連続カフェ&喫茶店百名店小説『Time Hopper』第3幕:カリスマ 前編(ヴァニエール/仙川)

この店は現在閉店しております。

  

不定期連載小説『Time Hopper』
現代を生きる時生翔(ときおかける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に過去にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」のスタッフを名乗る女性が現れ、翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられる。

  

家に戻って来た翔を、上司が待ち構えていた。
「おい時生、無断欠勤するとはいい度胸だな!」
「こ、これには深い事情があって…」
「連絡くらいできるだろ!」
「すみません!」
「もういい、約束通り君には根性叩き直してもらう。富士宮のフーテン殲滅学校に行け」
「フーテン殲滅学校…昭和の軍隊みたいなスパルタ教育で有名なあそこですか?」
「ああそうだ。お前は社会人の基礎がなってない。さあ明日から行くんだ!」
「嫌ですよあんなマ○○○学校」
「何だって?もういっぺん言ってみろ!」
「嫌ですよあんなマ○○○学校」
「もういっぺん言うなよ、放送禁止用語を…」
「マ○○○行かされるくらいなら、私この会社辞めます」
「ああそうかい!」
「一切凡庸なあなたとは違いますから。さいなら!」

  

仕事を失ってから初めてのトキとのデート。
♪うっせぇうっせぇうっせぇわ
「何ですかその歌?」
「令和で流行りのロックです」
「結構強いこと言ってますね」
「嫌な上司にこの歌を届けるんですよ」
「肝の据わっていること!昭和では考えられない行為です」
「えっ…」
「昭和の男は仕事第一。組織の中では組織のルールに従う。上司の顔を立てる。決して反抗などしてはいけないのです」
「それを現代では『社畜』と呼びます!」
「しゃちく?」
「会社に飼い慣らされプライベートを犠牲にしている可哀想な人、という意味です」
「まあ!」
トキは言葉を失った。何に対してかはわからないが、悲しみや怒りが込み上げていたようだ。

  

この日は京王線に乗り、仙川にあるカフェへ向かう。
「今の車両、モニターがついているんですね」
「そうです。目的の駅まで何分とか、階段の位置とか表示されて」
「随分と親切になりましたね。昔は路線図が貼ってあるくらいでした」
「外国人旅行客も増えてきて多言語での案内が必要になってきましたし」
「中国語や韓国語があるのにびっくりです」
「中国人の爆買いは凄かったなぁ」
「爆買い?」
「今でこそ少し治まっていますが、中国人はどっぷりお金を落としてくれるんです」
「そんな文化があるんですね」

  

「ここが仙川ですか。随分街並み変わりましたね。これが現代の街並みですか」
「そうですね。下町とは違った、ファミリー向けのほんわかとした趣があります」

  

クイーンズ伊勢丹の近くにあるカフェ「ヴァニエール」。インスタで営業開始時刻を確認し入店する。先客2組で、一番奥の席を確保した。
「インスタグラムで営業時間確認できるんですね」
「そういう店増えてきました。ラーメン店はXに営業状況載せること多いですね」
「X?」
「自分の思うことを文字にして気の赴くままに公に呟ける機能です」
「想像がつきませんわ」

  

ワンオペのため、注文から提供までには時間がかかる。
「満員電車とかあるのですか?」
「勿論今でも超満員です。時差通勤とかテレワークとかやればいいのに」
「時差通勤?テレワーク?」
「時差通勤は混雑する時間帯を避けて出勤すること、テレワークはインターネットを利用して家で仕事することを言います」
「へぇ〜。でも広まっていないんですね?」
「そうです。結局皆、同じ時間に同じ場所で顔を合わせるのがお好きみたいです。僕には理解できませんが」

  

30分ほどして漸くデザートとドリンクが到着。翔はいちごミルクのグラニテを頼んだ。非常に素直な苺とミルクの味に感銘を受ける。氷も、かき氷とはまた違った趣があって美しい。
果物はさいの目切りにされた一つ一つに重みを覚える。バナナが特に印象に残った。

  

「美しい、美しすぎる!シェフは天才だよ」
「現代っていいですね。美味しいものが沢山あるなんて」
「こんな良い店なのに、2024年ゴールデンウィークをもって閉店なんですって」
「本当ですか⁈」
「原材料高騰とかが理由らしいです」
「ショックですね…」
「現代は物の値段が軒並み値上げです。ニュースキャスターは口々に値上げ、値上げ、値上げ。もう聞き飽きました」
「そうなんですね」
「原因は世界情勢の悪化です。トキさんの時代は未だ冷戦の最中ですよね」
「はい。アメリカとソ連」
「冷戦は1991年に終わりました。しかし昔と比べると、現代の方が平和から程遠いです」
「あらまあ…」
「ソ連崩壊後のロシアが暴れて資源価格が高騰。ロシアの暴走を止める術がないのです」
「…」
「世界情勢について言えば中東も大荒れです。誰かカリスマが現れて何もかも平定してくれればなぁ…」

  

世界情勢を憂いたまま京王線で新宿へ戻る2人。すると笹塚を過ぎてトンネルに入るタイミングで体が持って行かれる感覚がした。

  

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