超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第2章:言論の自由を健全化しよう 最終話(もち豚とんかつ たいよう/武蔵小山)

かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・檜坂46。同じく革命を目論んでいるフランス帰りの男・カケル(21)に招かれ、今再びこの国を変えようと動き出す。
*この作品は完全なるフィクションです。著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

SE○までは言論統制できなかったカケルではあったが、仲間と連携し問題のあるアカウントを見つけては通報するという地道な操作で食い下がった。
「ああもうキリがない。ネトウヨはまとめてブロック、みたいな機能があればいいのに」
「カケルさん、このアカウントは嘘で他人を貶めています。どのカテゴリで報告すれば」
「『ヘイト』から『中傷や差別的揶揄』にするしかないかな。『明らかな嘘』という項目があればいいのに」
「SE○はフェイクニュースを容認するんですね」
「ああそうだ。おまけにクソみたいな中傷ツイートの方が俺の平和的オモローツイートより表示回数多いし。だからまるごと潰してやりたいのさ。どこにいるんだエロマスク!」

  

一方××社毒ガス事件について、あろうことか警察は第一発見者である何の関係もない男性を犯人とみて捜査を進める。メディアもそれに乗っかったことにより、その男性は世間から犯罪者と誤認されバッシングを受ける。それはそれでカケルは許せなかった。
「何にも学んでないな、警察もマスコミも、それに乗せられた国民も!こうなったら犯行声明出すしか」

  

!!!ATTENTION!!!
この度の××社毒ガス事件の犯人はアパーランドの皇帝です。犯行の目的は、個人的なヘイトを押し付けネット民をはじめとした人々を煽るマスゴミ共を始末するためです。そしたら見事に別のクソマスゴミが釣れましたね。こうなったら片っ端からマスゴミを潰しましょう。次の標的はどこかな?お楽しみに!

  

差出人不明の犯行声明文を、警察は意に介さなかった。犯行声明文は自作自演とか言って、警察やメディアは未だ男を犯人だと主張し続ける。見かねたカケルとその仲間は続いて、週刊誌「女性保身」の編集部に毒ガスを撒いた。

  

!!!ATTENTION!!!
宣言通りマスゴミを1つ潰してやりました。いい加減自らの過ちを認めなさい。さもないとこの国をどんどんめちゃくちゃにしちゃいますよ。

  

犯行時男性は取り調べを受けていたため、警察はさすがに男性の無実を認めざるを得なかった。ネット民の批判の矛先は一気に警察へとシフトした。

  

「これでわかったな。この国の『正義』はクソまみれであるということ」
檜坂46メンバーが一同に会す場でカケルが演説する。
「まず警察は腐ってる。正義の味方であるはずの存在が無実の人間から尊厳を奪った。にも関わらず『遺憾だ』とほざくだけで反省の色を見せない。こういう組織は潰さねばならない」
「…そうですね」カケルに楯突く勇気を、メンバーは持ち合わせていない。
「ただ真の悪はSNSで不用意に人を叩く奴らだ。相手の言うことを聞かず自分の論理を無理矢理主張する、理性の欠片も無い奴らだ。こんな奴らの言うことが罷り通ればこの国は再び戦争を経験し、核爆弾が落とされる。そうなる前に俺らが潰してやらないといけない」
「はい…」
「ということで次のシングルの表題曲が出来上がりました。これが歌詞カード。では曲を聴いてください、タイトルは『World is Over!』」

  

吐き出そうとした言葉 消してはまた書いて
結局無難なことしか 呟けない日々
良識ある人々は 発言の機会を奪われ
ネットは最早言葉で武装した戦乱の舞台

  

はいはい自業自得ね自己責任
因果応報だ ザマアミロ
ルッキズム万歳 レイシズム万歳
アイツは無能だ ただのゴリ押し
口だけ達者な無能者に支配された
この国に未来はあるのか?ないだろ?

  

人にはダメと言っておいて
自分だけ好き勝手言いたい放題
所詮小心者の雑音だ
いっそのこと一掃してしまいたい
嫌いなものを叩きまくるより 好きなこと沢山語るべきだろ
文句だけ一丁前に言う人間にはなりたくねえ!

  

最近のテレビはオワコンオワコン
でもYouTubeなんて観る価値無し
LGBTクソクラエ 口パクアイドルクソクラエ
多様性なんてうんざり ヘドが出る
何もかも否定される だから何もできない
退屈で虚無の世界がもうそこに迫っている

  

人の楽しみ邪魔すんじゃねえ
オマエに何が作れると言う?
自己中のせいで迷走中の
この国の娯楽に再び光を
言葉尻ばかり捕えやがって
悪い印象で人を貶める
そんな腐った世の中を誰が望んでいるのか?

  

誰かを傷つけても良い
そんな言論の自由ならいっそ捨ててしまえ
人にはダメと言っておいて
自分だけ好き勝手言いたい放題
所詮小心者の雑音だ
いっそのこと一掃してしまいたい
嫌いなものを叩きまくるより 好きなこと沢山語るべきだろ
文句だけ一丁前に言う人間にはなりたくねえ!

  

「かっこいい!」
「でしょ?これをバズらせて、ネットでしか文句言えない奴らの肩身を狭くするんだ。行き過ぎた言論の自由を規制する流れを作る」
「これで中傷に悩むことも少なくなる…といいですけど」
「そこは君たちの頑張り次第だな。勿論俺らもサポートするが、しっかりパフォーマンスするんだぞ。じゃあ選抜発表します。今回のテーマは『力強さ』なので、力強さが売りのメンバーをピックアップしております」

  

センターに選ばれたのはkrnaであった。カップリング曲でのセンター経験はあったが、今回初めて表題曲センターに抜擢された。
「キリッとクールに決めてほしい、ということでセンターに選びました。期待しています。ということでkrna、今度験担ぎがてらとんかつ食べに行こう」

  

シングルリリースが公に発表されて2日後、武蔵小山にやってきた2人。駅から3分ほどの場所にあるとんかつの名店「たいよう」の列に並ぶ。開店30分前の到着で何とか1巡目最後の2枠を確保した。後からやってくる人々は長時間の待ちを告げられ、それでも平気の顔して並ぶから肝が据わっている。

  

「krna、元気ないな」
「はい、やっぱり中傷が多くて…」
「知ってる」
「まだMVも出ていないのに、今回のシングルはハズレだ、とか言われます」
「見ないで批判する馬鹿なんて相手にすんな。何言っても聞かないからあの生物は」
「ですよね!」
「ジョプチューンでツナマヨおにぎりを食べずに酷評した一流料理人が『お前の作る料理なんて大したことない』って叩かれたけど、叩いた奴に一流料理人の料理食べたことあるのか聞いたらうるせえボケとかスカしやがって。矛盾もいいとこだよ」
「馬鹿らしいですよね」
「あいつらに論理など通用しない。ただ叩きたいだけで、状況を良くしようとか微塵も考えていないからな」

  

店内に入り、並んでいる間に頼んだロースランチを待っていると、「となりのカツは大きく見える」という標語を見つけた。
「krna、この言葉の意味わかるか?」
「他人を羨ましく思う、ということですよね」
「正解。krnaも少しは賢くなったな」
「『少しは』は余計ですよ!」
「ごめんごめん。まあ君たちはもう羨ましく思うことなどないだろうね」
「どういうことですか?」
「去年までは希典坂や綱の手引き坂を羨ましく思っていたけど、今や坂道No.1のパフォーマンスと力強さを手に入れた。自分達のグループが一番だって堂々と誇れるようになった」
「そうですね。カケルさんのお陰です、本当にありがたいです」
「まあ綱の手引き坂は逆に落ち目だからな。一流を知らないメンバーを、ただの女誑しターテル君が一流の飯で手懐ける。だからレギュラー番組は少ないし、お試し特番の使い捨てゲストくらいでしか使ってもらえない。哀れだね」
「カケルさん、それ中傷じゃないですか」
「公にしてないからいいだろ。こんなこと口が裂けても発信できないって」

  

いよいよとんかつの登場。料理としてみれば勿論美味しくて箸が止まらない。しかし素材として豚肉を分析すると、ジューシーさに欠けるように思えた。となると衣が美味しさの鍵なのだろうが、剥がれやすいのが難点である。
メンチカツは、他の名店だと酒などが肉の味を引き立てることが多い中、肉本来の味で勝負にかかっている。それはそれで良いと思える味だった。

  

「美味しかったです。これでもう私は負けません。カケルさんの思い、全力で届けます!」
「別に俺だけの思いじゃないけどな。まあ頑張ってくれ、楽しみだな反響が」

  

事務所に戻ったカケルは更なる手を打つ。
「na、今回はセンターはおろか表題曲から外してしまってごめんな。その代わり、俺とドラマやらないか?」
「ドラマ、やりたいです!でも何故いきなり?」
「ずっと革命のことばっか考えるのは疲れるし、プロパガンダのためには音楽以外の芸術にも挑戦したいと思ってさ」
「いいですね。演技経験はお有りなんですか?」
「ない。フランスでオペラはよく観に行ってたけど」
「そういえばお兄さんも演技未経験なのにドラマで主演張って話題になりましたよ。綱の手引き坂のナオさんと共にやってて」
「あのターテル君が?けしからんな、俺の方がちゃんと演技できるぞ」
「ライバル関係ですね」
「やめてくれ、ライバルとか言うの。俺らは俺らでやるぞ!既に冬クールの枠貰ってるからな」

  

一方、「アパーランドの皇帝」の正体を炙り出そうと、警察は本格的に動き出していた。

  

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