超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第1章:真の正義を生み出そう 6話(ポンチ軒/小川町)

かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・檜坂46。同じく革命を目論んでいるフランス帰りの男・カケル(21)に招かれ、今再びこの国を変えようと動き出す。
*この作品は完全なるフィクションです。著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

「同じ時間に同じ方面の電車に乗って、同じ時間に昼飯食って同じ時間に帰る…」
冬元に提案する新曲の歌詞を考えていた時のことだった。

  

続いてのニュースです。東京都台場で行われた音楽イベントにおいて、出演者の女性歌手が観客の男性に体を触られた後殴る蹴るなどの暴力を受けました。警察は逃げた男の行方を追っています。

  

「被害者に一生消えない心の傷が植え付けられた。犯行動画が出回っている以上逃げられねぇぞクソ男。警察より先に捕まえて地獄を味わわせてやる」

  

まずは犯行動画から犯人の顔を割り出す。
「探し出しすのめんどくせぇな。なぜ報道機関は動画の撮影主も犯人の顔も隠すのか。嫌がらせかよ」
動画から犯人の顔がよく写る箇所を切り取りビラを作成するカケル。「性暴力者を許すな」「野放しにしては国が乱れる」など強い文言を付け加えて大量に印刷した。

  

活動家の聖地である御茶ノ水駅御茶ノ水橋口前にシナジー(カケルの理念に共感した子分らの総称)を遣わせ配布させる。
「ボス、向かいに交番ありますけど大丈夫ですか?」
「警察に活動を制限する権限などないはずだ。もし言いがかりつけてくるようならこっちも出るとこ出るから安心しろ」
コイツらと関わったらろくなことない、という気持ちで通り過ぎていく人も目立つ。それでもある程度世間の関心を集めた事件だから、ビラを手に取る人は多かった。

  

「この顔に見覚えのある人はいませんか!」
「おい君たち、捜査中の事件だぞ。勝手なことするな」子分の心配通り警察が動く。
「僕らは正義のためにやっているのです。口出さないでもらえますか?」
「秩序というものがあるだろ。犯人は警察が適切な手続きで捕まえて公正な裁判を受ける。これが法治国家の在り方だろ」
「小難しいこと言ってる場合じゃない!」
「こんなことして、もしこの人が追い詰められて自殺でもしたらどうする!お前らの責任になるんだぞ!」
「死ねばいいじゃないですか別に」カケルが顔を出す。「悪いことをしたんだ。当然の報いさ」
「おぞましい。お前は悪魔か!」
「悪魔じゃありません正義の味方です。あなた達がユルいから性暴力は後を絶たないのです。悪魔はむしろあなた達ですよ」
「こんちくしょう。お前らがやっていることは名誉毀損だぞ」
「罪人のどこに名誉などあるのでしょうか」
「そもそも罪人と決めつけるのが間違いだ!」
「そういう姿勢がこの国をダメにしたんだ!」
「人権を軽視するような奴とは話もしたくない」
「あら、人権蹂躙してるのはどちらで?」
押し問答は10分ほど続き、結局カケルの一味は退去させられることとなった。

  

「カケルさん、やはり無茶ですって。今なら後戻りできますよ」
「馬鹿なこと言うな。今日は未だリハーサルだ」
「リハーサル?」
「いずれはより強硬手段をとることになるからな。でも君たちのおかげでいいシミュレーションになった。褒美に夕飯は高級とんかつだ」

  

小川町の路地にあるとんかつの名店「ポンチ軒」へやってきたカケルの一味。休日の昼時は大行列ができるというが、夜は比較的空いていて予約もできる。テーブル席2卓をキープし、そこへ檜坂46メンバーbyiとdrnも合流した。
「カケルさん、どうでした街宣活動?」
「妨害はあったけど、シナジー達がよくやってくれてありがたかった。遠慮せず特ロースとか頼みなさい。単品のフライも追加していいぞ」
「ありがとうございます!」
「私たちも怖いんですよね。ライヴでファンの皆さんに近づくとたまに身を乗り出して、激しめに触ってくる人がいるんですよ」
「アドレナリンが出て触りたくなるんだろうな。でも今回の件は完全なる暴力。犯人を野放しにできるわけない。なのに警察は頼りにならない。そのくせ邪魔してくる」
「まあしてくるでしょうね」
「俺そういうの本当良くないと思うんだ。だからこうやって強く出ようとしているわけよ。戸惑うかもしれないけど、君たち含めた皆の幸せのために付き合ってほしい」

  

そうこう議論しているうちにロースカツがやってきた。高級とんかつとは概して脂っこいものであるが、ここのロースカツは赤身がしっかりしている。賛否はあるだろうが、歳とった人が腕白食いできる希少な高級とんかつであり存在価値は大きい。こうなると塩やらわさび醤油やら洒落た食べ方をするよりソースをかけた方が美味しいのだが、ウスターソースのものすごく複雑で芳醇な味わいが肉の良さを高める。
「太陽ソースっていうんだ。欲しいな、どこで買えるんだろう」
「都内はほとんどクイーンズ伊勢丹のみの取り扱いみたいです」
「高級スーパーやん。それだけ一流ってことなのね」

  

一方、大正海老フライにはタルタルソースと濃いソースの合わせ技が最も効果的である。
「やっぱエビフライはこれだよな。ソースとタルタルの暴力が贅沢なんよ」
「フランスにはエビフライなんてないですもんね」
「フライというもの自体が日本の文化だからな。地元は捨てたつもりだけど、近所のフライ屋のメンチの味だけは覚えてる。ヒルズ族であっても定期的に食べたくなる」

  

ごま油の香りが効いた豚汁で胃を落ち着かせる。
「今日はみんなありがとう。まだまだ勝負は続く。粘り強く活動して奴をおびき出してやろう」
「頑張ってください、カケルさんとシナジーの皆さん!私たちもパフォーマンスに磨きをかけます!」

  

その後も活動を続けるカケル達。するとまさかの出会いがあった。
「コイツなら知り合いですよ」
「えっ、マジっすか⁈」
「女の子いじめるな、って再三注意してるんだけど聞かないんだよね。これは間違いない」
「呼び出せたりします?」
「いいですよ。それにしても君たちは何者?」
「この国を良くしたい、正義の味方です」
「はぁ…」
「仮にコイツが警察に逮捕されたとて、まず起訴される保証がありません。起訴されて裁判にかけられたとして、この国のナメ腐った法秩序では良くて執行猶予つきで終わりでしょう。それでいいのか、って話なんです」
「それは本当その通りで」
「だからですね」男に耳打ちするカケル。「先に僕らで隠密に捕らえてしまって、湾岸にある何もない倉庫に強制収容するんです」
「まさか、ナ○スみたいな感じで?」
「そうなりますね」
「…素晴らしい!ぜひ仲間にしてください!」
「えっ…」
「久しぶりにお目にかかれました。あなた方みたいに本気で革命を起こそうという人」
「ありがとうございます!」
「選挙が形骸化し、正攻法で国を変えることは不可能になった。この国を変えるには超法規的手段に出るしかない。でもそれはとても勇気のいること、誰も行動を起こそうとしない。だからそういう人を待ち侘びていた。そしたらあなた方に出会えた!これは運命です、協力します。身を捧げます!」
「こんなに前のめりになって下さるとは、めちゃくちゃ心強いです。では早速犯人捕まえちゃいましょう」

  

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