現代を生きる時生翔(ときお・かける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に1978年にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」の代表「ま○ぽ」を名乗る女性が現れる。翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられ、過去と現代を行ったり来たりする日々を送る。
—第11幕:戦場—
「始まりました、トキの古(いにしえ)tion芝居チャンネル!古き良き時代の演劇大好き、守田トキです!今日は私が最も憧れる女優・加藤治子さんについて語ります!」
レトロなワンピースに身を包みながら喋り、後半には渾身の一人芝居も組み込んだ動画であったが、再生回数は100回と伸び悩んだ。コメント欄では「古臭いオバハンやな。レトロというよりオンボロ」「古畑で犯人役務めた話しないのはモグリ」「本当に現代人なのコイツ?」など散々な言われようである。
「むごい…現代人ってこんなに薄情なの?」
コーヒーを淹れる練習をしていた翔は申し訳なさそうな顔をして答える。
「残念だけどそれが現代のスタンダードだ。言葉の暴力は黙認され、嘘や憶測言っても何が悪い、ってなるのが常」
「面と向かって怒鳴られるならまだしも、どこの馬の骨かもわからない人に言われるのは堪える」
「現代は平和に見えるけど、実態は見えない敵が跋扈する戦場。言いたいこと言えない世の中の方が気楽だよ」
「ホントにそう思う」
「でもこれだけは貫き通してほしい。何かを成そうとする者は、文句を言う者に負けてはならない。頭の悪い輩の罵詈雑言には耳を塞いで、動画投稿続けて」
「ありがとう翔くん、そう言ってくれると心強いよ」
「俺らは気高きクリエイターだ、腐らない内に一流という名の鎧を纏おう。銀座でアフタヌーンティーするぞ」
「アフタヌーンティー?」
土曜の銀座三越は今も昔も人で溢れている。やたらと外国人が多いのが何とも現代らしい。エスカレーター渋滞に苛つく気持ちを何とか抑えながら4階へ上り、奥にあるカフェ「ボン ボヌール」に向かう。
「これがアフタヌーンティー?」
「そうそう。軽食と焼き菓子・生菓子を3階建てとかにして盛り合わせるんだ」
「美味しそう〜。飲み物もついてるの?」
「紅茶とかコーヒーとか、店によっては飲み放題だったりする」
「楽しみだ」
しかし当然のごとくウェイティングが発生しており、整理券を発券してその場を離れる。スマホで逐一順番待ち状況を追えるので便利である。
「9組待ちか…翔くん、どこで時間潰す?」
「別のカフェにでも行こうか。あそうだ、和光覗いてみよう」
「パフェ食べるの?お腹いっぱいになっちゃう」
「空いてたらの話だよ。多分混んでると思うけど」
予想に反し、和光はたった1組の待ちであった。まもなく席に案内され、さくらんぼのパフェを頬張った。
「キルシュ漬けのさくらんぼって美味いよな。チョコとの相性も抜群だし」
「こんなに沢山さくらんぼ食べられるの、贅沢ね。心落ち着く」
「飲み物もレベチだ。コーヒーとミルクのバランスが上品。並のやり方では織り成せないね」
美味しいパフェを堪能しても未だボヌールは3組の待ちであった。曇天の下、歩行者天国の真ん中に立ち尽くすトキ。
「人は多いけれど、ここにいる人達は休日を謳歌している。空は曇っているけれど、ここにいる人達の心は晴れやかであるようだ。荒れ果てたネットの世界からは想像できないくらい、街中には情緒がある」
「トキさん、情緒とは良いところに気づいた。大事にしてほしいのはリアルの触れ合いだ。広い世界を広い視野で眺めて、それを自らの糧とすればいい」
♪世界は残酷だ それでも君を愛すよ
トキは一人芝居を始めた。古風な日本語を使った台詞回し、嫋やかな振る舞いに、歩行者天国を歩いていた人の多くが釘付けになる。
「現代の役者さんに欠けている空気感を持っている。大事にしたいね」
「何でこういう人が売れないんだ?最近の人は見る目が無さすぎる」
トキは演技をする喜びを噛み締めた。翔も安堵の表情を浮かべる。
「応援してくれる人の声だけ聞いていればいいんだ。才能ある者は自分で自分を批判できるからな、雑音に蓋をしても何の問題もない」
整理券を取ってから1時間半、漸く順番が来たためボヌールに戻る。本格的なカフェとあって、回転は頗る悪いようである。2人はアフタヌーンティーを注文した。飲み放題のアフタヌーンティーもある、と翔は言っていたが、今回頼んだのはノーマルのアフタヌーンティーのため、飲み物は1回だけお代わり可能である(予約限定のPREMIUMアフタヌーンティーは飲み放題かつ、乾杯酒までついている)。
「ここではセバスチャン・ブイエのスイーツがいただけるんだ」
「どちら様?」
「フランスのパティシエ。バレンタインになるとデパートのチョコ売り場によく出店してるかな」
「ピンと来ない。バレンタインにチョコあげる慣わしは70年代にもあるけど、市販のチョコで済ませちゃう」
「まあ普通はそうだよ。現代のバレンタインはどちらかと言うとチョコの祭典みたいなものだからね、自分用に買う人も多い」
食べ物がやってきた。高さがあるため、写真を撮る際映り込みを防ぐのに難儀する。
最下段は軽食の盛り合わせ。サンドウィッチの具材は雑味のない一流の仕上がり。奥のパテ、右のポタージュもそこそこ美味しい。
中段は小さめの菓子盛り合わせ。中央の白ワインのジュレが、葡萄の味わいとアルコール感の虜にさせてくれる。シュークリームやチョコロールといったベーシックな菓子も、香りが良くて美味しい。
「翔くん、私お腹いっぱい。やっぱりアフタヌーンティーの前にパフェは重すぎだよ」
「女性だとそうなるか。俺はアフタヌーンティーの前にがっつり食べても平気なタイプ」
「サンドウィッチとかあったし、ランチと兼用でも十分かな私は」
「確かに悩ましいよね、アフタヌーンティーを1食に含めるか否かって。中途半端に飯来るから」
「翔くんって食いしん坊なんだね」
「まあそうだな。これにプラスでもう1品デザート食えるし」
「さすがに食べすぎよ。お金無くなっちゃう」
飲み物をおかわりし、カフェオレを選択した翔。ブラックコーヒーを飲むことが多い翔であったが、ミルクをたっぷり入れて飲むコーヒーというのも乙であると知った。
最上段のスイーツは数種類あるケーキから好きなものを選べるが、15時過ぎともなると売り切れも発生するので注意したい。事実翔も第一希望のスイーツが売り切れで泣く泣くレモンタルトにした。とはいえレモンスイーツでありがちな金具臭さなどは無くてやはり美味しい。
「向こうの席のアフタヌーンティー、林檎みたいなケーキが載っているね。私達の選択肢には無かったけど…」
「あれがPREMIUMアフタヌーンティーだね。あれはあれで美味そう」
「今度は予約して来よう」
「そうだね。上のレストランで中華食べてから来よう」
「だから、お腹いっぱいになっちゃうって!」
店を出た2人は、屋上広場に行こうと思いエレベーターホールにやってきた。人で溢れる三越だから、エレベーターも2台満員で見送ることになった。しかし3台目に来たエレベーターには誰も乗っていない。照明も若干だが暗く感じられ、2人は乗ることを一瞬躊躇ったが、これ以上待っても空いているエレベーターが来る保証は無かったため乗り込むことにした。途中の階に停まることも無く屋上に辿り着く。
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