超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第1章:真の正義を生み出そう 2話(よし澤/六本木)

かつてカリスマ的人気を集め社会を変革しかけたアイドルグループ・檜坂46。同じく革命を目論んでいるフランス帰りの男・カケル(21)に招かれ、今再びこの国を変えようと動き出す。
*この作品は完全なるフィクションです。著者の思想とは全く関係ありません。こんなことしようものなら国は潰れます。

  

ブリアンツァでの食事会の翌日、カケルはつきまといに悩まされているメンバーがいることを知らされた。
「具体的な話って聴かせてもらえるかな?」キャプテンのdrnに問うカケル。
「気が動転して話せない子が多いかもしれません。でもかけ合ってみますね」

  

結果trak、byi、tnznの3名が話をしてくれるということになった。カケルは六本木ヒルズの和食店の個室を確保し、そこで食事しつつ話を聴くことにした。
「今日は集まってくれてありがとう。君たちの勇気に感謝します」
食前酒であるドロドロの甘酒を飲みながら、早速ヒアリングを行うカケル。

  

「まずはtrakからよろしく」
「はい。事務所やテレビ局、ライヴ会場付近に張り込んで、私たちが出てくると触りにかかる人が後を断ちません」
「出待ち自体はよくある行為だけど、触るという行為は一線を越えているよね」
「そうですよね…」
「スタッフは止めないの、そういう輩?」
「こういう事案があって初めて、私たちが出る際にはスタッフを帯同させるというルールができたんです」
「遅いな…」
「あまり警備で雁字搦めにされるのも、ファンとの距離が離れてしまって嫌じゃないですか」
「そりゃそうだけどさ、そこまでやるやつ最早ファンじゃないよな。君たちもそういう輩のことをファンと呼ぶな。何ならf***って呼んでもいいくらいだ」
「それはさすがに…」

  

蛤の大葉ジュレに山菜と筍を載せて。蛤自体はカケルにとって苦手な食材なのでノーコメントとして、旬の甘みのある筍に大葉のすっきりさは合わない。どうしてこんな組み合わせにしたのか。

  

「byiはどうだ?」
「私は自宅付近で男に声かけられました。怖くてすぐ自宅に逃げ帰り、スタッフさんに連絡して迎えに来てもらいました…」
「怖っ。何で自宅知ってるんだよ」
「こういうつきまとい行為って、個人じゃなくて集団でやっているケースも多いんです。仲間から情報仕入れたんでしょうきっと」
「組織化してるとは厄介だな」
「アイドルハンターとか言って、他のグループのアイドルも狙っていたりするんです」
「もはやただ犯罪やりたいだけじゃん。警察は動かんのか」
「もちろん警察にも相談していますが、事件が起きないと動かない、の一点張りなんです」
「むしろ私たちの方がバカにされるんです。表に出る仕事してるんだからそれなりのリスクは覚悟しろ、とか…」
「無責任な。桶川の件があったというのに何も学んでないのかあやつらは…」

  

続いて金目鯛と白子真薯のお椀。汁は鼻が死んでいたらただのお湯だと思ってしまうくらいの薄味だが、優しい旨味と甘さを蓄えた金目鯛と真薯がそれを埋め合わせる。白子は量が中途半端でミスマッチだった。

  

「みんな味わえてる?」
「…よくわからないです」
「寿司は食べますけど、こういう日本料理はほぼ初めてで」
「今日は胃にやさしい料理を、と思って日本料理にしたけど、やっぱわからんよね。ソースで味を決める西洋料理とは訳が違うから」
「カケルさんも日本料理は久しぶりですか?」
「こういうのは久しぶり。ってか渡仏前も食べたことない」
「みんな初心者ですね」
「でもパリにも日本料理の店が増えたんだ。日本食ブームが起こっていて、ちゃんとしたうどん屋やラーメン屋、小料理屋ができた」
「そうなんですね」
「いずれは日本の名店もパリに多く進出するようになるだろうね」
「そうなったら誇らしい」
「そのためにはこの国をクリーンにしないとだな」

  

お造りとしてこの店の名物、藁焼きが仕上がった。クロマグロの幼魚として知られるヨコワの藁焼きを、塩と山葵・にんにくでいただく。焼きがある程度しっかり入っているから中途半端な生臭さとかなく、旨味も感じられかなり美味しい。自家製ポン酢でいただく野菜は普通だった。

  

「面白いですね、カツオ以外も藁焼きにするんだ」
「生魚よりこっちの方が好きだな。日本は海鮮が強い。これからは魚介中心の生活にしようかな」
「寿司は食べないんですか?」
「これからだね。俺は100円寿司でも満足しちゃうから」
「今は100円じゃないですよ」
「何だと⁈」
「みんな高くなっちゃいました」
「最低でも120円とか130円とか」
「良さ消えとるやん。もうめちゃくちゃだよこの国、絶対変えないと。じゃあtnznの話を聴こう」
「私は完全に後をつけられています…」
「えっ⁈」
「だからいつもスタッフさんに送り迎えしてもらってます」
「それでも警察は動かんの?」
「残念ながら…」
「イカれてるな」
「ただ、あまり犯人を刺激すると逆上する、そうなると事態は悪化する一方だ、という話は聞きました」
「それはそうだな。だから一番の解決策は、はなから犯人をやっちゃうことだ」
「やっちゃう?」
「GPSを体内に埋め込んで監視し接近させない、というマイルドタイプか、問答無用で消してしまうハードタイプか」
「誰がやるんですかそれ?」
「もちろん俺だ」
「えっ⁈」
「法律的にOKなんですか?」
「法律なんて関係ねぇ。俺は革命家だからな」
「カケルさん、それ怖いです」
「世界を変えるんだろ?それくらいしないと変わんないって」
「…」
「後ろ盾はしっかりしてるから安心しろ」

  

かなり間が空いて八寸がやってきた。内裏雛に雪洞を載せた雛祭仕様。手前にはもずく酢および独活と春椎茸の揚げ物。もちっとした衣は少し冷めていて硬くなっていた。男雛の中には鯛の酒盗で和えた浅葱と蓬麩。味は濃いが酒が進むほどではない。女雛は山くらげ。中華風の味つけで間違いない。奥には鰻と海老のちらし寿司。小さい中に魅力を凝縮しており、病みつきになる美味しさである。

  

「かわいいですねこの器」
「季節を感じられます。春はすぐそこなんだなって」
「日本は四季を大切にするよね。フランスだとないなそういう習慣」
「あっちは季節の移り変わりが緩やかなんですね」
「ジビエが出てきたら寒い季節の始まりだな、くらいかな」

  

引き続き春食材の緑白アスパラ。海老と炒めてあるが、主役はあくまでアスパラ。フレッシュな緑と、繊維1本1本に昆布出汁が染みる白アスパラ。「俺アスパラ大好きなんだ。これなら海老1つ減らしてアスパラを増やして欲しい」
「カケルさんって媚びないですよね。いつも自由な物言いしてる」
「媚びていたら革命家なんてできない。良い物は良い、悪い物は悪いと言うだけだ」

  

そしてカケルは討伐の計画を立てる。
「tnznの件は早急に解決せねばならぬ。ストーカーは当然悪だが、誤って無実の人を葬った暁にはただの殺人鬼だ。2,3回犯人の姿を確認させてもらう」
「わかりました」
「確認できたらいよいよ攻撃だ。今のところはマイルドタイプで始めるつもりだが、最終的解決ではハードタイプを執行することになるだろう」
「そうなるとカケルさん、捕まっちゃいますよ」
「安心しろ。全て隠密に執り行う。だから君たちも、俺の存在をくれぐれも世にバラさないように」

  

ヤリイカの炊き合わせ。メインがイカというのは少し弱い。実は今回肉が一切出ていなくて、ここは肉料理にした方が良いと思った。
「具体的な手続きについては基地で話す。俺には他にも仲間がいるからな。何年もかけて集めた頼れる仲間だ」

  

土鍋ご飯の準備が整ったため作戦会議はここで果てた。アルデンテ(蒸らす時間短め)・蒸らす前・蒸らした後の3段階を食べ比べる。前2つは臭みが目立ったし、完成形を食べても特別美味いご飯とは思えなかった。

  

合わせて出てくる漬物盛り合わせは、高級和食店なら普通感動ものであるはずなのに、良かったのはごぼうの醤油漬けの味の濃さくらい。ちりめん山椒はじゃこが塩辛いし山椒がダイレクトすぎる。

  

綺麗に剥がされ見世物にされるおこげは硬すぎて口の中を切りかけた。完成形のご飯およびおこげはおかわりをもらえるが、カケルはそれを拒否した。
「カケルさん、少食なんですね」
「そういうことじゃない。無駄なカロリーは摂りたくない、それだけだ」
「無駄、って…」
「そういえばお酒も飲んでませんね。この前の会食では3人でワインボトル2本空けたと聞きましたが」
「こういうところの酒って高いからさ。日本酒なんて酒屋で買う方が絶対安いよ」
「カケルさんの目線、シビアすぎる…」

  

デザートは酒粕アイス苺添えか金柑餅の2択。カケルは金柑餅を選んだ。求肥がやわもちで練乳の濃さもあり、これは普通に美味しい。

  

「お会計は…1人1万は超えるね。でも安い方だよ」
「普段の食事としては十分高いんですけど…」
「和食は最低でも2万は出さないと満足できないんだって。タテルシュランっていう奴がブログで言ってた」
「タテルシュランさん知ってます!綱の手引き坂と連んでいるあのタテルさんですよね?」
「そうそう。なんか好かん奴だけど、グルメに関して言ってることは正しいような気がしてな」
「なんかタテルさんの面影ありません?」
「俺?やめてよ。好かんって兄貴のこ…」
「えっ⁈カケルさんって、タテルさんの弟?」
「口を滑らしてしまった。その通りだ。でも関係性は断ち切ってるから」
「タテルさんと会わせましょうか?」
「余計なことするな。アイツ絶対俺の計画邪魔してくる」
「…」
「タテルの話はお終いだ。もう二度としないでくれ」

  

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