現代を生きる時生翔(ときお・かける)は、付き合っていた彼女・守田麗奈と共に1978年にタイムスリップしてしまった。そこへ謎の団体「時をかける処女」の代表「ま○ぽ」を名乗る女性が現れる。翔は若かりし頃の麗奈の母・守田トキと共に『ラブドラマのような恋がしたい』という企画に参加させられ、過去と現代を行ったり来たりする日々を送る。
起き上がると、雷こそ治っていたが、雨だけはそのまま降っている。
「あれ⁈松坂屋が無い…」目をきょろきょろさせるトキ。
「ということは俺ら…また現代に戻ってきたんだ!」
「松坂屋無くなっちゃったんだ…」
「現代の百貨店はどこも経営が厳しい。盛り上がってるのは地下の食料品売場くらいだよ」
「そうだよね。洋服屋さんはいっぱいあるし、日用品はスーパーや100円ショップがある。百貨店にお出かけ、とかしないんだろうな」
「お出かけはそうだね、ららぽーととか郊外のショッピングモールとか」
「馴染みのない施設だわ。変わりゆく時代は全然掴めない」
♪選べよ 変わりゆく時代を 割り切れなくても
時代の変化に落胆しつつも、未だ残っている「天吉」での食事に元気を取り戻すトキ。
「サザンは休み休みだけど今でも一線で活躍している。世代を越えて歌える曲が沢山あるからね」
「50年近くも活躍するなんてすごいことだよね。休み休みというのが大事なのかな」
「ずっと突っ走ると疲れちゃうからね。離れてみてわかることも多いし」
これからのことは気がかりであるが、この日ばかりは忘れて天ぷらを堪能した2人。店を出る頃には雨も止み、みなとみらい線馬車道駅から愛のすみかへ帰った。
現代に戻って来たことによりスマホの利用が可能になったため、翔はすぐさまバリスタの専門学校を調べた。すると週3通学の1年制コースを発見し、会社員時代の蓄えをはたいてすぐさま入学した。
一方のトキも女優になる夢を実現させようと行動を始める。俳優事務所や劇団のオーディションを片っ端から受ける。しかしどこも拾ってくれない。
「洗練されてない。もっと進化させないと」
「古臭いんだよその演技。戦前じゃないんだから」
「まさか過去からタイムスリップしてきたんじゃない?」
現代の演技論についていけず、トキは夢を諦めたくなった。翔に負けるなと言ったのに、今度は自分が負けそうになってしまう。
気晴らしになればと、翔はトキを日本橋の三越に連れ出した。不振にあえぐ百貨店業界だが、日本橋の三越は変わらず人で溢れていて、向こう何十年何百年も残る気概を見せている。特別食堂で昼飯を済ませ、たくさんの紙袋を抱えて外に出ると大雨が降っていた。
「これだけ荷物あると、傘さすのも一苦労だな!時代は進んでいるのに、雨具だけは全然進化してない」
「言われてみればそうだね」
「さしたところで裾は濡れるし、風には飛ばされるし。確実に雨を避けれて快適に移動できるアイテムを何故皆考えない」
「思いつかないからだろうね。それに車があれば殆ど濡れずにいけるだろうし」
次に向かったのは文明堂。レストラン桂の行列を脇目に店内へ。奥にはカフェがあって、土曜昼過ぎであったが空席があった。
「私はオーソドックスなカステラにしようかな」
「俺カステラ苦手なんだよね」
「現代っ子で舌が肥えてる翔くんには合わないかもね」
「そうかもしれないけどさ。フレンチトースト風カステラなら美味しいかもね。ドリンクセットはソフトドリンクなら何でもいいのか…紅茶の方がお得だな」
「でも翔くんバリスタでしょ?ここでもコーヒーを…」
「いやいや、カフェやるなら紅茶にもある程度通じてないと。コーヒーは学校でたくさん飲むから、ここは紅茶で」
紅茶は9種類ラインナップしており、全てがアイスティーにもできるという。暑い日でもフレーバーティーが楽しめるのは有難いことである。
翔はメルシーミルフォアを選択した。苺や桃など爽やかなフルーツのニュアンスがする香りの良い紅茶。アイスで味わうとスカッとする。
「私も時代についていけなくてさ…」突然泣き言を発するトキ。
「どうしたんだよ急に」
「女優目指してオーディション受けるんだけど、どこ行っても『お前の演技は古臭い』って言われるんだ。向いてないのかな…」
「腹立たしいね。何をもって古臭いと感じるんだろう」
「最近の俳優さんってレベル高いの?」
「俺はそう思わない。お世辞抜きで」
「そうなの?」
「俺はそもそも演劇というものに限界があると思ってる。自分でもない誰かの人生を演じようとするとどうしても作り物にならない?」
「その感覚はわからない」
「ドラマとか観てるとなんか不自然に感じちゃって。特に恋愛ものはね。だから演技やるとしたらコメディがいいと思うんだ」
「コメディというと、三木のり平さんとか藤山寛美さんとか?」
「古いな。今は大泉洋とかムロツヨシあたり。笑いで演技力を補うのが俺は良いと思う」
「でもどこでやれば…」
「いっそのこと劇団を旗揚げすれば?今はスタートアップの時代だよ」
「スタートアップ?」
「自分で事業を立ち上げることだよ。自分のやりたいようにできる」
「でもそれが世間に受け入れられる保証は無いよね?」
「勿論だ。だからこそ努力は必要。でもそれに向かう熱量はあるわけだから」
「旗揚げか…」
スイーツがやってきた。フレンチトーストのように焼いたカステラは、フレンチトーストらしい味付けとカステラ本来の甘みがマッチしている。トーストと違いカステラは元から柔らかいため、フワッとした感覚はフレンチトースト以上にある。しかし途中飽きてきたため、翔はアイスの力を借りることにした。
「これなら現代っ子でも満足だな。文明堂もこうやって変わりゆく時代に対応して生き残っている」
「時代の流れは絶えず変わる。納得できなくてもそれを受け入れ、常にやり方を変える。これが大事なんだね」
「そういうことだ」
「わかった。コメディ劇団のスタートアップ、頑張ってみるよ」
「いいね。最初のうちはYouTubeで配信するのもアリかもよ。いやぁ楽しみだ、コメディエンヌトキの演技」
♪雨に濡れながら帰ろう
2人の夢への道は、まだ始まったばかりである。
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