フランス帰りのカケルは、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
*この作品は完全なるフィクションです。過激な話や意見が展開されますが、実在の人物・店・団体とは全く関係ありませんし、著者含め誰かの思想を示すものでもありません。
!!!ATTENTION!!!
Dの起こした事故に対して管理責任を逃れようとしたC運輸社長を確保しました。現在我々の収容所で預かってます。二度と娑婆に出すつもりは無いので、遺された財産は全て被害者への補償に充てられることを願ってます。
C運輸社長の誘拐事件に騒めく世間。一方で、よくやった、遺族を挑発する言動を行った因果応報だ、ここまで人の心無い生物は自分が痛い目に遭わないと何もわからない、など拉致を賞賛するSNSのコメントも目立つ。
「法の手続きでは米粒程度の損害賠償しか課されないところ、アパーランドの手にかかれば民意が納得する罰を与えられる。本当はDも同様に捕らえたいところだが向こうは警察のお縄。世論を動かして、俺らが犯罪者を捕まえ裁けるようにしたい……」
こうしてÉcluneの新曲の構想が固まった。センターにはmzkを抜擢し、snnに当て逃げした男への怒りを(遠回しに)表現させようと目論む。そうと決まれば、恒例行事であるセンターとの験担ぎ対談を調整する。
ある猛暑の日の正午過ぎ、カケルとmzkはとんかつ店に入ろうとしていた。すると店内は満席で待つ羽目になる。入口間近のスペースが、やや狭めではあるが2人立てるものであり待機場所として良さげである。しかし退店する客が来てカウンターの端で会計を始めると、2人は外で待つよう言われる。暑い外に立たされるのは癪である。
「すみません、並んでます?」
通りがかりの人に声をかけられたカケルはmzkに視線を遣る。俺の代わりに対応して、と呼びかけているようであった。
「はい、並んでます。……カケルさんから言ってくださいよ」
「話しかけられるの嫌なんだよ」
「明らかにカケルさんに向かって訊ねてました」
「見りゃわかるだろ、並んでるって。それ以外何の理由で立つんだよ」
5分くらいして漸く入店できた。しかし客が出てきた2階テーブル席ではなくカウンター席に通され肩透かしを食らう。この店に対する印象がみるみる悪くなるカケル。
「コースもあるんですね。色々食べれて良さそう」
「サラダ、コロッケ、もつ煮、かつ、カレー、アイス……」
「何ボソボソと言ってるんですか?」
「単品で頼んだ方が安いかもしれない」
「ケチ臭いこと言わないでください」
「えーっと、合計は……なんか良くわかんねぇや」
「諦め早っ」
「コース食べたかったら頼めば?俺はロースかつだけでいいや。あでもやっぱ海老フライ食べたい。つけようっと」
「ご飯とお味噌汁別ですよ」
「出たよそれ。暑いから味噌汁は要らん。ご飯だけ頼んでやるとするか」
やけに上から目線のカケルは、とんかつが仕上がるまでの間楽曲の構想を語る。
「アパーランドの思い切りには恐れ入るよね」
「怖すぎますよ、やってること」
「怖いな。でもああでもしないと救われない人が沢山居るのが現実だ。法が機能しない状態では、被害者はSNSに救いを求める」
「それって自力救済みたいなものですよね?良い流れとは思えないです」
「そりゃそうだ。でもそれ以上に司法が頑固すぎる。自力救済を認めないのなら司法がもっと悪人に強く出るべき。それができないから自力救済のつけ入る隙が生まれてしまうんだよ」

とんかつの準備が進められる。手元にはソース、梅塩、山葵。塩と山葵はマイクロサイズでの提供であり、フードロス削減には効果的であるが味わいを理解できないカケル。ご飯に付随する漬け物も標準的なものである。
「別にアパーランドを礼賛する訳じゃないよ。アイツらのやることは過激すぎる。メンバーのみんなも抵抗あるだろうし」
「ありありです」
「Écluneは楽曲のパワーで社会に訴えかける。司法がもっと被害者に向き合い、少しは民意に沿った裁きを加害者に施すべきだ。この思想を根っこに据えつつ、詩情のある歌詞を書き上げるさ」

とんかつがやってきた。最初に少しキャベツを摘む。ドレッシングが用意されていて、味噌が入っているからか重みがあり、新鮮なキャベツとのコントラストが映える。
かつ自体は衣のエアリーなサクサク感、しっとりとした赤身、甘みを感じる脂身。この辺りは市井のとんかつ店を寄せつけないクオリティである。
車海老フライは、(並の人間がプリプリと表現する)弾力のみならず、ふわっとした食感もあって贅沢である。
「高級とんかつの手本としてはよくできてるな」
「建前ですよね、その言い方?」
「まあちょっと派手さというか、豚肉の個性が弱いかな、とかはあるけど」
「やっぱり。私敏感ですからね、本音隠した発言には」
「そうだったな。参ったよ、君の勘の鋭さには。全力で本音を表現した歌詞を書く。怪我で参加できないsnnの分まで、魂を込めてパフォーマンスしてほしい」
「任せてください!」
そして新曲『Our Judgement』が発表されると、サビの天秤ダンス、Bメロの「老人が奪う若人の未来」という歌詞に注目が集まり、新規のファンをどっと得ることに成功した。この曲を引っ提げて行われた北米ツアーは全公演満員御礼、現地のファンを熱狂させた。
???SUGGESTION???(その3)
年齢による一律免許返納は反対です。技能があれば無理に奪う必要は無い。免許更新の頻度を高め、都度技能試験を実施する。2〜3回連続で不合格なら即剥奪。運転する上でリスクのある病が発覚しても剥奪。これにより危険な高齢ドライバーは減るでしょう。
アパーランドの入国者(フォロワー)もまた増加の一途を辿り、ついに10万を突破した。一連のSUGGESTIONにも合わせて6万のええやんがついた。
当然のことながら、アパーランドの仇討ちめいた行為に対する批判も相応にあり、警察もアパーランドの正体、タキヤマプリズンの場所特定に躍起になっていた。それでもアパーランドの隠密さは徹底されており、皇帝(カケル)が捕らえた罪人を利用して実験をしていることさえ世には知られていない。