連続カフェ&喫茶店百名店小説『Time Hopper』第8幕:翼は要りますか 後編(フレンチトーストファクトリー/秋葉原)

不定期連載小説『Time Hopper』
現代を生きる時生翔(ときお・かける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に1978年にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」の代表「ま○ぽ」を名乗る女性が現れる。翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられ、過去と現代を行ったり来たりする日々を送る。

  

2人は現代の池袋西口にワープした。
「あら、でも昔から比べたら賑やかだね」
「こう見えて芸術の街なんだって。よくわからんのだけど」
「あ、そういえば池袋の前は秋葉原がアニメの街だった、って言っていたよね」
「秋葉原行ってみたい?」
「行ってみたい。きっと昔と全然違うのでしょうね」

  

全面緑色の車体ではなくなった山手線に乗って秋葉原に向かう。
「それにしてもトキさんの歌声、綺麗だったなぁ。惚れ惚れしてしまう」
「たくさん練習したからね。小学生でも歌う、って聞いたけど、これ思っている以上にキーが高いんだよ」
「たしかに高いな。男性でいえばX JAPANみたいなハイトーン」
「エックスジャパン?」
「平成初頭の…」
「平成って、昭和と令和の間の元号のこと?」
「そっか、平成という元号も知らなかったのか…ややこしすぎるよこのドラマ!」

  

秋葉原駅に到着すると、昔では考えられないくらい大きなビルが林立している様に戸惑い、外国人の多さにたじろぐトキ。
「青果市場はどこ?」
「何それ?」
「果物とか売っているところ。何となく察したわ、もう無いのね…」
「アキバに市場は無い。でもフルーツパーラーの有名店ならあるよ」
「そうなんだ」
「フルーツフレンチトーストの店もあったな。当代きってのコミックエアーバンドのメンバーがプロデュースしててさ、店行ったら実際にその人と会えたんだよ。芸能人と生でお喋りしたの、これが初めてでさ」
興奮気味に語る翔だが、誰のことだかピンと来ていないトキは無表情であった。

  

「私が初めて喋った芸能人は岡田奈々さん」
「待って。現代にも岡田奈々っていう人いる」
「そうなの⁈」
「ちょうどこの秋葉原を拠点とするグループの子だったよ」
「現代のテレビで観た。AKB、とかいう名前だったっけ?」
「その通り。ここの8階がAKB劇場ね。10年以上前に1回だけ行ったな」
「1回だけなら観てみたいね」
「当日券は多分無いから事前に抽選申し込みして買うんだ。今度申し込んで一緒に行こう」
「楽しみだね」

  

昭和通り方面へ移動すると、これまた昔には存在しない大きなヨドバシカメラが建っている。
「ヨドバシカメラは新宿だよね。秋葉原にもあるんだ」
「上には大きなレストランフロアもある。あそうだ、さっきフレンチトーストの話してたじゃん。フレンチトーストの店がある」
「食べたい。行こう行こう」
「混んでるなぁ。外国人が本当に多い」
「エレベーターもなかなか来ない。エスカレーターで行かない?」
「そうだね」

  

おやつの時間帯であったため、フレンチトーストファクトリーには7組ほどの行列が発生していた。
「秋葉原は何もない野原だったけど、電気街だったりメイドカフェだったりアイドルだったりと、個性的な色のついた時期もあった。だけど今は量販店ばかりで、万世だって閉業した。外国人が何気なく訪れるだけのすっかり無個性な街になってしまった」
「そうなんだ。私はその移り変わり全然知らないから何とも言えないな」
「そうだよね…」
「私は翔くんとこうして色々な街歩いているだけで楽しいよ」
「はっ…」
「全然知らない現代の街歩いているだけで刺激がいっぱい。高い建物が林立していたり、見たことない食べ物に出会えたり、ハイテクな機械を使ったり、毎日が学びに溢れていて楽しい」
「それは嬉しい」
「翔くんはいつもその学びに導いてくれている。感謝しているよ」
「照れるよ…でも久しぶりだな、人に感謝されるの。何やっても上手くいかない日が続いていたからさ」
「私は翔くんが活き活きしているだけで嬉しい」
「一緒にいてくれて、ありがとう」

  

30分程して漸く席に通される。2人で使うには少し小さいテーブル。フレーバーティーの品揃えが充実していて、翔は白桃茶を選択。期待通り桃の香りに癒される。
「私、正直現代の方が落ち着く。昔はちょっとガヤガヤしていたし、人々の不満も多かった」
「そっか。俺も現代の方が良いな。昔の生活は不便すぎてさ。でも人々の不満なら今も結構うるさいよ」
「SNS、だっけ?」
「そう。みんな匿名でああだこうだ言ってるけど、表立って行動しようとは思っていない」
「その方が平和な気もするけどね」

  

フレンチトーストがやってきた。翔は自分で北海道産チーズを使用したティラミスクリームを選択しておきながら、フレンチトーストとは合わない、ティラミスはコーヒーシロップの染みたビスキュイあってこそだよな、なんて思ってしまった。フレンチトースト自体も、外のカリカリと中のフワフワという減り張りがもう少し欲しく感じた。

  

「でも今の皆さん、どんな夢持っているのでしょうね」
「平穏に暮らせれば良い人が多いみたいだよ。堂々と野望を語る人は馬鹿にされるし」
「翼をください、と言う人も少なくなったようですね」
「そうだね。『翼はいらない』っていう曲も生まれたくらいだし」

  

♪翼はいらない 夢があればいい
「いいんじゃない、翼なくても。世界を変えたい、なんて言って飛んでばかりだったけど疲れた」
「そうだ。僕たちは戦わなくていい。拳を交わさなくても世界は変えられるよね」
「大地を踏みしめて、ゆっくり2人で歩いて行こう」

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です