超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第6章:働いて休んで働いて休んで休もう 1話

フランス帰りのカケルは、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

速報です。港区虎ノ門のビルにて女性が倒れているのが発見され、その後死亡が確認されました。女性のそばには遺書とみられるメモが落ちており、「会社で働くのは限界」などと書かれていたということです。警察は、過労を苦にしたことによる自殺の可能性もあるとみて捜査を進めております。

  

「まったく、相変わらずタテルのドラマは胸糞悪い!」
「観なきゃいいんですよ。お兄様憎んで何が楽しいんですか」
「憎んでるんじゃない、台風で土砂崩れの虞があるのに研究しないといけない、その展開にイライラするんだ」
「フィクションですよ。いちいち気にしてたらもたないですって」
「でもこの国では皆長い時間働かされるんだろ?雨が降ろうが槍が降ろうが」
「そこまで鬼じゃないです、今は」
「とはいえ今でも過労死事件発生してるじゃん。万国共通語だろ、karoshiって」
「お恥ずかしながら」
「過労死と不倫はこの国の文化だ」
「不倫を並べるのは……」
「兎に角、この前の黒澤ユウカさん自殺事件。なかなか苛烈な勤務実態が報じられている。断じて許せん」
「でも誰も咎められないでしょうね。いずれ人々の記憶からも忘れ去られて……」
「そうなる前に俺らでやっちまおう。よし、討伐作戦の開始だ。楽曲制作も始める」

  

カケルは早速、今シングルのセンターポジションにdraを抜擢する。恒例となったセンター選出記念晩餐会に、平日の夜にしか営業していない居酒屋を押さえた。

  

会社帰りのサラリーマンで賑わう店内。カウンターの片隅に座って早速sakeを注文する。長野の十六代。がっしりした構えから蜜のような甘みがチョロチョロと溢れ出す。

  

この店では豪華なお通しが出てくるのがお約束である。1,580円と高額ではあるが、下手な居酒屋であれば300円くらい取られる小鉢が8品、さらにお吸い物もついてくる。内容も茄子のお浸しやオクラ、南瓜の煮物等素朴なものから、茹で落花生や柳葉魚という乙な品まで多彩。ゴーヤの苦味がガツンとくれば、繊細なペペロンチーノ味の蓮根で口直し。手の込んだ前菜盛り合わせであり、これだけで満足してしまう人もいることだろう。

  

カケルもこの盛り合わせだけで次々と日本酒を頼んでしまう。川中島幻舞、ガラスのように透き通った背景に米の野生の旨味が出る。

  

柳葉魚と合わせるためには辛口が良いと、栃木の辻善兵衛。入りは確かに辛口。口の中で練れば練るほど米の旨味が溢れ出す。栃木、群馬、長野辺りのsakeが多く揃っているのが特徴的な店である。

  

「まさか私がセンターなんて。半分諦めていたので感無量です」
「今回の曲のテーマに合致するのは君だけだからな。働く人を題材にしたメッセージソングだ」

  

draはグループで唯一の社会人経験者。高校を卒業して地元の不動産屋に就職するも、厳しいノルマや仕事量の多さで疲弊する毎日だった。僅かな休息の時間、心を癒してくれた存在がÉcluneの前身であるHAYATEであった。芯のあるパフォーマンスの虜になり推し活を開始。やがて2期生オーディションが開催され、オンラインお話し会での先輩メンバーからの後押しもあって応募することにした。結果は合格、不動産屋を退職してグループに加入、そして今に至る。
「同僚には申し訳ない思いでいっぱいでした」
「何を。逃げることは恥じゃない」
「前向きに送り出してくれた人もいたんですけど、上司はあまり良い顔してなくて。今でも引っかかるんですよね」
「そんな奴放っとけよ。ブラック労働棚に上げて何だその態度」
「見返してやるつもりで、歌もダンスも磨いてます」

  

自由意志による1品目は名物の酒盗ポテトサラダ。酒盗とは銘打っているが、印象に残るのはベーコンらしき大きめに切られた具材。腹を満たしつつ酒を進めたいカケルにはうってつけの摘みであった。

  

「全員とは言わないが、この国の民は仕事に囚われすぎだ。体力と気力を奪う満員電車、上司からの圧力は最早テンプレ。残業も当たり前、酷いところは終電時刻過ぎても働かせる」
「あと休日も急に仕事の対応舞い込んだり」
「フランスでは勤務時間外に仕事のことなんて絶対考えない」
「それが当たり前ですよね」
「デフォの労働時間もちょっと長い。8時間を週5だろ?せめて1時間削ろう。しかも休憩1時間というのも鬼」
「言われてみれば短いですね。昼ごはんを作って食べてたらすぐ1時間なっちゃいます」
「フランスだと2時間くらい休む企業もザラだ。ゆっくりランチなんてしちゃってさ。この国も見習うべきだよ」
「残業はあるんですか?」
「無いね。何が何でもしないようにするから仕事の密度は高いかも」
「効率が良いんですね」
「そう。メリハリのある理想的なワークライフバランス」
「総理が捨てたやつだ」
「やたらと働きたいおばさんのこと?」
「おばさん、は良くないですよ!」
「そうかい」

  

国産鶏の唐揚げは、なんと腿肉1枚分とヴォリューミー。白飯に合わせるような唐揚げとは違い控えめな味付けで、鶏の引き締まった身の弾力と旨みを楽しめる。

  

極め付きは皮の部分。サックサクのバリンバリン食感、堪らない香ばしさである。

  

こうなるとsakeが止まらない。栃木から松の壽。梨のような吟醸香に感じる。吟醸酒の扱いが多いのもまたこの店の特徴。淡白すぎず、デロンデロンに濃い味付けでもない居酒屋飯とがっぷり四つの相撲を取るものである。

  

亀の海は大吟醸かつ袋吊という貴重なもの。メロメロになってしまう甘み。吟醸と大吟醸の違いが判る1杯である。ちなみにここまで登場したsakeは全てこの店の限定ラヴェルであり、いかにこの店が信頼されているかがわかる。

  

「一度きりの人生なんだから、自分の好きなことをする時間も必要だよね。TI社は人を奴隷にしやがってる」
「黒澤さんの話ですか?」
「そうだ。朝5時退勤が当たり前だなんて狂ってる」
「それでまた9時出社ですもんね。寝る時間すらないのは大変そう」

  

早く帰ろうとすれば追加の仕事を押し付けられ、作成した資料には半ばヤケクソのようにダメ出しされ、ミスをしたらそれが上司の責任であっても自分が怒られる。家に帰っても上司から詰られ息つく暇が無い。心を病んで当然の生活である。
「労働基準監督署という組織は動かないのか」
「動けないみたいですよ」
「何故なんだ」
「証拠が取りにくいからだと思います。こういうのって本人の申告だから、本人が嘘ついてる可能性もありますし」
「まあな。主観が入る部分もあって難しい話だな」

  

〆には担々肉豆腐を注文した。自家製豆腐を流し込み肉味噌を掛ける。担々は肉の粒立ちが良く、そして唐辛子が実直に辛い。花椒は不使用と思われる。それでも豆腐のどろっとした円やかさが主張をしてメリハリが効いている。

  

辛い料理には一旦辛口を合わせることとする。南。辛口でありながら、辛いものを合わせればフルーティな要素が立つ。

  

「ただ今回の件は上司が最悪すぎる」
「紛れもないパワハラですよね」
「そうそう。もっと労ってやれよって話。ダメ出しも必要だけど、そこに愛が伴わないとただの恐怖政治。アイツらに愛は無い。ただキレたいだけの獣だ」
「私達も1回ありましたね。夏のライヴ、全力でパフォーマンスしたのに、踊りとか詳しくない演出家から的外れなダメ出しされて。あの時は流石にキレました」
「勇気あるな。何てキレた?」
「じゃあアンタが踊ってみろよ!」
「ハハハハ。その通りだよ、出来もしない奴がリスペクト欠いた文句言うなって話」
「ですよね」
「今回の件も、自分で資料作成ミスしときながら上司は黒澤さんを責め立て顧客に謝りに行かせたらしい。全くもって筋が通ってない。こういうのが平気で人の上に立つのが、この国の病理なんだよな」

  

デザート代わりに作の純米大吟醸斗瓶取りを。思ったよりも辛い担々肉豆腐の後で口の中が痺れていたのが誤算ではあったが、吟醸酒の王道であるフルーティな円やかさ、そして少し白ワインっぽさもあることを掴んだ。派手さは無いが美しい仕上がり。高級品とはそういうものである。

  

「だから今回は、仕事から逃れて自分らしく生きよう、をテーマに…」
「待ってくださいカケルさん。そんな曲なら私歌いたくないです」
「あっ、えっ、お……」

  

draはここまで、カケルのぼやきに対し冷めたような反応を見せていた。行き過ぎたブラック企業は批判されても良いが、一概に労働を軽んじるような姿勢には疑問を抱いている。
「地元で働いていた時、バリバリ働くタフな先輩がいまして。勤務時間外でも進んで仕事をして、常に活き活きとしてたんです」
「特異体質だな」
「わかりません。でもその人は決して後輩に自分の姿勢を押し付けない。だから憧れの先輩でした」
「マジか」
「私達だって、本職の踊りや歌で何時間も拘束されます。大変だけど逃げたいとは思いません。良いものを創り上げることが生き甲斐だから」
「なるほどね」
「仕事を辞めよう、がテーマなら私は選抜を降ります。仕事したい人から仕事を奪うような真似はできません」
「そうだな……」

  

カケルは目の前の日本酒、厨房、そして周りの店員や客まで見渡した。食材の仕込みには手間がかかるし、長期間泊まり込みで行われる日本酒造りのドキュメントも観た。そんな美酒美食を摂取するサラリーマンの喜色満面は、仕事という抑圧と戦い抜いた反動が無ければ現れまい。自分だってそうだ、天下のアイドルをプロデュースしつつ革命家の仕事もこなす。隠密にやらないと全てが終わる緊張感は人生を彩るスパイスである。

  

「働きたい人は働く、休みたい人は休む。大事なのは互いが干渉しないこと」
「わかってくれましたね。それがテーマなら喜んで歌いますよ」
「ありがとう。じゃあ君達には制作期間バリバリ働いて働いてもらうよ、あのおばさんみたいに」
「だからおばさんって言っちゃダメ!」

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