妄想連続百名店小説『人生は勉強だ!』2時間目:22才の別れ(盛楼閣/盛岡)

東大卒芸人・グルメタレントのTATERU(25)は、以前も共に東北を旅した綱の手引き坂46・カゲ(21)に首ったけであった。そのカゲは先日、グループからの卒業を発表。卒業記念に2人は再び東北旅に出ることにした。盛岡・秋田の至極の名店を巡るグルメツーリズム。その中で、カゲのアイドルとして輝く最後の姿を堪能する。

  

盛岡駅まで戻ってきた2人。次の店「盛楼閣」はすぐそこであったが、少し疲れた2人は一旦今晩の宿・ホテルポリトロメタンにチェックインした。各自の部屋に荷物を置いた後、カゲはタテルの部屋を訪ねた。
「はぁ、重かった…」
「でしょうね。六法全書持ち歩いてるんだから」
するとタテルはリュックからキャンドルライトを取り出す。
「20、21、22。これで全部だな」
「どうしたんですかそれ?」
「種明かしは後で、じゃあ10分くらいしたら店行こうか」

  

地下道を通って駅前通りを渡ると現れるビルの2階。盛楼閣の入口のあるフロアには20時過ぎだというのに待ち人が5,6人いた。名前を書いて待つこと15分、漸く店内に入ることができた。これがもう少し早い時間なら、地上に続く階段まで列が伸びるためかなり待つ。中は思っていたより広く、これで大行列ができるというのだから驚きだ。テーブル席と座敷が中心であり、カウンター席もあるにはあるがそこだと肉は焼けない。
焼肉の種類は思ったより少なく、それでいて牛タンは4枚2800円だから高級店である。せがわで多種多様な肉を堪能した後だったので、焼肉はカルビだけで我慢した。

  

やってきたカルビはスーパーの焼肉でもあるようなアグレッシブなタレの絡め方。ちょっと硬さはあるが、それを補うだけの味付けの強さがある。タテルは久しぶりに、焼肉を韓国料理として捉えた。

  

焼肉を食べ終わろうとしていたタイミングで、お待ちかねの盛岡冷麺が登場した。
「どうだカゲ。普通の冷麺とどこが違うだろう」
「えーっと、あ!麺が太い!」
「その通りだ」
「あれ、これって梨ですよね」
「そうそう、盛岡冷麺には何かしら果物が入っているんだ」
麺が太いのを気にする人も多いが、スープの味が決まっているため味がよく絡む。野菜の中では、キャベツが特にスープを吸っていてキムチらしさがある。きゅうりは日本の漬物っぽい。梨は甘さがなくただの邪魔者である。甘い梨なら間違いなく面白い味を出せていたと思うので残念だ。

  

何はともあれモチモチした麺を楽しんだ2人はホテルに戻り、カゲは再びタテルの部屋に入る。
「じゃあちょっと部屋の灯り暗くするね。カゲはどれか1つのスイッチに手を置いて」
カゲがスイッチを押すと、暗闇に1つのキャンドルライトが点る。
「君の人生を振り返りながら、1つ1つ点灯していって」
地元のクラブでサッカーを始めた5歳。都内有数の進学校に入った12歳。IMC48のドラフト会議に参加するも指名漏れとなった14歳。16個目のキャンドルを点けようとすると、タテルも手を差し伸べた。
「君が16の時、俺は初めて君を見た。米原れるとクイズ対決しているのをな」
18個目のみ再び1人で押させた。その年カゲはちょうど東大受験でグループ活動を休止していた。19個目、20個目、21個目はタテルも殊更思いを込めて押す。復帰早々サッカー愛でバイプレイヤー・マサノブを驚かせ、後の朝ドラ女優となるアイマイミー・ハルカと映画で共演し、西大后では芸能人チームの強力メンバーとして活躍するようになった。

  

「少し早いけど22歳の誕生日祝いだ」
22個目のスイッチは2人で押そうとしていたが、カゲの力がスイッチにかかり出したのを確認してタテルは手を離した。綱の手引き坂を離れ、タテルのおそらく知らないところで独り闘うことになるカゲ。
「アイドルとしての君も大好きだから卒業は寂しい。でもクイズプレーヤーとしてもサッカー解説者としてもやっていける君がアイドルをやってくれた、延べ5年の月日は永すぎた春だったのかもしれない」
22個目のキャンドルを眺めるタテルの目には涙が浮かんでいた。カゲもまた、キャンドルの像がうるうるとぼやけ始めた。
「ひとつだけ俺のわがまま聞いてくれる?」
「はい」
「あなたは…あなたのままで変わらずにいて下さい」
2人は互いの目を真っ直ぐ見つめ合い、しばらく時間空間を共にした。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です