フランス帰りのカケル(21)は、「アパーランドの皇帝」として問題だらけのこの国に革命を起こそうとする。かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・Écluneをプロパガンダに利用しながら。
*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。
*いじめ事件の描写がありますが、全くの作り話であり、筆者自身および誰かの経験ではありません。
!!!ATTENTION!!!
アパーランドの皇帝が、ムラシマ市の中学生3人を拐ったことをここに表明します。もし返してほしいのであれば、Aさんの自殺がいじめに拠るものであったことを教育長と校長が認めてください。12時間以内に非を認め辞任をしない場合は未来永劫拘束します。
表面上は教育長とAの校長に対する脅しではあるが、彼等がそれに応じるとは本気で思っていないカケル。
「カケルさん、無事加害生徒を矯正施設に幽閉して、何とか森を脱出しました。他の生徒も来ていることを確認しています」
「でかした!2人も既に脱出して戻っている最中だ。足がつくといけないから早く帰ってこい。ご褒美用意して待ってるぞ」
「承知しました」
「今犯行声明を出している。ざわついてるぞ世間は。もうすぐ教育長が記者会見開くぞ。さあいじめに拠る自殺を認めるかな?」
教育長らが出した答えは、いじめ自殺を認めないという想定内のものであった。記者からはこの期に及んでも認めないのか、また新たに子供の犠牲を生むのかなど怒りの声が続出するが、教育長は表情一つ変えることなく、まるで他人事のように「警察には捜査を頑張ってもらいたい」と言って乗り切った。
警察も、隠密な動きに定評のあるアパーランドの前では無力である。時間は徒に過ぎていき、愈々Bのいじめが白日に曝される時が来た。
!!!ATTENTION!!!
これからはこのSE○アカウントで声明を出そうと思います。
権力に囚われた大人達は子供を救うつもりないようですね。残念です。誘拐された3人の生徒は余程のことがない限り下界には降りられません。まあこの動画でも観れば、態々捜索することも無いと思うようになるんじゃないですか?
誘拐された3人がいじめの主犯格であったことが遂に公となった。ワイドショーの司会やコメンテーターは、いじめは悪いことであり、教育長も早くいじめの事実を認めて然るべき対処をとるべきだいう論調を取りつつも、誘拐はいじめに関係なく卑劣で残酷な犯行だと非難する。
一方でネット民の多くはカケルの目論見通り、いじめの事実を認めなかった校長と教育長、そして誘拐の被害者である3人を責め立てる。酷いいじめをしたのだから自由を奪われて当然、という声も上がり、犯行声明に対しては3千、いじめ動画に対しては1万のええやんがついた。アパーランドの皇帝はフォロワー数を5万にまで伸ばした。
誘拐事件解決のため、警察は教育長と各学校の校長に事情聴取を行う。すると居た堪れなくなったBの校長が、いじめを把握しておきながらそれを揉み消すために最中で教育長を釣ったことを白状した。
「いじめを隠蔽して大変申し訳なかった。だから赦してあげてください3人の加害生徒を。そんな残酷な手段取らないで、私が愛を持って指導しますから。赦してあげて…」
取材陣に対し涙ながらに頭を下げるBの校長であったが、アパーランドの皇帝カケルは、被害者であるBへの謝罪が足りない、こんな校長に適切な指導ができる訳がない、として意に介さなかった。
「mm、今日はレッスン午後からだろ?とんかつ食いに行こうぜ」
「おっ、遂に来ましたね。センターとんかつ会談」
「楽しみにしてたのか」
「はい。豚肉で有名な県出身なので」
洒落た街の路地裏にある現代的なとんかつ店を訪れた2人。日曜日でウェイティングが発生しており、記帳して30分ほど近くを散歩する。
「曲はどれくらい出来上がった?」
「メロディは完成しました。作詞が未だ歌い出しと1サビだけですね」
「曲先タイプなんだねmmは」
「今回はメロディの方がパッと降りてきました。歌詞は期限いっぱい使ってゆっくり考えます」
「なるほど。ちなみに出来上がってる部分の歌詞、見せてもらってもいい?」
「じゃあ歌い出しの部分から」
みんな仲良く元気よくなんて
そんなの妄想に過ぎない
誰かがボスに祭り上げられて
抗うものなら殺される
「おっ、往年の曲らしい入りだ。これだよこれ」
「ありがとうございます」
「静かな口調で強い言葉を述べる。これぞÉcluneって感じだな。その先のメロディはどうなってる?」
「強くなります。メゾピアノからフォルテッシモくらいには」
「それに比して言葉が荒々しくなっても面白いかもね」
「中学時代、結構口調荒れてました私の脳内」
「それを放出するか。恥ずかしい?」
「いえ、出します。そこはプロなので」
店先に戻るともうすぐ案内されそうだったので、メニューを吟味する。日によりけりはあるが、ひれかつ定食、ロースかつ定食などあって、それぞれ10種類前後ある銘柄から選ぶシステムである。種類が多いため迷ってしまう。
「私地元なのにサドルバックを知らなかった…」
「それ1回食べたことあるぞ」
「本当ですか?」
「脂身がさっぱりしていた記憶がある。美味しい豚肉だった」
「じゃあ私はそれにします」

一方のカケルは、これまた有名ブランド豚からTOKYO-Xのロースかつ。赤身の解れ方がすごく整然としている。衣が綺麗に仕上がっているのも相まって、穢れを全く感じない。脂はスカッと溶けるが重く感じてしまう。塩をつけても重さが目立ったようである。
「ドレッシングがほしいな。キャベツをとんかつソースで食べるのは違和感」
「お洒落な店だから、胡麻ドレッシングとかあっても良さそうですけどね」
「野菜をすり潰して作った橙色のドレッシングとかね」
「でもお肉すごく美味しかったです。1回じゃ全てを測れないですね」
「高級な豚も食いたいしコースで食べ比べもしてみたい。でも駄目だ、欲に負けては成せるものも成せなくなる」
「私はまた来ますよ。今度は北のブランド肉を食べたいです」
「それはどうぞご自由に」
「しかしいじめ加害者の誘拐事件、どうなっちゃうんでしょうね?」
「あれね。確かにショッキングだけどまあ解決しないでしょう」
「そうですか…やりすぎですよね流石に」
「その話はサクッとするものではないな。事務所に戻ってからしてもいいか?」
事務所に戻ると、カケルはいつになく真剣な面持ちで意見を述べる。
俺が何故いじめ問題に強硬手段をとるか、説明させてくれ。まずいじめは歴とした犯罪だから。野放しにしたら治安が悪くなる。そして、性悪説に染まる人を増やさないためでもある。いじめの被害者は、いじめから解放されたくてネットに逃げ込む。そこでは逆に人をいじめる。顔も名前も出さなくていい、咎める者もほぼ皆無だ。いくらでも憂さ晴らしし放題だ。でもそれで傷つく人の数は、いじめ事件の比にならないほど多い…
「ネットでの過激な言葉の暴力は、いじめ加害者が生み出したモンスターによるものでも有り得る。そう言いたいのでしょうか?」
「その通りだ。加害者の方は、まあ自己主張ができたりアクティヴだったりするから表面上は仕事ができるいい奴に見えるんだ。学生時代のいじめの癖が出て、パワハラを働く可能性は否定できないけどな。一方被害者は、これも全てではないが、心に深傷を負って塞ぎ込み、学校もまともに行けず学を身につけられない人がいる。結果進学に支障が出たり、就職活動において何の面白みもない奴扱いされ苦労しかねない。人生全てが狂って、ネットリンチ、さらには無差別テロを起こす可能性がある。そういう人を生み出してしまう社会には問題がある。だからいじめは強い手を以てしてでも撲滅させなければならない」
「…」
「ただくれぐれもBくんには内緒な。世間においてはアパーランドの皇帝≠俺、だから」
「了解です。そこ一緒にしちゃうと全てが崩れますもんね」
「Bくんいじめ救出作戦ももう一息だ。mmの曲で、アパーランドを正義にする」