連続バレンタイン小説2024『日仏ショコラバトル』日-3(パティシエ エス コヤマ/ウッディタウン中央)

人気女性アイドルグループ「綱の手引き坂46」と「檜坂46」によるチョコレート対決が行われることになった。綱の手引き坂は特別アンバサダー・タテルの力を借りて日本のチョコレートを、檜坂はフランス帰りのプロデューサー・カケルの力を借りてフランスのショコラを実食、厳選した5粒をチョコレート通でお馴染みのレジェンドアナウンサー・輔古里江(たすく・こりえ)氏が審査し雌雄を決する。

  

この日呼び出されたのは兵庫が生んだ綱の手引き坂きってのチョコ好き、陽子と524。1年前のお見立て会『バレンタインガールと七人のパティシエ』ではヒロインとその母役を務めた、チョコに愛された少女である。
「君たちには大本命のチョコを食べてもらおう。ほら、エスコヤマの2年分のベストセレクション」
「エスコヤマ!我らが兵庫県を代表するスイーツ!」
「そうそう。2人は行ったことある?」
「ないです。小山ロールなら戴いたことありますが」
「私もお恥ずかしながら。私が芦屋で524が神戸なんですけど、エスコヤマは三田ってところにあって」
「三田って、ちょっと内陸の方?」
「そうですそうです。六甲山越えた先で地味に遠いんです」
「行ってみたいな。東京ではサロンデュショコラでしかお目にかかれなくてさ、例年行列ができるんだ」
「嬉しいですね、地元の店が東京で人気なの」
「でも今年は馬鹿みたいに閑散としてた」
「上げておいて下げないで下さいよ」
「あの一件が尾を引いているのかな。でも小山氏は真摯に対応してたし、いくらなんでも引きすぎな気がするけど」

  

エスコヤマが送るその年の4粒。まずは2022年のセレクションから。「フルーツ×茶」の組み合わせがテーマ。
「この冊子を読んで食べると味がわかりやすいと思う」
「めっちゃ詳しく書いてありますね。情熱が伝わります」
「プラシーボ効果っぽく思えるけど、作り手の思い通りに食べるのが一番楽しいからな」
「フルーツ本来の味を出している、と。意識してみますね」

  

まずはマスカットダージリン。チョコレートというキャンバスに味を描きにくいと云うマスカット。合わせるダージリンの茶葉は農園の気候まで詳しく調査し選定。
たしかなマスカットの味がダージリンのふくよかな優しい香りに溶けていく。さらに外のチョコは邪魔になるような尖りがなく、フレーバーを心ゆくまで楽しませてくれる。

  

マンゴー&蜜香黄金芽ではリアルなマンゴーをとことん追求したと云う。その言葉通り、明るい甘さからちょっとしたえぐみまで、マンゴーのニュアンスを全て取り入れている。この味を立体的にするために使われるのが蜜香黄金芽という台湾烏龍茶。烏龍茶の香りが波状になってマンゴーを包み込む。

  

「陽子ちゃん泣いてる…」
「もう美しすぎて!こんなすごいお店が実家の近くにあったとは…」
「エスコヤマほどリアルを追い求めている人はいないと思う。ただリアルなだけだとつまらないからマリアージュまで考えて…やってることがもう研究者だよね」

  

次のマリアージュは苺と野菊。高級チョコにおいて苺味というのはありそうで無く、あったとしてもガナッシュに味を溶かし込むパターンは稀のように思える。その理由はこの1粒を食べればわかる。今までのいちごチョコは何だったのだろう、と思えるくらい苺の果実そのままなのである。そりゃ安易に苺フレーバーのチョコを生み出す訳にはいかないよな、と納得してしまう作品。
合わせる味はそんな苺と張り合えるものでなければならず、試行錯誤の結果野菊に辿り着いたと云う。あんずのような野菊の味が苺の酸味を踊らし、常人には生み出せない味わいを織りなす。

  

2022のトリは紅玉カモミール。りんごジュースのようなチョコを作りたい、という意思で作られた作品。その宣言通り、なだらかに体に溶ける優しい林檎の味。他の店では果実に調理を加えて甘みを凝縮したような味のものが多いが、このシリーズの果実の味はありのままの等身大の甘味である。
林檎のふくよかさを増大させる相棒としてカモミールを使用。カモミールにも多年草と一年草という区別があることを初めて知る一同。林檎の花とカモミールの花が仲良く心に咲いた。

  

美しいチョコではあるが、頭の切れる陽子は疑問を口にした。
「これがチョコである必然性ってあるのでしょうか?ゼリーやアイスで表現しても良さそうだと思うのです」
「良い感性だね。そういう疑問は一度は抱かなければならない」
「ありがとうございます」
「俺は答えを持っているけど、自分なりの答えを導き出してほしい。答えを考えながら、次の4粒を食べてみようか」

  

2023年のセレクション、テーマは「苦味」。苦味が生み出す「不協和音」に趣を見出して欲しいとのことである。
先発はジャスミン×苺。「碧潭飄雪」というジャスミンティーの孕むストーリーを厳選したペルー・インド産カカオで引き立てるロマンチシズム。
噛んだ瞬間はあの意識高い苺の味だが、間も無くジャスミンの花々が押しかける。ここまで強くジャスミンの香りを出すチョコは無い。それでいて背景には苺がいるし、レベルが一回りふた回りも違う。チョコの苦味に溶けていくジャスミンの香で〆る。

  

続いてベルベーヌ&カモミール。レモンのニュアンスがあるベルベーヌにピンクグレープフルーツを、リンゴのニュアンスがあるカモミールにカンパリを対応づける。各々のハーブがどういう味か認識しづらくはあるが、この掴みどころの無さは敢えて狙ったものであるらしい。
「カンパリとグレープフルーツはパートドフリュイ(ゼリーみたいなもの)にしてある。こうすることによりこれらの味は遅れてやってくる」
「へぇ、パートドフリュイってそういう使い方するんだ。食感のためだけかと思ってたけどそんな効果があるとは」タテルでさえも驚く。
「言われると納得しますよね。勉強になります」
その論理は正しく、カンパリグレープフルーツの苦味が後から来て、これまたチョコの苦味と共鳴して溶け失せる。

  

苦味のクライマックスはホップ&エキゾチック(マンゴーパッション)にあると言えよう。2種のホップに焙煎大麦を加えて立体的に。トロピカルフルーツを合わせフレンチの1皿のような複雑味を狙う。
苦味(ホップ)・甘味(マンゴー)・酸味(PF)のもぐら叩き。マンゴーのとろっとした甘さとホップの苦味が異色ながら面白いコラボである。後味はどうなるかというと、これが不思議とスッキリしている。チョコレートでは普通味わえない感覚である。

  

「大人の味ですね。私達には早かったかもしれません」
「10代でわかったら大したもんよ。でも陽子はお嬢様だから、フレンチとか食べ慣れてない?」
「あまり食べないですね。食べても良さがわからなくて…」
「味って5種類あるやん」アンミカ口調になるタテル。「うま味・甘味・塩味は分かりやすいけど、上手なシェフは苦味・酸味を効果的に使う。イタリアンだと蕗の薹をリゾットにしたり、フォアグラにバルサミコソースをかけたり。重たい肉の脂に合わせるソースに取り入れてみたり。こういうところを意識して味わうと良いんじゃないかと思いますね」
「苦味と酸味を意識する、ですか。興味深いですね。やっぱ大人は違いますね」
「いやいや、俺実家暮らし家事もできないし…」

  

最後は加賀棒茶&フランボワーズ。芳しさに加え花のような香りを持つ棒茶に、華やかな木苺の酸味をコーディネート。棒茶の芳しさがベースを作り(繰り返しになるがここまでお茶の味を強く出せている事自体がすごい事である)、若々しくも色っぽいフランボワーズが溶け込む。

  

「陽子、524。疑問への答えは見つかったかい?」
「はい。ガナッシュが絵だとすれば、チョコは額縁ですね」
「いいじゃんそういうことだよ。この作品は額縁であるチョコのカカオ選びにも余念が無い。産地とパーセンテージを、フレーバーと同じくらいの熱量で厳選し緻密に作り上げる。だから違和感ひとつ無い仕上がりになっている。これは並大抵のことじゃないね」
「感動しまくりです。これなら絶対フランスチームに勝てます!」
「フランスチョコにはこんな繊細さ無いからな。輔さんも驚くだろうなぁ」
期待に胸を弾ませるタテル。本当ならストーリー性も拾って2023年の4粒丸ごと出したいところであるが我慢し、陽子・524との協議の結果、ストーリーの始まりとなるジャスミン×苺を勝負の場に出すこととした。

  

追記:タブレットも充実のラインナップ。今回はその中から玉露を選択。

  

玉露の味がガツンとくる!ただ貪る内に舌が慣れて味を薄く感じてしまうので、ちょびちょび食べるのが良いと思う

  

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