超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第2章:言論の自由を健全化しよう 1話(ヤウメイ/二重橋前)

かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・檜坂46。同じく革命を目論んでいるフランス帰りの男・カケル(21)に招かれ、今再びこの国を変えようと動き出す。
*この作品は完全なるフィクションです。著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

『同調圧力』がリリースされると、良い意味でも悪い意味でも世間の注目を集めた。

  

榎坂デビュー時以来の感動を覚えた!やっぱ彼女たちはこうでなくちゃ
作詞が冬元じゃなくなったから革命起こるぞこれは
そんないい?尾崎豊の真似事じゃん
アーティストが社会風刺するな

  

「社会風刺するなだと?じゃあお前らもクソみたいなポエム垂れ流すなよ。お前の語り誰が聞きたいねん」

  

カケルが次に気を揉んでいたのは、ネットにおける無神経な言論である。社会問題化され罰則も強化されたが、不快で差別的なことを垂れ流す心なき者は増殖する一方である。
「言論の自由って何なんだろうね。なんか皆自由に甘えすぎてない?」
「考えたこともないです」グループ随一のインテリ・bpgでさえ返答に窮する。
「この国にいたらわからないだろうね。フランス人は自由を当たり前だと思っていない。自由を得る為には外に出て自分の身を投げ出して主張する。だから暴動も起こる。でもそれは民主主義国家のあるべき姿だと思うんだ。
それに比べてこの国はどうだ。政治への文句はほとんどネットでしかない。たまにデモを起こす者もいるが、エキセントリックな輩と見做されて終わるだけだ。結局世界を変えようだなんて本気で思う人は少ないし、思っても潰されるんだ」
「…」
「でも俺達は負けねぇ。お前らも誹謗中傷いっぱいされて、悲しい気持ちになること多いだろ?」
「はい」
「俺らが俺らであるためには、平気でつまんねぇ悪口書く奴を撲滅しなければならない。言論の自由の上に胡座をかくような連中を、俺らの手で懲らしめるんだ。いいか?」
「はい!」漸く声が大きくなったメンバー達。
「じゃあ俺はこれからとある会見場に潜入する。その建物内に良さそうな飲茶の店があるから予約してある。今日はyki、mrh、naに来てもらおう。18時に東京會舘1階ロビーで待ち合わせな」

  

カケルが向かったのはFCCJで行われる記者会見。この日は大手芸能事務所「ジャネーノ」社長・故ジャネー歌麿氏による性加害の被害者が会見を行っていた。カケルはフリーランスの記者として潜入し質問を投げかける。
「貴方の話を聞いていると、ジャネーノ社長の娘さんは思ったより被害者の方に真摯に向き合っているような印象を受けます。一方でメディア、およびそれに扇動された世論は過激なジャネーノ叩きを展開しています。被害者として、一連のジャネーノ批判、やりすぎだと思いますか?」
「そうですね…答えにくいところではありますが、私達がジャネーノに求めることは社長の罪を認め謝罪してもらうこと、そして十分な補償をしてもらうことです。決して今所属されているタレントの方々、関係者の方々が不幸になるような結末は望んでいません。その点今渦巻いている批判は、やりすぎというか、論点がズレているように思えます」
「ありがとうございます」

  

「FCCJは素晴らしい。忖度もないしフリーランスでも受け入れてくれる。これから記者会見は全部ここでやってほしい」
晴れやかな表情でメンバーと合流するカケル。二重橋スクエアに移動しエスカレーターで2階に上がる。飲茶の店とはいうものの高級感があり、大箱にも関わらず予約は必須。ティムホーワン感覚で行くと痛い目に遭うので注意だ。
「スタイリッシュな店ですね。赤が映えます」
「お洒落してきて良かった!」
「じゃあ好きなだけ食おう。気になるのどんどん頼もうぜ」
「目移りしますね…でも1つ1つお高い」
「ホントだ…でもこういう機会だから気にせず選んで。飲み物も構わずに」

  

カケルはまずウーロンハイを注文した。とはいってもベースとなる酒は焼酎ではなくなんとコニャック。コニャックのアロマが烏龍茶とあまりにもマッチしていて驚くカケル。
「今度からこれ作って飲もう。貴族の飲み物だよな、デブ夫人とかが飲みそうな」
「たしかに!」
「しっかし彼女もよく無神経な物言いしたな。性加害の被害者に『恥を知れ』だなんて」
「ありましたね。さすがの私でも呆れました」
「面白い人だと思っていたのに残念だ。撤回するまではテレビで使わないでもらいたい」

  

3種類の調味料が登場。唐辛子の実が入ったラー油、少し甘味があるというチリソース、鮭の香りを纏わせた醤油には胡麻油を浮かべて。

  

しかし最初にやってきた水餃子は醬の効いた酢醤油(といえばいいのだろうか)で食べる。3種の調味料は奥に追いやられた。綺麗に丸く膨らんだ形が印象的で、皮の良さを楽しめる。値段を考えると、餡はもう少しあらびき団してほしかった気もする。
「のび太ってやつおるやろ。俺あいつ大嫌いなんだ」
「のび太くん、不器用なだけで本当は優しい子だと思いますけど」
「日本の横並び教育に毒された奴は皆そう言う。ジャイアンが鍾乳石折って持って帰ってきたら出木杉が激昂した話あるじゃん?」
「よく読んでますね」
「のび太のやつ、何にもわかってないくせに出木杉やしずかちゃんに同調して『そうだそうだ!』って言ってるだけ。それが今のネット民だ」
「はぁ…」
「あいつらが世の中をおかしくしてる。自分では何もしないくせに人の揚げ足取りだけはする。存在価値ないよな」

  

ヒートアップしたところに腸粉が登場。海老を湯葉巻きにして揚げ、それを餅のようなもので包んである。カラッと揚がった湯葉に腸粉の柔らかさ、海老の弾力と食感の多様性を楽しむ。しかしここでも醤油がかけられ、最初に提供された3つの調味料を使わないまま終わる恐怖心を覚える。普通に1口食べた後、3種類の調味料をつけてみることにした。スイートチリは辛さが目立つ。一方ラー油は唐辛子のコクが印象的な「食べるラー油」であった。醤油は塩辛く、油も重だるく感じた。この料理に最も合うのはラー油である。
「ラー油お土産で欲しいな。ご飯にかけてガーリックチップ散らせて食べたい」
「美味しそうですねそれ。あ、カケルさん今日は何の会見見に行ったんですか?」
「ジャネーノの性加害問題」
「今一番関心の高い話ですよね。私たちにも無関係ではなさそうだし」
「マスコミが悉く無視してきた責任は大きい。でもさ、それを叩いてる素人どもも見て見ぬふりしてきたわけじゃん。何偉そうに物申しているのやら。ヤフコメやらXやらのコメンテーター気取りは、社会を良くしたいなんて思ってない。本当に良くしたいと思うならまず検察とか警察とか、遅れた法整備も批判するよね。なのに叩くのはマスコミだけ。しょせん実生活で物申せないストレスを発散したいだけで、その欲求を満たすためなら人権も無視するし人に配慮もしない。被害者の救済なんてどうでもいいんだろうな」
「…」俺の酒が飲めねぇのか系上司に支配された部下のように何も言い返せないメンバー達。
「というわけで、今のジャネーノ批判についてどう思うのか聞いてきたわけさ。ちゃんと答えてくれたよ、『罪は認めてほしいけどジャネーノ自体が完全に潰されることは本望ではない』って。この声を第一にしたい」
「それはその通りですね」

  

続いて蝦夷鹿肉のパイ包み。チャーシューまんであるような全体的に少し甘めの味付け。ラー油をつけると鹿肉の野生味が顔を出す。

  

「というわけで暫くはジャネーノ問題に向き合うこととなる。しかしその前段階として、外野の邪魔を遮断する必要がある。まずやることは、無制限の言論の自由を取り上げることだ」
「言論の自由を取り上げる?」
「君たちにはわからないかもしれないが、これはかなり重たい話だ。でも安心しろ、独裁国家みたいな制限は設けない。制限するのは誹謗中傷だ」
「それならいいですね。むしろありがたいです」
「ykiはかなり叩かれてるよな」
「そうなんですか⁈私全然エゴサとかしないんで」
「それが精神衛生上一番だな。ならこれ以上は言わないでおこう。mrhとnaも結構突き上げられている。てか檜坂自体が、ね…」
「それはよく聞きます。榎坂の方が良かったとか、綱の手引き坂に負けたオワコンとか」
「大きなお世話だっちゅうの。○○大嫌いとか、わざわざ公で言うことないじゃん。言わないと死ぬのか?人間の所業とは思えない」
頷くメンバー達。
「というわけでまずは、ヤフコメやSNSを乗っ取ります」
「乗っ取るって、どうするんですか?」
「おいおいわかってくるさ。よし、お会計は…結構高くついたな」
「すごい額…」
「まあ美味しかったからいいか」

  

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