超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第5章:悪人に正当な罰を与えよう 6話

フランス帰りのカケルは、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
*この作品は完全なるフィクションです。過激な話が展開されますが、実在の人物・店・団体とは全く関係ありませんし、著者含め誰かの思想を示すものでもありません。

  

タキヤマプリズンに「熊」を無事収容したアパーランドの皇帝と民たち。それからというものの皇帝は、餌をあげたり水をあげたりして「熊」の生態を興味深げに観察していた。
「あれえ、生肉食べないんだ。熊なら食べると思ったのに」
「まあ実際は熊じゃないので」
「すっかり熊だと思ってしまった。人襲うのは熊でしかないよね」
「仕方ない。フードロスの観点から一旦回収だ。暫く食糧与えないでみて、空腹の限界が訪れたところにもう一回送り込んでみよう」
「空腹に耐えかねた「熊」、どんな動きしますかね」
「あちこち殴るだろうな。殴っても無駄だけど」
「壁硬いですもんね。爆風受けてもへっちゃらなんでしたっけ」
「そう。ニトログリセリンの爆発力を以てしても傷さえつかない」
「脱出は不可能」
「当然の報いだ。いずれ人を殺める獣だからな」

  

翌日のランチ、アパーランドの皇帝モードを解除したÉcluneプロデューサーカケルは、メンバーのbnjと共に割烹を食べに行く。
「帰国して以来だな、割烹料理は。あれからもう2年経つのか」
「時の流れは速いですね。私なんてその時普通の高校生でしたもん」
「まさかプロパガンダに関わるとは思ってなかったでしょ」
「プロパガンダなんて、世界史の授業で聞いても他人事のように受け流すものですよ。現実でそれが起こっていて、それに自分が関与する……」
「元には戻れない。進み続けて勝つしかない。勝てば官軍だ」

  

小さなビルの地下にある割烹料理店。都心の店でありながらランチコースの最安値(本体価格)は9,000円と良心的である。

  

この後歌唱練習が控えているため冷たい茶を飲むbnjを尻目に、世界的人気国産ウイスキーのハイボールで有頂天のカケル。

  

9,000円コース最初の品は揚げ胡麻豆腐。ぷるんとした食感とハードな衣のコントラストが良く胃も温まる。ただ縁の厚い匙では食べづらい。
「良かった。ちゃんと美味しいと感じられる舌になったぜ俺」
「何かあったんですか?」

  

この店は、カケルが2年前に訪れた割烹の系列店であった。西洋料理にすっかり慣れていたカケルはあまり料理を愉しむことができず、割烹や懐石から足が遠のいていたのである。
「確かにこの国の料理は、西洋と比べると素朴ですからね。離れていると馴染めなくてもおかしくは無いです」
「時間も経ったし、そろそろ良さが解るんじゃないかな、って思えた。それに外国人にも人気、と聞いていたし」
「確かにカウンターにいる人、皆さん外国の方ですね」
「初心者にも優しい店なんだな。よし、今日こそはこの国の料理を確と愉しもう」

  

椀は鱸の葛打ち。出汁はまとわりつくようにはっきり、ちょっと酸味も感じる。鱸は肉厚であるがしっとりと火が入って、仄かに海の味がする。
「うむ、素晴らしい。やっと出汁の味が理解できるようになった」
「出汁は難しいですもんね」
「味噌汁とは違うもんなこれ」
「お吸い物、と言えば良いですかね。西のお出汁はこんな感じで薄味です」
「bnjは西の人だっけ?」
「いえ、東です。だから私は薄く感じてしまいます」
「そうなんだ。ゆっくり口の中で転がしていれば味わかるよ」
「カケルさんにアドヴァイスされるとは……私ももっと勉強しないとダメですね」

  

鰹の藁焼き。カケルからすれば鰹という魚は難しいもので、鉄臭さこそ無いが脂の旨味や藁焼きの効果も感じられないでいた。一方でbnjは美味しい美味しいと食べていて、人の味覚にも色々あることをカケルは実感した。

  

「アパーランドの犯行声明、見た?」
「見ました。恐ろしいですよね」
「でも少し同情しちゃうよな。煽り運転はどう考えても悪だし。まあ檻に入れるのはやり過ぎなのかもしれないが」
毎度の如く自分のやったことを他人事のように語るカケル。アパーランドの皇帝として出した犯行声明は以下の通りである。

  

!!!ATTENTION!!!
××市で車が放置され、持ち主の男が失踪した事件は我々の仕業です。運転中その男に煽られ、中指を立てられました。生命の危機を察し、轢き倒して処分しました。熊退治みたいな物ですね、賛否両論あれど命を守るためやむを得ない処置。自分の身を自分で守って何が悪い?

  

sakeを見繕うカケル。料理店で飲むものとしては標準的な価格(酒屋で買ったり角打ちするのと比べると割高ではあるが仕方ない)であり、半合(グラス)でも注文できる。先ずは最もお手頃なあぶくまから。酸味やアルコールの棘が無いバランスの取れたフルーティさで、旨味が綺麗に伝わる。

  

「まあ自分の身は自分で守る、というのは正しいのでしょうけど、犯罪に犯罪で返すのは正義から外れますよね」
「自力救済の禁止、ってやつね。確かに治安を維持する上では欠かせないシステムだ」
「法律による手続きを以て加害者への制裁とする。それが普通です」
「そうだ。だけどその法律、そしてそれを運用する者が信用できない時代になってしまった」
「Dの事件はまさしくそうですよね」
「国民感情を少しでも加味して、悪人に正当な裁きを下せないものか。アパーランドならその辺考えてくれるだろう」

  

八寸。粽は相対的に印象が薄いが、グリーンピースのすり流しはフルーツトマトの甘味と生ハムのコク・塩気が効いている。赤茄子のおひたしは出汁が染みていて、白瓜の歯応え、平貝のグニグニと食感も多様。アオリイカは主張が控えめだが、下の蛍烏賊なめろうが濃い味で酒が進む。桜海老・新牛蒡・アスパラのかき揚げは食感と香りがしっかりあって単純に美味い。
「こういうのが食べたかったんだよ。素朴すぎない、普段の食事に少し寄せたわかりやすい料理」
「西洋の要素も取り入れていますよね。外国の方にウケるのも納得です」
「柔軟さが必要だよね、何事にも。そうやって世界は変わっていくんだよ」

  

焼き物もまた分かりやすいもの、焼鮭である。いくらや白子に栄養が移る前の時知らずを焼き、大葉の効いた爽やかなタルタルで戴く。添えられた髭付きヤングコーンも甘くて美味しい。

  

カケルは続いて、文字情報のみ記されたラヴェルが独特な亀泉純米吟醸CEL-24という日本酒を戴く。今度は蜜のようにトロッと濃いフルーティさである。

  

「仮に裁判の判決が全て国民の手で決まるとなった場合、どういう問題が発生するか」
「そりゃあ判決にブレが出ますよね。すぐ情に流されて」
「本当は無実だったり酌むべき事情があったりしても重罪にされてしまう。逆に属性次第で被害者の落ち度が強調されて不当に軽くされる可能性もある訳か」
「そうですね。たとえば水商売の人が顧客に恨まれて殺された、となっても、水商売をよろしくないと思う人も多くて重い罪を免れるとか」
「その点今の裁判官は分け隔てなく人を見る。フラットな視点を持ちつつ厳しさを増してもらえれば最高なんだけど」

  

この店の定番、4段階に分けて戴く白飯。まずはアルデンテ。硬いが噛めばお米の旨みを何となく感じる。

  

炊き上がり、これから蒸らすという段階になると米の良さがはっきりわかる。前回は臭みがああだこうだ言っていたカケルも、少しは成長を見せたようである。

  

「外国の方はもっと豪華そうなもの食べてますね」
「あれは1段階上のコースかもね。うわあ食べたいな」
「見てしまうと食べたくなりますね」
「来たいなもう1回。でもできないんだよ」
「前から思うんですけど、何ですかそのルール?」
「一期一会っていいじゃん」
「確かにいいとは思いますけど、行きつけの店も欲しいですよ」
「本当は欲しいよ。でも今はダメ。親密になりすぎるとできなくなることがあるから」
「できなくなること……」
「頭良いんだから自分で考えなさい。はい、料理に戻る!」

  

煮物からは牛タンの赤ワイン煮込み。ソースこそ無いが肉は柔らかく味が染みており、米が欲しくなる(あるけど)。じゃがいも餡に出汁が効いているところは正しく割烹である。

  

炊き上がった3段階目の白飯。ここに5種類の漬物とおかわりのできるちりめん山椒、そして卵焼きが揃ってちょっとした定食の完成である。

  

卵焼きの中には魚のほぐし身(偶に小骨があるので注意)が入っていて余計ご飯が進む。
「カケルさんもすっかりこの国のご飯がお似合いですね」
「やっぱ米が美味い。西洋の飯より生まれた国の飯だな」
「嬉しいですね」
「だからこそこの国を良くしたい。皆で卓を囲んで和やかに食事を楽しむ。この日常、当たり前じゃないよなって。夏が来ると特に思うんだ」
「カケルさん、こう見えて平和主義なんですね」
「どう見えてたんだ」
「破壊的なイメージがあったので」
「まあな。でも誰よりも平和を願っている、それだけは勘違いするな」

  

最後は堅めのおこげ。口の中を切りそうになるくらい鋭いが、醤油の香ばしさで美味しく食べられる。白飯もおこげもおかわりを貰い満腹となった2人。

  

甘味の生姜アイスクリームも抜かり無い。コクや生姜の味が確とありつつも仕上がりは軽くさっぱりと食べられる。容器からの掬い出し方にも拘りがあるようで、若手の料理人が指導を受けていた。

  

上のコースを頼んでいた外国人客にはわらび餅も振る舞われていた。
「両方食べたかったな。言えば貰えたのかな」
「カケルさん、かなり後ろ髪引かれてますね。もう1回来ましょうよ」
「揺らぐなあ。美味しかったからなあ。ああ〜……」
「1軒くらい良いじゃないですか」
「時間をくれ。冷静に考えて行きつけの店を決めたい」

  

会計を済ませ店を出ようとした時、カケルのスマホに電話がかかる。Écluneのスタッフからであった。
「メンバーのsnnが、事務所に来る途中自転車に轢かれました……」

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