不定期連載小説『Time Hopper』
現代を生きる時生翔(ときおかける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に過去にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」のスタッフを名乗る女性が現れ、翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられる。
翔とトキは現代の吾妻橋にタイムスリップした。
「やっと現代に戻れた…」
「ここが現代の浅草!…何か変なオブジェ乗ってるビルありますね」
「アサヒビールの本社です。レストランもありますよ」
「印象に残りますね。でも私ビールは飲めないんです」
「お酒お苦手ですか?」
「そうなんです。父が大酒飲みでものすごくめんどくさくて、私にもお酒を飲むよう強要してくるんです」
「けしからんですね。現代ではそれをアル中、アルハラと呼びます」
「昔は声を上げても聞く耳を持ってくれない人が多くて。現代は良い時代ですね」
「逆にルールが多すぎて息苦しいことも多いんですけどね」
2人は夜の浅草を歩く。フロアが縮小された松屋、チェーン店が軒を連ねる商店街、ライトアップされた浅草寺、メロンパンを食べ歩く人々、浅草ROXやドン・キホーテといった大きめの商業施設などを見て驚くトキ。浅草寺の裏手に佇み夜空を眺める。
「これだけ明るいと、星って見えないですよね」
「ですね。満天の星空なんて見たことないです俺」
「でもちらほらと星、見えますよ。あれはシリウス、あれはベテルギウス」
「ベテルギウス?優里さんの?」
「何の話ですか?」
♪僕ら見つけあって 手繰り合って 同じ空…
「壮大で力強い歌。素敵ですね」
「これからの2人の運命を暗示しているような気がするんです」
「どういうことですか?」
「俺とトキさんは運命的に巡り逢った。これから何があってもずっと一緒にいるんだ」
「翔さん…ベテルギウスからしたら40年なんてちっぽけな年月なんでしょうね」
「間違いないです。永遠を信じていたい。信じていいのか…」
「信じましょうよ。昔も今も、ベテルギウスは変わらず私達を照らして下さいます」
トキには現代における滞在場所として、田原町の高層マンションの一室が与えられた。
「このスイッチは何ですか?」
「床暖房です。足元までぬくぬくですよ」
「夢がありますね。ドラえもんのひみつ道具みたい!」
「大袈裟ですよ」
翌朝、翔はトキを迎えに行く。
「トキさーん。一緒に朝ご飯食べましょう」
応答が得られない。トキは現代のマンションには欠かせない「オートロック」の仕組みをわかっていなかった。
「トキさん、『開錠』というボタン押してください。じゃないと俺入れないです」
「ありました。押しますね」
何とか部屋に上がりこめた翔。
「トキさん、朝ご飯何食べます?」
「ペリカンのパンって現代にもあります?」
「ありますよ。近くに店舗あるので行ってみましょう」
しかし現代においてペリカンのパンは大人気。予約無しで買うことはできなかった。その代わり、通りを少し南下したところにペリカンのカフェがあることを教わり、そこへ向かうことにした。
「昔はすぐ手に入ったのに…でも逆に嬉しいです、戦時中からあるものが今こんなに人気を博すなんて」
「ついこの前、麻布台ヒルズに進出したんですよ」
「麻布台ヒルズ、ですか?」
「サンシャイン60を凌ぐ日本一高いビルで、一流の店が集まる複合施設です」
「ペリカンがその一員に?すごいですね!」
ペリカンカフェもまた人気の店で20組待ちを食らってしまう。朝ご飯はその辺のコンビニの物で妥協し、家で順番が来るのを待つ。
「でも良いですね、店の前で待たなくて良いの。昔じゃ考えられないです」
「時代はタイパですからね」
「タイパ?」
「『コスパ』が『コストパフォーマンス』で…」
「それもわからないです」
「そうですよね…まあ簡単に言えば、時間を有効に使う、という意味です」
「ならそう仰ってくださいよ」
「ごめんなさい、現代人はとかくオシャレな言葉を使いたがるんです」
ようやく入店した2人。翔は名物と目されるフルーツサンドを注文した。
「現代ではフルーツサンドもブームなんです」
「そうなんですね」
「大粒のマスカットを3粒挟んだり、マンゴーをまるっと挟んだりすると映えるんです」
「バエル?」
「現代では『Instagram』というものが流行っていまして、色彩豊かな食べ物や風景の写真を共有すると皆から褒めてもらえるんです」
「それは良い文化ですね。翔さんもやられているのですか?」
「やってはいるんですけど、俺はあまり人気が無くて。Instagramは美人さんがやるものです」
「はぁ…」
「現代の人々は必要以上に美を追い求める傾向にあります。何でもない一般人が好き勝手言いたい放題できて、『太った』とか『ブスだ』という声が耳に入りやすいんです」
「よくわからないんですけど…」
「理解していただかなくて大丈夫です。そういうのには絶対触れない方が良いです」
フルーツサンドがやってきた。ペリカンの食パンは硬めの食感なので、フルーツサンドにはあまり合わない気がする。一方で中のクリームの質が良く、生食パンであればかなり良い商品になるような気がした。
「正直俺ペリカンのパン好かないんです。ちょっと硬めなんで…」
「現代の方は柔らかいのがお好きなんですね。歯が弱くなりますよ」
「余計なお世話ですって。現代の流行りは甘くてやわらかい生食パンなんです」
「何か寂しいです。私はペリカンの食パン以外考えられません」
「ジェネレーションギャップですね」
「さっきから横文字ばかり。わからないからやめてください」
「…ごめんなさい」
言い返す気力も無い翔は少ししゅんとした。これが2人の初喧嘩である。
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