超大型連続百名店小説『世界を変える方法』第1章:真の正義を作ろう 1話(La Brianza/六本木)

謙虚・優しさ・絆。この国の人が忘れ去ってしまったもの、取り戻すためにはどうすればいいのか。

  

「次のニュースです。横浜市で21歳女性が交際していた男性に殺害されました。女性は男性にストーカーをされていて、警察に何度も相談をしましたが解決されることはありませんでした」

  

フランスにいたカケルは激怒した。市民を守る正義の味方であるはずの警察が、怠慢を犯し絶対的な悪を野放しにした。しかも当の警察は記者会見を開くと終始ヘラヘラした様子で喋っており、まるで私は悪くないという態度を貫いていた。
「警察は正義じゃなかったのか!コイツは悪だ、生かしておけぬ…」

  

ちょうどその頃、1組のアーティストがパリを訪れていた。檜坂46、旧称榎坂46。日本の人気女性アイドルグループで、大人への抵抗を表現した曲の数々が若者の心を掴んだ。この日はパリ公演が行われ、カケルはプロデューサー冬元の計らいにより関係者席で観戦していた。

  

「ブラボー!君たちのパフォーマンスは本当に力強くて心揺さぶられる」
「ありがとうございます!」
「曲もすごく美しい。でも寂しいな、榎坂時代の曲やらないの」
「大人への抵抗」をテーマとした曲は、檜坂に改名以降封印していた。榎坂時代の曲はたしかに注目を集めていたものの、激しいパフォーマンスの連続などにより徐々にメンバーは疲弊していった。この世界を変えるという使命を果たす前にグループは空中分解の危機を迎え、下した決断は改名および今までの曲の封印だった。
「君たちはこの世の中に不満を持つ者達にとっての希望だった。香港の活動家も君たちの曲に勇気づけられていた。世界を変えてくれる、そう思ってた」
「…」
「だからもう一度、やらないか?」

  

悩む檜坂46の一同。たしかに改名して以降は大きな目標を見出せず、ファンも減少していた。終いには紅白歌合戦にも呼ばれなくなった。ここは1つ起死回生のチャンスであるが、失うものも当然多い。命の危険だってある。
「俺と一緒に、世界を変えよう。皆が平和に暮らせるユートピアを創ろう」カケルの眼差しは、革命家にしては異様に優しかった。その優しさに釣られ、檜坂の一同はカケルの企みに乗ることとなった。
「先輩達が成し遂げられなかったこと、私たちがやりましょう」

  

帰国する檜坂メンバーと共に、カケルは東京行きの飛行機に乗る。機内では最近の日本の流行とかカケルのフランスでの暮らしぶりなど、他愛のない話で盛り上がった。13時間ほどして羽田空港に着陸し、カケルは約5年ぶりに日本の地を踏んだ。
「日本って、夏暑い?」
「暑いです」
「間違いなくカケルさんが日本にいた頃より気温上がってます」
「フランスは夏でも涼しいんですか?」
「暑いっちゃ暑い」
「でも日本は異常に暑いです。熱中症にならないよう気をつけてくださいね」
「ありがとう。じゃあとりあえず明日明後日は休んで、3日後に集合だ。大人数で動くと目立つから、俺が毎回集まる3人を指定する。3日後に来てもらうのはコードネームdh、drn、krna。場所は六本木ヒルズのラ・ブリアンツァ。11:50に迎えに行くから、六本木駅から六本木ヒルズに出る長いエスカレーターを昇った先で適当に座ったりして待っててな」

  

3日後。時間通り集まった3人の元へカケルがやってきた。
「じゃあ行こうか、危なっかしい計画のある方へ」
しばらく真っ直ぐ歩き、けやき坂の上に架かる橋を越えるとそこは閑静なレジデンスエリア。カケルはここに住んでいる。
「カケルさん、またお洒落なところにお住まいで」
「冬元先生が用意してくれただけさ。おまけにワインセラーまでいただいちゃって、贅沢三昧だよ」
「いいなぁ」
「その分君たちにも還元しなきゃだな。プレッシャーはすごいよ」

  

お目当てのお店は思ったより密で、内緒話をするには向いていない場所だった。カケルは世間話を中心にしつつ、なるべく当たり障りなく計画を伝えることにした。スプマンテをボトルで頼み乾杯する。
「じゃあ乾杯の音頭はmtdに任せる。榎ヴァージョンでお願いな」
「永遠・濃密・奇跡!出逢えたことに感謝して、乾杯!」
「美味いねワイン」酒豪のカケルとhb、fjysは、風味絶佳のゼッポリーネと共に1杯目を飲み干した。
「それにしてもカケルさん、ヨーロッパ帰りなのにヨーロッパ料理でいいんですか?」
「構わないよ。俺はそっちの方が慣れてるからね」

   

前菜はカツオのカルパッチョ。構成要素は覚えていないが、ヨーロッパでは絶対に食べられない分厚いカツオがカケルの印象に残った。

  

「よし、じゃあ『計画』の話をしよう。まず俺らのモットーはくれぐれも『平和を守る』ことだ。戦争をしようとか、この国を軍国にしようとかいうことではない」
「はい」
「憲法に関しても3大原則は守るつもりだ。わかる、3大原則?」
「学校で習ったけど、忘れてしまいました…」
「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義。これは忘れちゃいかんぞ」
「はい…」
「どこを変えるかというと、平和を守るための機関だ」
「機関?」
「具体的には犯罪者を扱う諸機関だな。最近の日本は何かと物騒だからな。君たちも感じるだろ?」
「はい。つきまといとか…」
「それだよそれ。ここが日本の遅れてるところ。まずはそこを治していきたいんだ。…料理来た、また後で話そう」

  

この店の名物であるトリュフグラタン。目の前でトリュフが擦りおろされる様は気分が高まるものだ。グラタンとは言うが、実際はポーチドエッグにチーズを乗せて焼き上げたものと言えよう。美味しくないわけがない取り合わせである。スプマンテの瓶があっという間に1本空いた。
「美味しいですね!ワインもう1本頼みましょう」カケルと同じくらい舌の肥えたfjysも大満足である。
「私トリュフの良さわかんないかもしれない」九州出身のmtdは首を傾げる。
「トリュフは噛むものじゃない。嗅ぐものだ。料理は香りで楽しむ、この意識を持つこと」
「そう言われると美味しく思えてきました」
「だろ。トリュフは麻薬だ。もちろん合法的のね。香り嗅いだだけでぶっ倒れてしまう。いずれは白トリュフでGO TO HEAVENしようぜ」

  

続いてイワシのラグーパスタ。一流料理人のイワシの使い方は間違いないもので、旨味も塩味もクセになる。
「こういうのもヨーロッパでは食べられない。日本に帰ってきて良かった」
「お魚いっぱい食べてください。和牛もいいですよ」食通fjysとカケルの相性はぴったりのようだ。

  

「それでつきまといの件だけど、みんなは大丈夫なのかい?」
「自覚はしてないですけど…影でつけられている可能性は否定できません」
「だよな。怖いでしょ」
「怖いです…」
「でも警察は動かんよな。それが腹立たしいのよ」
「一応公式で警告文は出しているのですが、聞き入れてはもらえないでしょうね」
「なら俺らがどうにか始末するしかないんだよ」
「始末?」
「うん。警察がやらないなら俺が遠ざけてやるのさ」
「でもどうやって?」
「そのためには色々準備が必要だ。ここで話すと丸聞こえだから、次会う3人に具体的に話す。今日話せなくてごめんな」
「いえいえ、対応してくれるだけでも感謝ですよ」

  

濃密なかぼちゃプリンを食べて食事は終了。
「料理単体だと1人3000円だって。安いね」
「ホントだ安い。通い詰めたいね」

  

「それはダメだ」
「えっ?」
「あまり俺らのこと知られるとまずい。1回きりで頼むよ」
「寂しいです…」
「平和な世の中になったらたくさん行けばいい。それまで辛抱だ」
「はーい…」
「あと、つきまといで困ってるメンバーいるか聞いてみて。いたら俺に教えてくれ」
「わかりました」

  

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