かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループが、フランス帰りの革命を目論む男・カケル(21)に招かれ今再びこの国を変えようと動き出す。カケル率いる「アパーランドの皇帝」の一員(シナジー)として秘密裏で国を動かす。
*この作品は完全なるフィクションです。実在の人物・店・団体、そして著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。
*いじめ事件の描写がありますが、全くの作り話であり、筆者自身および誰かの経験ではありません。
警察が市役所にて捜査を始めた頃にはシーナは市役所を去り、シナジーの迎車でアパーランドの事務所に向かっていた。
一方のカケルは、アパーランドのシナジーを集めて次なる策に打って出る。
「警察は電撃事件の捜査に駆り出され手薄になっている。その隙を狙って、Bをいじめる奴らを拐おう」
「ウィームッシュ!」
「連行する先は六ヶ岳の山中にある矯正施設だ。深山幽谷の中で一生暮らしてもらう。脱走しようものならすぐ遭難だな。下界へ降りることはできない」
「それくらい隔離しないといけない、危険人物という訳ですね」
「隔離でもあるし贖罪でもある。苛烈ないじめをする奴にはこれくらいしてやらないと」
「山奥に人を運ぶの、簡単じゃないんですからね」
「協力に深く感謝する。本当は俺が実行したいところなんだけど、俺が犯行に関わってることがBくんにバレたら信頼関係が崩れてしまう」
「そっか、Bくんに対してはあくまでもÉcluneのプロデューサーとして接しているから」
「そういうこと。だからごめんな、誘拐は君たちに頼む。道のりがバレたらおしまいだ、麻酔と持続時間の長い睡眠薬でホシを眠らす。施設に投獄したら木を薙ぎ倒したりして退路を塞ぎながら戻れ。くれぐれも怪我しないよう気をつけてな」
「ミッション完遂したら星付きのフレンチ、連れて行ってくださいね」
「勿論だ。頼んだぞ」
デスクに戻ったカケルの元へ、mmから連絡が入っていた。
お知らせが2つあります。まず私達のグループ名について。話し合った結果、カケルさんの改名案を受け入れることになりました。最初は改名に抵抗のあるメンバーも多かったのですが、Écluneという言葉の意味を熟考するにつれ、その名前に愛着が湧いてきました。最終的には全員が改名に賛成の立場を取っています。
そしてBくんのいじめ映像の件ですが、大々的に世間に発信してほしいとのことでした。Aくんの映像が流れてもなおいじめを認めない大人達には呆れて物も言えない。世間の皆さんの関心、そして怒りのエネルギーが滾っている内に、僕が苦しんでいる様子を知ってもらって、白を切る大人達に振り向いてもらいたい。その一心で、映像流してもらう覚悟を決めたとのことです。
「mm、ありがとう。Bくんは強い人だな。尻込みせず、自分の意思をちゃんと伝えてくれた。期待に応えなきゃだな」
「あの大人達には反省してもらわないと」
「そして、Écluneとしての最初の曲はmmに作詞作曲してもらいたい」
「私が、ですか?」
「ここ最近、思うこと色々あったと思う。溢れる気持ちがあるだろ」
「ありますね」
「気持ちが熱いうちに作品にしてしまおう。人の心を揺さぶる、素晴らしい作品になるはずだ」
そう言い残してカケルは出かけていった。実行犯のシナジーと、現場近くのうどん屋で落ち合うことにしていたからである。
「長い作業になるから力蓄えておきなさい。おっ、サラダとおにぎりのセットが270円だってよ。安いしいいんじゃない、エネルギー補給に?」

サラダは野菜だけだと味気ないところ、豆腐と和布が入っていて食べ応えのあるものになっている。塩むすびとうどんは、食欲旺盛の者からしたら最強の相棒。体も心も酷使するミッションに向けて士気が高まる。
そんなミッションの流れを説明しておくと、いじめ加害者の下校のタイミングを狙って拐うのだが、周りに人がいたら騒ぎになってしまうので人気のない場所で捕まえる。中間テスト1週間前に突入していたため、生徒は皆真っ直ぐ家路につく想定である。
加害者は3人。そのため実行犯も3組(運転手1人+狙撃手1人)体制である。加害者たちの家の位置はBのタレコミで把握していたため、事前に調査して確保ポイントの候補を定めてある。いじめ加害者の後頭部を死なせない程度の強さで殴り車にぶち込む。それぞれ違うルートを使って六ヶ岳へ向かい、それぞれ違う地点に車を駐めて森に分入り、山中の矯正施設を目指す。
「あくまでも自然にな。中途半端に考えすぎると却って浮いてしまう。シミュレーション、しっかりやったか」
「はい!三日三晩確認しました!」
「予想外だって起こりうる。その時は落ち着いて、自分を客観視しなさい。そうすれば自分は次何をすべきか、自ずとわかるはず」

部下に仕事論を語る上司を演じたカケルの元へ、とり天柚子こしょうぶっかけうどんがやってきた。麺は少し細めではあるがコシがしっかりしていてツルッと入る。とり天自体は特徴が薄いが、3個入っているのでパワーをつけるのに適している。
「満腹です!力蓄えた!」
「くれぐれも居眠りはするなよ。長距離ドライヴとトレッキングに備えてコーヒーとかエナドリとか買っておけ」
「モンスターを3本買います」
「目ギンギラギンになりそう。いいねぇ」
「行動食には羊羹ですね!やらとの羊羹1棹買ってます」
「多いな。切っておきなさい」
「みんなにも分けるからね」
「じゃあ後は任せた。もし拐うことに失敗したら次なる手段を考える。だから気負わずやって。捕まるのだけは勘弁よ」
カケルはアパーランドの事務所に戻り、いよいよ世間の共感を集める作戦を開始する。
「SE○のアカウントを準備するぞ。アパーランドの皇帝がSNSデビューだ」
「始まりますね遂に」
「ここで世間の支持を少しずつ集めていく。世の人々が抱く不満に寄り添い、それを解決する英雄に俺らはなる」
「ヒ○ラーみたいにリーダーに仕立て上げられる」
「人聞きの悪いこと言うな。ヒ○ラーは人権蹂躙甚だしい。無関係の人を巻き込まない、このモットーだけは忘れるな。話を戻そう。今進行中のいじめ加害者誘拐作戦が成功すれば犯行声明をこのアカウントで出す。記念すべき最初の投稿だ」
「アパーランドの皇帝になりすました悪戯だと思われそうです」
「勿論旧来の方法でも出すよ。それで少し時間を置いたら、Bくんがいじめを受けている証拠動画を投稿する」
「先に犯行声明、なんですね」
「そうそう。この順番が大事なのよ。最初に誘拐の犯行声明を出すことにより世論は誘拐された人へ同情するが、その後いじめをしていた証拠を出されると、誘拐されても仕方ないよね、という声が沸く。これを逆にすると確実に『いじめられたからって誘拐するのはダメだろ』という声が強まってBくんは救われない」
「さすがシミュレーションの鬼、ですね」
「世論を手玉に取るとはそういうことだ」
カケルは映像の編集を始める。Bおよび無関係の生徒に要らぬ批判の矢が向かないようモザイクを施し、世間の目を加害生徒に集中させる。一方で誘拐作戦が失敗した場合、残党がさらに酷いいじめを施す可能性があるため、早急に次の手を考えておく必要もあった。
「誘拐が失敗したら、いじめ動画の発信は控えよう。学校側の警備が厳しくなり、次の手を打とうにも派手なことができなくなる」
「そうなると、Bくんを保護するしか」
「一時的にな」
「引越しさせてあげたり…」
「そんなことしたらBくんの負けだろ!何故被害者が逃げなきゃいけない⁈」
「そりゃそうですけど」
「消えるべきは加害者だ。そこを揺るがしてはならん。もし残党が発生したら強硬突入だな。Bくんに上手くコントロールしてもらって人気の少ないところでとっ捕まえる」
「そうなると高確率で警察に目つけられますね」
「だろ。隠密にやり遂げられる可能性はグッと下がる。シナジーの皆を捨て駒にするのも避けたい。だから先ずは、今動いている6人のシナジー達を信じよう」
カケルの信じる力が功を奏したか、3台の車はそれぞれ加害生徒を確保して高速道路に乗った。
「これでチェックメイトだな。漸くBくんがいじめから解放される。さあいつ騒ぎが起き始めるかな」
「そういえば電撃事件の捜査はどうなってるんですかね?」
「犯人の足取りさえ掴めてないみたいです」
「流石だなシーナ。また1人逸材を味方につけた。楽しみだなあ誘拐事件が明るみになるの。警察はてんやわんやだろうね」
カケルは鼻高々に犯行声明を書き上げる。加害生徒の行方不明が報じられたのは、確保翌日の夕方頃であった。