーラーでコイツはジェラ』
アイドルグループ「綱の手引き坂46」の特別アンバサダーを務めるタテル(25、俗称「コイツ」)は、メンバー随一のゴーラー(かき氷好き)・マリモ(20、俗称「アイツ」「天才」)を誘い出し、美味しい氷菓探しの旅をしている。
*時系列としては『独立戦争・上』より前の出来事となっております。

  

大森町でラーメンを食べていたタテルは京急に乗り北品川駅で降りた。ターミナルまであと1駅ながら地方の駅のようにシンプルな構造をしている駅、マリモは既に外で立って待っていた。
「遅いですよコイツさん。今日の店結構時間カツカツですからね」
「ごめんって。京急の各駅停車、こんな本数少ないとは思わなかった」
「言い訳は後で聞きますから。行きますよ、2杯食べる時間無くなります」
「そこは1杯でいいじゃん。この後大事な用あるんでしょ」

  

大事な用とは、マリモの母校である品川女子学院への凱旋イヴェントである。綱の手引き坂という大きなグループに加入し、数々のぶっ飛んだ言動で業界人を虜にし、かき氷インフルエンサーとしても注目を集めているトップアイドルが来るとあって、後輩らが楽しみに待っている。かき氷を2杯も食べて腹を壊すという粗相は避けなければならない。

  

北品川駅から南へ3分ほど歩き、新馬場駅の北端が見えかけたところで高架を跨ぐ路地に入る。土曜・休日は即予約で埋まる「いちょうの木」。予約するためには会員登録をし(しないと絶対競争に勝てない)、クレカ登録またはPayPayの残高を準備して、木曜18:50の少し前からホームページを更新し続ける必要がある。

  

軒先のテーブルで待ち、席が空くと店主が中に案内してくれる。先に注文をするのだが、種類があまりにも多すぎて迷ってしまう。
「最近京子がトマト味にハマっているらしいからすいかトマトにしてみようかな。ああでも筍ウイスキーとか気になりすぎる」
「紫陽花とか綺麗だな。きつね載ってるのも可愛い」
「これって後から追加できるの?やっぱ2杯食べたい、ってなるかもしれないんだけど」
「それなら最初から2杯頼むべきだと思います。退店時間の兼ね合いもあると思うので」
「うーん…」

  

結局タテルはすいかトマトだけ頼んだ。ココナッツミルクのベースの甘さに早速惹かれる。スイカは中心から少し離れた食感のある果肉と、甘い部分をシロップにして表現してあるようだ。トマトの味も途中カットインしてきて、トロッとした旨味が氷にも合っている。下にいくとローズウォーターやカシスリキュールのフローラルな要素が足され、この1杯でいったい何種類の味わいを楽しんだのだろう。下はどうしても液状になってしまっているが、そこに突っかかるような人はこの店に来てはいけない。

  

「タテルさん、食べ方の説明見て来なかったのですか?ここでは上から下へ、上から下へを繰り返すんです」
「調べたよ。でも何か懐疑的になっちゃって」
「素直になりましょう、コイツさん」
「何だよアイツ。でもめっちゃ気に入った。やっぱもう1杯食べたいねど、頼めるかな…」
「最初から頼めば良かったじゃないですか」
「勇気出して聞いてみる」
ワンオペで忙しく動く店主に話しかけてみると、あと10分強で食べられるならどうぞ、と追加注文を許可された。予約は30分枠で確保されていたが、40分まではいられる計算になる。ちなみに店主は店内の時計をチラッと見てそう言ったが、実際の時刻よりも進んでいるので焦る必要は無い。ただここはマリモの言う通り、2杯食べるなら先に2つ頼むのが正解である。普通のかき氷よりも軽く食べられるので2杯食べようと思えば食べれてしまえる。

  

追加したかき氷は紫陽花。抹茶チーズクリームの上に、花びらに見立てた寒天をたっぷり。店主は美大出身とあって、見た目の麗しさにも気を遣っている。シロップには抹茶とコーヒーがかかっていて、一口目は確かに抹茶からのティラミスである。ピックアップの仕方により純粋に抹茶、純粋にコーヒー、純粋に黒蜜、抹茶黒蜜、コーヒー黒蜜、三位一体、コクが欲しくなったらチーズクリームと、樹形図にして全て書き出したくなる味わいのヴァリエーション。最下層にはミントが入っているが、そこを単体で食べてしまうと口がミントの清涼感に支配されてしまう。上を食べている時にちょっと香らせるくらいが丁度良い。そうなるとやはり上から下へを繰り返して食べるのが正解である。

  

タテルの会計はすいかトマト900円と紫陽花1100円で、事前決済した1100円を差し引いて1100円である。
「あれ、200円多くない?損した気分…」
「いや、あそこに書いてある金額は税抜きじゃないですか?」
「そっか。そうだとしたら合計2200円だから…合ってるな」
「コイツさん落ち着いてくださいよ。すぐ不運アピールする癖やめましょう」
「そうだな…」
「人生何事もポジティヴに!はいにっこり!」
「アハ…アハハハハ…」

  

品川女子学院に向かう道すがら。
「そういえばタテルさん、品女に通ってた知り合いが沢山いると仰っていましたよね」
「ああ。俺が予備校でバイトしてた時の教え子だ」
「あらまあ」
「沢山ではないけど2人いたね。すごく美人さんで、夏の制服も似合ってた」
「紺色のシャツですよね。私も好きでしたよ」
「単刀直入に言うと、一目惚れして。直接の担当生徒ではなかったけど、昼休み他の女の子達と談話しているところに俺も混ざって話をしたり。東大の頭脳を活かして相談にも乗ってあげた」
「タテルさん、意外とプレイボーイなんですね」
「大袈裟な。でも受験が近づくにつれお喋りもしなくなって、ちょっと寂しかった」
「あくまでも受験生ですからね。距離は保たないとですよ」
「そうだな。でも忘れられないな、その子が最後に予備校に来た時のこと。第一志望に受からなくて悔し涙を流している様を傍で見て、俺はどう言葉をかけて良いかわからなかった」
「急にしんみりとした話…」
「俺も反省してる。寄り添うのは良いけど私情を挟むのは良くなかった、ってね」
「気をつけてくださいね。あ、着きました」
「ここ?無くなったんだ、でかでかと『品川女子学院』って書いてあるやつ」
「どうやら校舎建て替え中のようですね」
「そうなんだ。まあいいや、じゃあここからはアイツちゃんの独演会だ。思う存分暴れ回ってこい」
「そんな、暴れませんって」

  

マネジャーと2人で、マリモの独り舞台を見守るタテル。
「皆さんご機嫌よう。綱の手引き坂のマリモです!」
大いに盛り上がる観衆。
「みんな、私の安眠法知ってますか〜?…そう、寝る前に食べてラップを爆音でかける!」

  

笑いが起こった。
「真逆すぎて草」
「さすがマリモちゃんだよ」
「さ〜ら〜に!寝室にミラーボールをぶら下げておくともっと眠れます!」
「やりたい放題だな。すげぇや」

  

そして話題はかき氷に移る。
「今、綱の手引き坂内では空前のかき氷ブームが起きています!私がここ1週間で食べたかき氷がこちら!」

  

「すごい、綺麗に切り抜いて載せてある…」
「ポップすぎてジワる」
「最近のかき氷は口溶けが良いため、1日で2杯食べられます。ただお腹は冷えやすいのでカイロを貼っておくと安心でしょう」
「かき氷愛が凄すぎる」
「私くらい慣れてくれば真冬日でもかき氷を2杯食べられるようになります!まあお腹壊すんですけどね」
「それじゃダメじゃん!」
「特にお勧めのお店は、足立区にあります椛屋さんです」
「急に俺の地元を…」
「綱の手引き坂のスタッフさんに足立区出身の方がいらっしゃいまして教えていただきました。ちなみに彼、品女の生徒さんとお付き合いしていらしたらしいですよ」

  

講演終わり。
「タテルさん、顔赤くなっていますよ」
「あの話、要らなかっただろ…」
「でも嬉しそうですね」
「まあ…ちょっと嬉しいかも」

  

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