連続カフェ&喫茶店百名店小説『Time Hopper』第9幕:自分の道を行け 前編(まやんち/蒲田)

不定期連載小説『Time Hopper』
現代を生きる時生翔(ときお・かける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に1978年にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」の代表「ま○ぽ」を名乗る女性が現れる。翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられ、過去と現代を行ったり来たりする日々を送る。

  

—第9幕:自分の道を行け—

  

現代に戻った翔は、今頃になって自分が無職であることに後ろめたさを覚えた。実家暮らしでそこまで金はかからないが、いずれは麗奈かトキと家庭を築くことになるから蓄えはしておきたいところである。
「母さん、俺バリスタになる」
「何言ってんの。さっさと次の会社探しなさいよ」
「嫌だ。俺は職人肌なんだ。会社員なんてごめんだ」
「何が職人肌よ。どうせすぐ飽きるんだから。バリスタだって、コーヒーの勉強にどれだけお金かかると思う?」
「投資だよ投資。ビッグなバリスタになってたくさん稼いで返すから」
「無理無理。ちゃんと就活しなさい」
「信じてくれよ」
「あなたを信用して良かったと思ったこと、一度もないから。戯言言うのやめなさい」

  

翌日、翔は親から逃げるようにトキの元へ向かった。
「私今日は紅茶飲みたい」
「紅茶?いつもコーヒー飲んでるじゃん」
「紅茶も好き。だから今日は蒲田に行きたい」
「蒲田?あんなところに紅茶の店あるの?」
「金曜しかやっていない店なんだ」
「また変わった営業の仕方だな」
「あとね、コーヒーばかり飲んでいると、歯が黄色くなるでしょ?」
「確かに、歯は白い方が印象良いね。でも現代にはホワイトニングっていう技術がある」
「歯を白くできるの?」
「そうだよ。現代のアイドルとかみんなやってる」
「私もやってみたいな。現代はいいね、色々な技術があって」

  

蒲田駅東口から少し南下した、とんかつ檍・いっぺこっぺの入るマンションの2階にある、紅茶の美味しいカフェ「まやんち」。あろうことか祝日に来てしまったため行列が発生していた。カフェであるため回転は案の定悪く、翔は暇潰しのツールを取り出した。
「性格診断。今流行ってるんだ」
「心理テストみたいなもの?」
「そうそう。早速質問に答えてみて」
結果、翔は指揮官、トキは提唱者タイプであることがわかった。
「俺は豊かな想像力で大胆に道を切り拓くタイプ、か。世界一のバリスタを目指すにはピッタリな性格だろうな。トキさんは物静かだけど人々を勇気づけるタイプ。さすが闘う人々を癒しながら鼓舞した学生運動時代の歌い手…」
「ちょっと待って。さっきからタイプタイプ言っているけどさ、どういう根拠で分類しているの?」
「いや、それは作った人に訊かないと…」
「性格って、そんな十数個に分類できるものなのかな?」
「…」
「ごめん…私あまり心理テストとか好きじゃなくてさ、つい挑発的になってしまった」
「でも言う通りだよ。本当の指揮官なら自分を既にある類型に当てはめないよな」

  

♪君たちったら何でもかんでも分類、区別、ジャンル分けしたがる
2時間弱も待って漸く中の待ち席(6席だったと思う)に座ることができた。ここでやっとメニューを吟味できる。ずらっと並ぶ紅茶のメニューは撮影禁止。価値ある一種の作品として、無闇矢鱈に拡散してほしくないものなのだろう。同時にスイーツを1品頼む必要があり、それぞれにお勧めの紅茶が3〜4点ラインナップされている。
「フレジエ売り切れか…食べたかったな」
「早めに来ないとダメだったのか」
「本当はアフタヌーンティー予約したくて電話したら、『予約枠はもういっぱいでアフタヌーンティーも完売。だけど祝日だから他のスイーツは多めに作ってある』と言われて安心していた」
「予想以上にお客さん多かったんだね。売り切れないといいけど…」

  

翔の心配通り、ここから次々と売り切れの商品が発生する。スイーツは複数頼むことも可能であるが、15時を回った時点で在庫は僅かとなっており、1人1品しか頼めなくなっていた。
「じゃあ私は柑橘スイーツ3点盛りで」
「俺もそれで」
「申し訳ございません。柑橘はあと1皿しかできないんですよ」
「うそ…」
「翔くん、私違うのにする」
「遠慮しなくていいよ」
「翔くん柑橘好きでしょ。すごく食べたそうにしていた。だから譲るよ」
「ごめんね気を遣わせて」
因みに翔らの次の次の客はスイーツ完売により入店が認められなかった。長時間並んで空振り、という最悪の事態も有り得たことに恐怖を覚える翔。

  

翔が頼んだ紅茶は、リシーハット農園2ndフラッシュというダージリン。徐々に味わいが濃くなり、最後の方に紅茶らしい渋みのアタックを覚える。
「美しい紅茶だ」
「家で淹れるとここまで綺麗にはできないよね。素晴らしい」
「俺も紅茶にハマっちゃいそうだ」
「さっき『バリスタになる』って言っていなかった?」
「バリスタはいっぱいいるけど、紅茶を究める人は少ないと思うんだ。未開の領域を広げていく方が楽しいかなって」
「へぇ〜、良いと思うよ。応援する」
「ありがとう」

  

柑橘スイーツ盛り合わせ。まず金柑タルトは金柑の甘み、下のタルトともども優しい甘味。
柚子のウィークエンドシトロン。密度高めながら規則正しいスポンジの肌理。柚子湯に浸かった時の安心感がある。紅茶が柚子の香りを心地よい形に閉じ込める。
紅茶ゼリーは単体だと味気ないが、蜂蜜アイスを溶かすとコクが出る。何れも最上級の紅茶に見合う良質なスイーツである。

  

スイーツは1人1品だったが、紅茶のおかわりは許された。翔はネパール・ジュンチャバリ農園の春茶を追加。ダージリン以上にはっきりとした香り、どっしりとした味を感じる。ひとつ壁を越えれば椎茸っぽい旨味になりそうな気もする。

  

「俺さ、親に反対されちゃって。バリスタになるという夢」
「それは残念ね」
「きっと紅茶ソムリエになることも反対するんだろうな。もう嫌だよ、親に文句ばかり言われるの」
「あのさ、良かったら私の家で一緒に住まない?」
「それって同棲じゃん。急に言われても…」
「実は私もさ、いい加減親元離れないと、と思っているんだ。翔くんも親に辟易しているようだし、きっかけとしては丁度良いかな、と思った」
「そうなんだ。じゃあ今晩はとりあえずトキさんの家に泊まるよ。1日やってみて問題なければ同棲開始ね」
「わかった」

  

店を出て階段を降りていた時のことだった。
「最近ちょっと眠れていなくてね。現代の街、騒がしいからさ」
「たしかに昔は明かりも少なかっただろうし、テレビやスマホも無くて眠りやすいよね」
「そうなの。だからさ…アッ!」
トキは階段を踏み外してしまった。慌てて引き上げようとする翔も巻き込まれた。

  

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