連続カフェ&喫茶店百名店小説『Time Hopper』第2幕:冬の星 前編(ローヤル珈琲店/浅草)

不定期連載小説『Time Hopper』
現代を生きる時生翔(ときおかける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に過去へタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」のスタッフを名乗る女性が現れ、翔は『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられる。

  

現れたのは麗奈にそっくりな女性であった。
「翔さんのお相手役、守田トキさんです」
「えっ⁈おかあ…」
「麗奈さんはお黙りください。話がややこしくなるので」
「もう十分ややこしいって…」
「トキさんは麗奈さんのお母様ですね。感情移入し易いと思いましてお相手役に抜擢しました」
「訳わかんないよ」
「繰り返しますが、本当に好きになっていただいても構いません」
「でも仮に好きになって結婚したら、タイムパラドックスが発生しません?」
「しますよもちろん」
「そんなケロッとされても…」
「成り行き任せの『恋』、楽しんでくださいね」
「翔さん、トキです。よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします…」
「麗奈さんは安心して現代にお戻りください。ただし、翔さんとは会わないこと。もし会いに行くような素振りを見せたら激しい妨害が入ります。命の保証はありませんよ」
「何ですって⁈」
「丁度良いじゃないですか、翔さんのこと振ろうとしていたのだから。頭冷やして、翔さんの恋物語が終わるのをちゃんと見届けてから縒りを戻しましょう」
「(この人ちょいちょい失礼な言い回しするよな…)」

  

こうして麗奈は現代に差し戻され、翔は神田川沿いにある六畳一間のアパートの一室に連れて行かれた。
「過去における貴方の滞在場所はこちらとなります。家賃はこちらで払っておりますのでご安心を」
「あのお、ウォシュレットが欲しいんですけど」
「この時代にある訳ないでしょう」
「えっ⁈お風呂も無い…」
「贅沢仰らないでください。横丁に風呂屋がありますからそちらを利用してください。その分のお金も出しますから」
「はーい…」
タイムスリップして疲れた翔は、1人になるとすぐ眠りについた。

  

翌日、翔とトキのラブドラマが幕を開ける。早速トキは翔の家を訪れる。
「翔さん、朝ですよ。早く起きましょう」
「…おはようございます。あれ、ここはどこ?えっ、スマホが黒くて大きな塊になってる…」
「もう、寝ぼけないで下さいよ。それに何ですかスマフって」
「あそうか、スマホなんてないのか。黒電話かこれ!」
「当たり前でしょう。何驚いているのです」
「不便だな、と思って」
「現代はそんなに便利なんですか?」
「便利ですよ。電話なんて蒲鉾板くらいのサイズだから持ち運べるし、インターネットで調べ物もできるし…」
「インターネット?」
「ああもう!いちいち説明しなきゃいけないのかよ」
「カリカリなさらないで、今日は浅草に行きましょう」

  

レトロな車両の銀座線に乗り神田から浅草へ向かう2人。
「浅草って渋くないですか?お台場とかじゃないんですね」
「お台場?あんなところ、船の科学館くらいしか無い更地ですよ」
「アクアシティとかフジテレビとか」
「フジテレビは河田町ですよ。何言ってるのです」
「現代ではお台場にフジテレビがあります。球体展望室があってランドマークになっているんです」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ現代行ったら見てみたいな」
「そ、そうですね…」

  

浅草に到着すると、現代よりも人通りは疎らであった。映画館の街であった浅草は丁度この頃、テレビの普及により大打撃を食らい寂れていたのである。一通り40年前の浅草を歩いた後、伝法院通りとホッピー通りの交差点付近で一際賑わっていた喫茶店「ローヤル珈琲店」に2人は入店する。食前酒代わりの林檎ジュース、セットのアイスコーヒーが渋滞するテーブルを挟み会話する。

「今の時代じゃ考えられないです、こんな閑散とした浅草なんて」
「私が子供の頃はもうちょっと栄えていました。新宿とか渋谷とかが発展しちゃって」
「現代でも渋谷や新宿は人多いですよ。でも浅草はもっと多いです」
「そうなんですか⁈」
「外国人が多くて、浅草は伝統文化を味わえると言って大人気なんです。休日の仲見世通りは身動き取れないくらいですよ」
「それはびっくらぽんや」
「現代に来たら見てみてください。驚きますよきっと」

  

昼食としてコンビーフのホットサンドを戴く。端は強くプレスされラスクのようにガリガリしている。外側がこんがりで中は柔らかい、このギャップがまず面白い。コンビーフらしさはもう少し感じたいところであったが、チーズと肉の組み合わせは間違いのない旨味を生み出す。アスパラもへたらず新鮮であった。

  

セットのサラダの中にあるポテトサラダは余計な物が入っておらず、純粋に芋の良さを楽しめる。
「この時代のきれいな女優さんって、誰になりますか?」
「やっぱ吉永小百合さんですかね。現代はどうです?」
「吉永小百合さんは現代でもお綺麗ですよ。年配層の支持が厚いです」
「へぇ〜、それは嬉しいですね」

  

その後は花やしきを楽しみ、隅田川のほとりに佇む。
「スカイツリーなんてある訳ないですよね…」
「何でしょうかそれ?」
「東京タワーの2倍近い高さがある塔です」
「そんなのできているんですね。本所の方は普通の住宅地ですよ」

  

川沿いにはビルがちらほら建っているものの、夜になれば辺りは意外と真っ暗になる。

  

♪目を閉じて 何も見えず 哀しくて目を開ければ

  

「谷村新司さんの『昴』ですね」
「現代でも定番の曲なんです。世界中で人気なんですよ」
「世界中で、ですか⁈すごいですね」
「壮大な曲ですよね。年末の夜空を眺めながら聴きたい」

  

すると暗い夜空に青白い光が灯った。
「昴だ!」
「翔さんちょっと待ってください、昴なんて東京ではとっくのとうに見れないはずですよ…」
「あれ?体が吸い寄せられる感覚が…」
「私もです」
「うわぁ!」

  

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