超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第3章:政治を国民の手に取り戻そう 5話(湯浅/新富町)

かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・檜坂46。フランス帰りの革命を目論む男・カケル(21)に招かれ今再びこの国を変えようと動き出す。カケル率いる「アパーランドの皇帝」の一員(シナジー)として秘密裏で国を動かす。
*この作品は完全なるフィクションです。著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

「今作のメインヴォーカルとパフォーマー選抜発表を行います。メインヴォーカルはkrnaとtnzn、パフォーマーのセンターはtkrです」
センターだけ見れば盤石の体制だが、パフォーマーの最前列には3期生のymaiとmzkが選抜されている。
「どこぞの綱の手引き坂と違って新人を塩漬けにはしないのでご安心を。最初だから慣れないことも多くて大変だと思うから、先輩はしっかりフォローするように」

  

その晩、カケルはtkr・ymai・mzkを連れて新富町の中国料理店を訪れた。
「高級中華なんて初めてです」
「そっか、みんな西からの上京組か」
「そうですね。中華料理と言ったら、丸美屋で麻婆豆腐とか回鍋肉とか」
「マルミヤ?どこにあるの?」
「店じゃないですよ。スーパーで売ってます」
「比べるな。火力が違う!」

  

席に案内されると、早速カケルは隣のテーブルに置かれた乾貨に目を輝かせる。
「え何、こんなところに堂々とお宝置いていいの⁈」
「カケルさんが珍しく色めき立ってる…」
「これだけで何万何十万の価値あるぞ。フカヒレ干し鮑燕の巣ナマコキャビア…」
「そんなすごいものなんですか?」
「当たり前だろ。札束ボンと置いてるようなものだよ、魔がさしてパクっちゃいそうで怖い」

  

カケルはペアリング、tkrはとりあえず乾杯酒だけ注文。コクのあるシャンパーニュが夏の喉を癒す。未成年コンビのymai・mzkは中国茶で我慢する。

  

最初の料理はアオリイカの湯引き。葱を和えているが、味が強いからどうしてもイカ本来の味を食ってしまう。

  

5分もしないうちに次の酒と料理が来る。西洋料理より1皿1皿のポーションが少ないにも関わらず丁寧にペアリングしてくれるのは酒好きには堪らない。
「カケルさん、飲み物の写真もしっかり撮るんですね」
「当たり前だよ。紹興酒はまだしも、ワインは星の数ほどあるから写真に情報を残しておきたい。この店の給仕さんはボトルの置き方上手いね。コルク見せてくれるのも良い心がけだ」

  

高級食材の鮑を肝和えで。プリプリコリコリした歯応えに、バターみたいな味を足しているのだろうか、肝ソースがよく合う。ボルドーの白ワインと合わせても磯臭さなど立つことなくぴったりの組み合わせである。
「どうだ鮑は」
「もう感動ですね。こんなん食べれると思わなくて」
「鮑の肝和え食べれるようになったらもう大人よ。一流を極める檜坂メンバーにはそれを味わう価値がある」
「嬉しいです…」

  

夏でも飲みやすい軽い紹興酒。紹興酒の入門編に良いとカケルから助言を受けたtkrも注文した。

  

合わせてよだれ鶏。厚みのある鶏肉に、胡麻と唐辛子の皮の食感が覆い被さる。

  

「あ、暑い…店の中もあまり涼しくないね」カケルは未だに汗がひかない。
「確かにちょっと暑いですね…」
「でも他のお客さんもいるから、下げてほしいとは言いづらいですね」
「そうだな…」カケルも珍しく消極的であった。

  

古越龍山の20年物に合わせ胸鰭と編笠茸の蒸しスープ。調味は薄いがフカヒレたっぷりの贅沢なスープである。
「これがフカヒレですか…ちょっとよくわからないです」
「手を叩いて『美味い!』とかいうものではないからな。体に染みる感覚を味わうのが乙なんだよ」
「へぇ〜、そういう楽しみ方があるんですね」

  

続いて珍しい台湾ウイスキーが登場。暑い時期なのでハイボールにしていただく。台湾らしい優しい味わい。

  

ハイボールには油モノが合うとのことか、クエの春巻き。綺麗に揚げられているあたりがさすが東京の一流店。余計な具材など一切なく、とことんクエを楽しめる1品である。

  

「よし、じゃあ今回の曲について少し話そう。今回の詞のテーマは『独裁者とそれに支配された国民』だ。国民の不満を描き、独裁者は国民のことを何も考えていない、そういった大枠が今のところある」
「面白そうですね。檜坂のカラーに合ってます」
「今のこの国の政治も独裁みたいなものだからな。ただ直接そういうこと言うばかりでは芸がない。ストーリー性のある詞で政治への不満を暗喩するわけだ」
「暗喩、ですね」グループの学力テストで国語8割得点を果たしたymaiはすぐ飲み込んだ。

  

続いて黒米酒が登場したがちょっとよくわからない。
合わせる料理は穴子の黄韮炒め。シャキッとした韮に、皮目独特のクセがカラッと晴れ上がった穴子。火力命の中国料理だからこそ成せる技である。
「一流中華の炒め物は強い火でサッと炒める。これにより食材の新鮮さを保ちつつ火を通せる。家庭やチェーン店で作る炒め物はどうしても中途半端な火入れになり、素材に元気はないわ余計な水分が出てベチャベチャしてるわであまり気持ち良くない」
「そうなんですね」
「シャキッとした政治家がいればなあ!今の政治家は大体居眠りするし内職するし裏金作るし、なよなよしてるんだよな」
「カケルさん、せっかくのご飯ですからあからさまな政治の話は勘弁です」
「…そうだな。でも歌詞にその要素は含めたいんだ」

  

愈々肉料理が登場。赤ワインに合わせ仙台牛の四川辛味噌ソース。肉は硬めだが、四川風のスパイスと万願寺唐辛子の辛みで満足度が持続する。

  

「この紹興酒は美味しいね。20年物だとこんな円やかになるんだ。しかも古酒なのにフレッシュさがある」
「それ私も飲んでみたいです」tkrが興味を示す。
「初めてでこれ飲むのかなり贅沢だな。まあ飲んでみるがいい」

  

もう一つの肉料理は黒酢酢豚。豚肉の満足度はさることながら、シルクスイートの甘さが光る。ラズベリー蒸しパンは単体でも売れるレベルで、黒酢をつけても美味しい。

  

「次は〆の炭水化物だ。担々麺か炒飯だがどっちにするか。俺は暑いから冷たい担々麺にする」
「冷やし担々麺良いですね。みんなもそうしようか」

  

全員が注文した冷やし担々麺。このレベルの店だと美味しくないわけがない。イカには合わないと思った葱も冷製スープとは相性抜群、口に残る葱の味が一流中華の余韻を演出する。

  

担々麺に合わせる酒は来なかったのでペアリングは終わったと思っていたが、デザートに合わせてもう1杯、甘めの紹興酒を提案された。当然その誘いには乗るカケル。
「あでもそれだったらおつまみのコンビーフにすれば良かったかな」
「デザートかおつまみを選べるって独特ですよね」
「珍しい方いきたくなるけどね、でもやっぱ甘いもので締めたい」

  

というわけでデザートのマンゴープリン。少しエアリーな仕上がりでありつつ旬のマンゴーの果実もたっぷり入っている。左に添えられているのは燕の巣だろうか。少しだけ歯応えのあるゼラチン質が心地良い。

  

「美味しかったです。カケルさんがいなければこんなところ来ないです」
「これが美食都市の力だ。それにしても結構高くついたな。俺1人で3万超えちゃった」
「1食で3万円、すごいですね…」言葉を失う上京組。
「でも高級食材と酒たらふく堪能したからこれくらいいってもおかしくない。おかげで良い詞書く力が湧いてきた。楽しみにしていてよ」

  

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