超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第4章:いじめをノックアウトしよう 最終話

フランス帰りのカケル(21)は、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。
*いじめ事件の描写がありますが、全くの作り話であり、筆者自身および誰かの経験ではありません。

  

誘拐事件発生から1週間しても、警察は事件解決への糸口を全く掴めないでいた。

  

一方でBの校長の告発が教育長の隠蔽を明らかにして以降、教育長は依然いじめの存在を否認していたが、アパーランドとは全く無関係の男にバールのようなもので殴打される事件が発生。最終的には「教育行政を滞らせる訳にはいかない」という理由で自ら依願退職を決意した。AとBの校長、そして担当教諭も世間の怒りに精神をすり減らし、退職および休職という道を選んだ。

  

「Bくん、今クラスの雰囲気はどうなっている?」
「不安に思う人も多いですけど、担任も交代になって、みんな心を切り替えているようです」
「新たないじめは発生していない?」
「今のところは無いですね。みんな内心ビクビクしていたのだと思います、次は自分が標的にされるって」
「あの3人が圧倒的に力を握っていたわけか。誘拐されたと聞いたけど、不安?」
「本当は不安がるべきかもしれませんけど、それ以上にいじめから解放された喜びが勝ります」
「それで良いと思うよ。貴方は貴方の将来を案ずるべきだ。いじめ受けてた時にはできなかったこと、あったんじゃない?」
「…文化祭でお笑いやりたかったんだ!」
「そうじゃん、お笑い芸人になりたいんだったよね」
「相方探して、来年の文化祭でネタやります!その時は是非観に来てください!」
「約束はできない。でも行きたいね、楽しみだよ」

  

一方で世間は、性犯罪者誘拐、出版社へのガス撒布、宝町劇団放火、いじめ加害者誘拐と、凶悪事件を立て続けに起こすも正体をひた隠しにするアパーランドへの恐怖心に苛まれていた。これを放っておいてしまうと予期せぬ社会混乱が発生しかねないため、SE○にて念押しの投稿をしておく。

  

—NOTICE—
無関係の皆さんにはご不安をおかけして申し訳ないと思っております。アパーランドの皇帝は悪いことをした人だけをピンポイントで懲らしめます。無関係の人を攻撃することは、我々のモットーに反するのです。どうか皆さん、穏やかな日常生活をお送りください。

  

新たないじめ事件などが発生しない限り、学校を攻撃するつもりはない姿勢を明らかにした。国民はこの発言を半信半疑に受け止めつつも、加害者に甘い社会を憂う層は自らの理想を実現してくれる組織としてアパーランドを支持する。

  

日曜日の昼下がり、カケルはシナジーをふかひれランチに連れ出した。大箱の店であるため予約が無くても待ちさえすれば入れる。
「ごめんな、星付きレストランの予約は直近じゃ取れなかった。取り急ぎのご馳走だ」
「嬉しいです。人使いは荒いですけど頼り甲斐ありますね」
「変なこと言うなよ。ふかひれセットでいい?」
「勿論です。4800円でふかひれ食べれるなんてびっくりですよ」
「高級食材のイメージあるもんね。俺も楽しみだよ」

  

乾杯酒として、シナジーにはグラス1杯2000円を超えるシャンパーニュを奢る一方、カケルは1000円を切る桂花陳酒のソーダ割りで我慢した。巷でのカケルは、凶悪犯の元締めとは思えないくらい謙虚で主張控えめな男である。アパーランドの人々であることがバレないよう、他愛のない会話に変換して犯行の土産話を聞き出す。
「この前トレッキング行ったんだってな」
「行ってきました。人気のない森に分け入って、手付かずの自然を味わい尽くしました」
「それ怖くない⁈熊とか出なかった?」
「熊はいませんでしたけど、カエンタケなら生えてましたね」
「それ世界一の毒キノコじゃん。触るだけで死ぬとか」
「それは無いですよ。食べさえしなければせいぜい爛れるくらいです」
「そんな危ないところ行くんだ」
「カケルさんが『山間の県境ってどうなってるんだろう』って言うの聞いて、自分も気になっちゃって」
「県境で悪さした時、どっちの警察がやってくるのか気になってさ。山奥だからお互い擦り付け合いしそうじゃん。その様子想像するのも滑稽で」
「無法地帯ですねあそこは。ハハハ」

  

ふかひれの前座を張る料理も、セットの値段からは考えられないほど豪華な内容である。まずは青菜(青梗菜?)炒めの蟹肉餡かけ。青菜の存在感も大きいが、餡にもしっかり味がある。
「もうちょっと青菜がシャキッとして、青さがくっきり餡の味もはっきり、ってなった方が良い気もします」
「おい何を言ってるんだ。フカヒレ含めて4800円だぞ、求めるものが大きすぎだ。物価高の中でも安く美味しくって頑張ってくれている人を敬いなさい」
「失礼しましたカケルさん。青菜炒めって…な、何だか知らないけど美味いですよね」

  

点心が蒸し上がる。モチモチで透明感のある皮で包まれた海老餃子はチリソースと馴染む。肉焼売はもう少し肉が粗い方が味わい深いのだが、そんなこと言ったらまたカケルに怒られてしまう。

  

海老マヨは長く1本。衣ががっしりとしており、海老の身の締まりもある。そのためマヨネーズの味だけでなく海老の味わいにもフォーカスできる。

  

「この前のワイドショーでコメンテーターがほざいてました。子供達の自主性に任せるべきだ、大人が介入するなんてもってのほか、だと」
「綺麗事言うよね素人は。自主性で解決できないから死人が出てるのに。自主性自主性って言って、本当はいじめから目を背けたいだけなんだと思う」
「そうですよね。海外では加害者を転校させたり警察が介入したりなんて普通ですもんね」
「この国が如何に遅れているか、がよくわかる。誘拐事件の犯人に同情の声が上がるほど、いじめの厳罰化を望む人は多いようだ」
「そりゃそうですよ」
「今の政治家はいじめに対して無策すぎる。居眠りしてる暇あったら考えてほしい」
「寝てる政治家には電撃を」
「あの教育長たちみたいに?ハハハ。あれも滑稽だよね、ちょっとした悪戯なのに大がかりな捜査なされて」
「いじめの方を捜査すべきですよね。この国はやっぱりどこかおかしい」
「だからアパーランドが支持されるんだな」

  

他人事のような会話を澱みなく続けていると、愈々フカヒレ煮込みの登場である。濃厚な餡にフカヒレの魚介のニュアンスが溶け出し、白飯が進む。フカヒレ自体も決して小さくないサイズ感であり、繊維は細めながらもコリっとしたフカヒレ特有の食感を覚える。高級なものだともっと繊維が太く厚みもあるものだが、これくらいのランクでも十分フカヒレの良さを味わうことができるのである。
「うっ…」
「どうしたサイモン?」
「ちょっとオイニーが…」
「フカヒレ苦手だった?」
「違います、下の蝋燭みたいなのからケミカルなオイニーがします」
「なるほど、固形燃料か。確かに鼻が敏感な人は気になるかもね」
「意識しなければ気にならないですよ。嫌なら顔を遠ざければ良い話ですし」
「直接口に運ばないで、白飯の上に盛って丼にしたら?」

  

「それグッドですね!」
「でもやっぱ白米をフカヒレの皿にぶち込みたい。エキスを余すことなく平らげられるから」
「高級食材を腕白食いするなんて贅沢だ。楽しいね」

  

デザートの杏仁豆腐は量が多め。そこまで濃厚ではないが、ミルクのような味わいが特徴的である。

  

追加で紹興酒を1合飲んだカケルの食事代は6,780円。フカヒレをしっかり食べてこの支払い額はリーズナブルと言える。

  

「Éclune、でしたっけ?もうすぐ新曲出るんですよね」
「改名後初のシングルだからな、いつも以上に力入れて作ってくれてるよmmが」
「楽しみですね」

  

mmがセンターを務める楽曲『Kings without Ears』は、いじめを題材として、民の助けを呼ぶ声を受け取ろうとしない権力者を皮肉った曲である。いじめ事件を憂う風潮とマッチし、サビの「燃える燃える教室にill」という韻を踏んだフレーズは世の学生が頻繁に口遊み流行語となった。

  

「アパーランドの入国者(フォロワー)も順調に増えている。Écluneは優秀なプロパガンディストだ」
「しかし最後まで、加害者や権力者からの謝罪は無かったですね」
「組織の人間はそういうもんだよ。だから加害者を誘拐して報復措置とした訳さ」
「本当は法律を変えて穏やかに対応できればいいんですけどね」
「権力が欲しい。そのためにSE○のアカウントを作ったんだから。まずは人々の共感をコツコツ集める。やがて巨大勢力を築き上げたらクーデター、権力者との真っ向勝負だ」
「焦っちゃダメ、ということですね」
「正しい。けど本質ではないね。俺らの理想は清廉潔白な世の中を築くことだ。国民の声を無視して圧政を敷くのは違う。賛同してもらえない革命はしちゃいけない、これだけは忘れるな」

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