不定期連載小説『Time Hopper』
現代を生きる時生翔(ときおかける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に1978年にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」の代表「ま○ぽ」を名乗る女性が現れた。翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられ、過去と現代を行ったり来たりする日々を送る。
♪守もいやがるぼんからさきにゃ…
「あれ、私達また寝てしまった…」
「ふあぁ〜…あれ、地面が硬い」
2人は眠っているうちに1971年の池袋にタイムスリップしていた。ホームレスが住み着く、といった混沌こそ無いものの、汚い地べたに横たわるのは憚られる。
「ああ最悪!せっかくのブランド物が…」
「俺も気持ち悪い。着替えたいな…」
「おいそこのアベック!さっき変な曲流してたよな」怒る謎の老人。
「えっ?」
「その曲は放送禁止だぞ。公の場で堂々と差別の曲を流す感性、お前らはキ○○○に違いない」
「ちょっと待ってください!」反抗するカケル。「キ○○○という言葉は不適切です!公の場でそのような言葉を使う感性は到底いただけません」
「『キ○○○』って言っちゃいけねえのかよ下等!」
「配慮が足りてないんですよ。もっと頭使いましょうね」
「翔さん落ち着いて。未来の尺度持ち出しても納得してくれませんよ」
「そ、そうだな。逃げようか」
逃げ延びた先は、現代においてはヤマダ電機LABI1の北側裏手にある喫茶店「皇琲亭」(編注:1971年当時は未開業。これはあくまでもフィクションだ)。日曜だからか待ちが発生していた。
「さっきの曲、何が問題だったの?」
「背景がちょっとね…」
「センシティブ、とでも言いたい?腫れ物に触るというか」
「まあそうだね。かなり言葉を選ぶ必要がある」
「何となくわかるよ。この時代でもあるんだね、臭い物に蓋をする風潮」
「え…」
「背景とか考えなければ、その曲の歌詞には何ら差別的なところは無いんだろ?」
「そうだよ」
「だったら禁止すること無いのにな。あの爺さんだって何が問題なのかよくわかってないと思うよ」
漸く席に通された2人は、この店の名物「アンブル ドゥ レーヌ」を頼んだ。柔らかく贅沢な口当たりの一方、コーヒーとしてのアイデンティティも崩れていない秀逸なドリンクである。
「キ○○○は禁句、というのもわかってなかったよね」
「71年の時点では平気で使っていたね。でも78年の時点では使用禁止だよ」
「そうなんだ。まあ真の意味を考えると安易には使えないね」
「配慮は必要だけど、その規制お節介すぎない?って思う場面は多いね」
「不快な思いをする受け手がいること、否定はしないけど免罪符として乱用しすぎな気がする。こういう規制をしなければならないくらい、この国の人々は信用されていないのか」
「…話が重すぎるよ翔くん。もっと楽しい話しよう」
チーズケーキは口溶けこそ一流店に及ばないが、喫茶店で食べるケーキとしては上等で、「桜味」がはっきりしている。
「1971年だと、トキさんは高校生か」
「そうだね」
「部活ってやってたの?」
「合唱部入ってた。GSとか好きだったし」
「ガソリンスタンド?」
「違う。グループ・サウンズ。タイガースとかスパイダースとか」
「わかんないや」
「沢田研二さんや堺正章さんなら、未来のテレビでもお見かけしたけどね」
「そっか、マチャアキさんって元々はアーティストか。毎週土曜の夜に料理作ってた面白おじいさんのイメージしか無い」
「え〜、歌も歌ってるよ」
「そうなんだ…」
追加で頼んだブラジルコーヒー。定番のおかわり割引もあり、この店は太っ腹の300円引である。バランスのとれた味わいに安らぐ翔。
「それにしてもさっきのあの曲、いつの間に流れていたんだろう」
「だよね。俺らかけてないし」
「ここで演出入れよう。軽くひとつハプニング起こしてやる」
あの歌えない子守唄が流れたのは、時をかける処女のま○ぽによるただの悪戯であった。
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