現代を生きる時生翔(ときお・かける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に1978年にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」の代表「ま○ぽ」を名乗る女性が現れる。翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられ、過去と現代を行ったり来たりする日々を送る。
「イテテテ…トキさん大丈夫⁈」
「大丈夫…」
「気をつけて!蒲田行進曲のヤスみたいになってたから」
「誰、ヤスって?」
「ちょっと待って。檍もいっぺこっぺもない」
「昔に戻って来たんだね!」
「またタイムスリップかよ…ネトフリで『大脱出』の続き観たかったのに!」
♪虹の都 光の港 キネマの天地
2人がタイムスリップしたのは1983年。東急プラザは「蒲田東急ビル」という名称であった。1968年の開館当初から存在し、現代に至るまで営業している喫茶店「シビタス」に向かう。カウンター席テーブル席共に多めに用意されているが、それでも待ちが発生する人気店である。とはいえ席の空きはちらほらあったから、10分程の待ちでカウンター席につくことができた。
「ここはホットケーキが有名なのね」
「ホットケーキか。現代っ子の俺は食わないな」
「贅沢ね。フワフワのパンケーキしか食べないんでしょう」
「まあね。高級店通いしている俺の口には合わないよ。一流店のシェフからしたらロイホのパンケーキなんて時代遅れだからね」
「文句言わないで食べよう。ほら、フルーツつきのものもあるよ!」
「はーい」
紅茶を究めたいと言いつつ、合わせる飲み物は名物のコーヒーにした。ブレンドコーヒーは、酸味や苦味が立とうとするところを互いに押さえ込み、バランスのとれた味になっている。
「蒲田といえば蒲田行進曲なんだよ。つかこうへいさんの舞台作品」
「つかさんって、あの熱海殺人事件作った人?」
「そうだよ。あの人すごい怖いんだよね」
「たしかに。情熱ある方に見える」
「つかさんのしごきを受けてから躍進した国民的俳優が、現代にはたくさんいるんだ」
「へぇ。翔くん演劇にも興味あるの?」
「そうね。まあ観る専門だけど」
ホットケーキがやってきた。疑ってかかる翔だったが、気泡がしっかり入っているため、標準量のメープルシロップでも味が染みトロッととける。
口に合わなかった時用の味変要素としてフルーツつきのものにしたが、果物の質は中くらいで、わざわざつける必要は無かったかもしれない。
「翔くん、食べ切るの速い。結局ハマっているじゃん」
「これは美味いよ。ここのが特殊なだけ」
「変な理屈こねなくて良いから」
「はーい。トキさんまだ食べているようなら、コーヒーお代わりしよう」
「紅茶究めると言っていたよね?」
「そりゃそうだけどさ、コーヒーも捨て難いんだって」
追加注文したのはトラジャコーヒー。ブレンドと違い苦味が主体的で、ミルクを入れても苦味がトーンダウンしない。
「実は私ね、女優になりたいんだ」
「そうだったのか」
「でも翔くんと同じ。親に猛反対された」
「だろうな。お父様は警察官でお母様は教師、そりゃ娘には安定した道を求めるよね」
「どこで知ったの、私のこと…」
「そりゃ麗奈から」
「そっか。まあとにかく私も家を出たかったんだ。だから丁度良いね、同棲始めるの」
「トキさんそこそこお嬢様でしょ。6畳1間だけど大丈夫かな…」
「全然問題無い!神田川みたいで楽しそうだよ」
「トキさんが良いなら一緒に住もうか」
「やった!国民的な女優目指して、私頑張る!…でもお金稼がないとだよね」
「そうだよな…親に頼れないから厳しい。でもスターになるなら、飢え死にする覚悟も必要だと思ってる」
「翔くん…」
「大丈夫。2人なら心強いよ」
「ありがとう翔くん」
「紅茶ソムリエ…かバリスタかわからないけど、俺も頑張るよ」
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