超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第3章:政治を国民の手に取り戻そう 2話(3丁目のカレー屋さん/宝町)

かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・檜坂46。同じく革命を目論んでいるフランス帰りの男・カケル(21)に招かれ、今再びこの国を変えようと動き出す。
*この作品は完全なるフィクションです。著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

百余年の歴史がある宝町劇団。入団を夢見る若い女性が全国各地に当たり前のようにいる。しかし上下関係が厳しく、2年の研修期間を過ごす宝町演劇学校では時に人権を蹂躙するような戒律に縛られる。
過酷な研修を乗り切っても、トップスターに上り詰めるまでには過重労働とパワハラの日々が待ち受けている。華やかな世界の裏側は、倫理観など皆無の、言葉にして描写するのが憚られるくらいの泥沼である。自殺者が出ても何ら不思議ではなく、寧ろ今まで隠されているだけでもっと被害者がいたのではないかとカケルは勘繰っていた。今回漸くメスを入れる機会を得られたと思っていたが、運営側は記者会見で頑なに非を認めようとしない。

  

「『指導方法に何ら不当なところは無い』『ハラスメントなんてありません』なんて、正常な心持ってる人なら口が裂けても言えるもんか」
宝町へ向かう車の中でカケルは憤っていた。
「伝統を守りたいんだろうな。団員の体や心を痛めつけ、うわべだけの華やかさを見せつけるという伝統を。そんなクソみたいな伝統なんぞ捨てちまえよ」

  

京橋宝町交差点で車を降りたカケルとシナジー(手下)2名。カケルが提げていたビニール袋の中には火炎瓶が入っていた。
「はい、団員証。告発してくれた元団員の証言を基に再現した。音を立てないようにこっそり扉を開けること。そして俺らの答え、火炎瓶を袋ごと投げ込むんだ」

  

誰もいない宝町劇場の裏側、通用口の扉を開け火炎瓶を投げ込む。さらに日刊ヘンダイ襲撃時にも使用したロボットに火炎瓶を載せ、お得意の遠隔操作を運転手役を務めたシナジーに任せる。結果、通用口付近と舞台を焼き尽くすことに成功した。

  

速報です。東京都中央区にあります宝町劇場に火炎瓶が投げ込まれ炎上し、消防が消化活動にあたっています。運営元の宝町劇団によりますと、今日は休館日で中に人はいないとのことです。警察は火炎瓶を投げ込んだ人物を捜索していますが、特定には至っていません。

  

火炎瓶を投げ込んだカケルは何食わぬ顔で京橋エドグランのトシヨロイヅカを訪れた。3期生のnjkと19時に待ち合わせしており、それまでケーキを楽しんでいた。
「お、njk。ちょっと遅いぞ」
「すみません…」
「迷った?」
「迷いました。京橋なんて来ないですから」
「日本橋と銀座の間だもんね、目的無いと来ないよな。よし、じゃあカレー屋行ってみようか」
「楽しみです!」

  

鍛治橋通りを再び宝町方面へ進む。宝町劇場が近づくと辺りは人で埋め尽くされていた。しかしカケルは全く興味なさげに信金中央金庫の角を曲がり目的の店に向かう。

  

レトロな外構えの傍から地下に入るとあるのが、近辺の人であれば必ず知っているであろう名店「3丁目のカレー屋さん」。店内は純喫茶のように落ち着いた雰囲気で、ジブリの音楽がかかっていた。

  

昼は行列のできる店であるが、夜は予約ができる。勿論飛び込みでも、待つことになるかもしれないが余裕で入れる。昼と夜の違いは予約可否の他、夜は全てサラダ付き(昼にカレー+サラダで頼むのと値段は変わらない模様)で、ドリンクを頼まない場合席料300円を取られる点である。カケルとnjkは各々フルーツビールを注文した。フルーツの味により、酒とは思えないくらい軽く飲める。

  

「宝町劇場の火災、怖いですね」
「不気味だよね。早く犯人見つかるといいけど。それにしてもこの店、すごく落ち着くな」
「マダムさんお優しい雰囲気ですね」
「宝町劇団とは大違い。まあ比べること自体失礼か」
「1人でやってるんですかね?大変そう」
「もう1人ホールの人雇った方が良さそうだよね。隣のお客さん、マダム呼んでから注文まで5分かかってる」
「良かったですね私たち、タイミング良くて」
「ね」

  

人員が少ないため提供にはかなりの時間がかかる。飲み物こそ標準的な時間で来るが、セットのサラダが来るまで、注文から30分かかる。一番奥の席、ソファ側に座っていたnjkには風が直で当たる。
「njk、寒い?代わろうか?」
「大丈夫です、上着持っているので」
「膝掛けある?」
「忘れてきちゃった…」
「俺持ってるから、使う?」
「ありがとうございます…」

  

漸くサラダの登場。葉野菜中心に、フライドオニオンや蓮根チップといった食感要員が散りばめられている。野菜と果物をふんだんに使ったドレッシングが、自然だけどはっきりした味ですごく美味しい。

  

サラダを食べ切る前に愈々焼きチーズカレーが到着。シーフードのような旨味さえ感じるルーにはスパイスが効いていてかつ濃厚、米にしっかり纏わりつく。
しかし熱々の状態ではコクがどうしても開かない。勿論冷まして食べれば上手くとろけてコクを感じやすいやすいのだが、猫舌のカケルは十分楽しむことができなかった。

  

「カケルさん、とっても美味しかったです。東京ってこんなに美味しいものあるんですね」
「まあな」
「また来たいです」
「それはダメだ」
「え…」
「詳しいことは先輩に聞いて。また来れるように俺たちは頑張らなければならない」
「どういうことだろう…」

  

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