不定期連載小説『Time Hopper』
現代を生きる時生翔(ときお・かける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に1978年にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」の代表「ま○ぽ」を名乗る女性が現れる。翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられ、過去と現代を行ったり来たりする日々を送る。
〜第6幕:春の風〜
1975年春の東京。一人で散歩しながら昔の東京の街並みを味わう翔。現代では地球温暖化が問題となっているが、気候自体は今も昔もあまり変わらないようである。昭和を懐かしむ特番で何となく使い方を記憶していた公衆電話を用いて、トキと連絡を取る。
「翔くん、どうした?」
「ちょっと公衆電話使ってみたくてさ」
「公衆電話なんて当たり前でしょ」
「当たり前じゃないよ。今の若い子みんな使い方知らない。梨花以下の世代は皆使い方わかってない」
「誰よリンカって」
「まあいいや。えぇと何話すんだっけ…」
「もう、話すことくらい決めなさいよ。お金勿体無いよ」
「そうだ、今日雪降るらしいね」
「それだけ?」
「現代は地球温暖化が進んでいて…」
「地球温暖化?また知らない単語」
「えーっと、何て説明すればいいのか…二酸化炭素が何たらかんたらで気温が全体的に上がっていて…」
10円玉を切らした翔。電話は切れてしまった。
予報通り夜通し雪が降り、翌朝。翔とトキは再び神田神保町に集合した。
「雪が残っているね」つまらないことしか言えない翔。
「今年最後の雪。なごり雪だね」
「なごり雪か」
〽︎汽車を待つ君の横で僕は…
「知ってるんだ『なごり雪』」
「現代でも結構ポピュラーだね。世代じゃなくても歌える人、多いよ」
「そうなんだ。嬉しいね」
今日の目的地はラドリオ。前回のさぼうると同じく、由緒正しき喫茶店である。昼食には未だ早い時間だったため、ウィンナーコーヒーとガトーショコラを注文した。
「1975年春だとまだかぐや姫ヴァージョンだね。イルカさんヴァージョンは秋発売だった」
「かぐや姫って、『神田川』の?」
「そうそう。でもこの年かぐや姫は解散しちゃった。南こうせつさんはソロになって、伊勢正三さんは『風』というデュオを組んでいる」
「そうなんだ。そこまでは知らない」
コーヒーとケーキがやってきた。ここ最近ブラックコーヒーを真剣にテイスティングしていたものだから、たまにはヴァリエーションコーヒーを楽しむのも良いだろう。
ガトーショコラはふわふわかつしっとりで、不思議とブルーベリーの味がした。あくまでも喫茶店でありスイーツ専門店ではない、なんていう言い訳をせず真剣にカカオを選別して作られているに違いない。
「なごり雪聴くと思い出すんだよね。ちょうど大学卒業の時のこと…」
トキには大学時代ずっと付き合っていた盛岡出身の男性がいた。最初は友達にすぎなかったが、トキが主導して男性に都会生活のイロハを教えた。大学付近の喫茶店やカレー屋を巡ったり、銀座や浅草をデートしたりする内にお互い恋に落ちていた。しかし厳格な両親に強制され、1977年の春、卒業と同時に男性は地元に帰ることになった。
「あの日雪は降っていなかったけれど、特急列車が去った上野駅のホームに佇んでいると自然と歌詞が浮かんで涙した」
「そうなんだ…ってか特急?新幹線じゃなくて?」
「新幹線は東海道だけ。東北にもできるの?」
「そこら中にできてるよ。上野駅の新幹線ホームは深い地下になってるし」
「地下か…なごれないね」
「なごれない?」
「なごり雪が無い。地下でさよならなんて寂しいよ」
「でも現代なら盛岡まで2時間ちょっとで行けるよ」
「翔さん、さっきから風情壊すようなことばかり。どうでも良いこと突きすぎです」
「ごめん。つい気になっちゃって」
「このままでは主演失格ですよ。気をつけてください」
「はい…てか何故劇中にダメ出しされるんだよ」
店を出た2人。翔は反省に夢中になっていて、地面を見ていない。
「うわっ!」
「翔さん⁈」
凍った雪に足を取られ、翔は前にいたトキと共に前のめりに倒れた。
NEXT