妄想連続百名店小説『人生は勉強だ!』1時間目:キセキ(焼肉せがわ/盛岡)

東大卒芸人・グルメタレントのTATERU(25)は、以前も共に東北を旅した綱の手引き坂46・カゲ(21)に首ったけであった。そのカゲは先日、グループからの卒業を発表。卒業記念に2人は再び東北旅に出ることにした。盛岡・秋田の至極の名店を巡るグルメツーリズム。その中で、カゲのアイドルとして輝く最後の姿を堪能する。

  

日曜の昼下がり、上野駅の新幹線ホーム。タテルは独りでやまびこ号の到着を待っていた。本当なら朝のはやぶさ号に乗りたかったが、タテルに急遽仕事が入ったためこの時間になった。北へ行き帰る人は思った以上に多く、全車指定席のはやぶさ号は満席、自由席のあるやまびこ号を選ぶほかなかった。入線したやまびこ号に乗り込むと、既にカゲは席を確保してくれていた。
「ごめんよカゲ、遅い便になっちゃって」
「いえいえ大丈夫です。タテルさんとまた旅ができるだけでも嬉しいことですから」
「盛岡まで3時間以上もかかるけど、平気?」
「へーきへーき!勉強道具とかも持ってきてますし」
タテルはカゲにえらく心遣いをする。以前の東北旅でクイズマスターとしてふんぞり返っていたタテルの姿はもうない。綱の手引き坂46として、そしてアイドルとして残り少ない時間を突き進むカゲと、濃密な3日間を過ごしたい。単独別行動なんてもってのほかだ、と誓っていた。

  

はやぶさ号とは違いこまめに停車するやまびこ号。それでも宇都宮辺りから北に向かう人が多いようで、列車はすぐ満員となった。
その間カゲはタテルとの談笑を挟みつつ勉強に打ち込んでいた。学びの化物カゲ。ウィーキャンで学んで取得するような資格を10個ばかし独学で取得している。そして今彼女は、六法全書を広げて司法試験の勉強をしていた。
「マジ?司法試験なんてそんな片手間で受かるもんじゃ…」
「その時々で学んでみたいことを学んでる。とにかく雑学が欲しくて、隙間時間があったらすぐ知識を入れたくなる」
「俺なんて車窓を眺めながら物思いに耽っているだけ…立派すぎるよカゲは」
「でもタテルさんって地理好きですよね。羨ましいな。私都道府県ネタに弱くて」
「言うて弱くないって。最低限の知識は弁えていると思うよ。俺の知識は鉄道とか食とか偏ってるし」
「いいじゃないですか鉄道とか食。いっぱい学ばさせていただきます」

  

郡山駅を発車するタイミングで『キセキ』が流れ、タテルは感涙した。長らくグループを離れながらも忘れずにいて戻ってきてくれたキセキ。豊富な知識量と気の利くコメント力で一躍有名になったキセキ。そして共に旅をできるキセキ。これらキセキが交錯して、タテルに涙がはこばれた。
列車は仙台を過ぎると忽ち空いてきて、聞こえるのは人生初の新幹線に舞い上がる子供の声くらいになった。くりこま高原や水沢江刺など、普段なら目にも留めないような駅をまじまじと観察し、ショーヘイ・Oの地元奥州市も通過して17時少し前に盛岡に着いた。
最初の目的地である焼肉屋には18時に予約を入れてある。1時間かけてゆっくり歩いて行く手もあったが、タテルが早速鉄オタらしい提案をする。
「焼肉屋の最寄駅は山田線の次の駅・上盛岡。山田線の次の列車は17:46発だから待ってみない?ローカル線に乗ってみたいんだ」
「いいじゃんそれ。乗ってみよう」

  

大男タテルにとっては暑すぎるくらいに暖房の強く効いた駅構内。土産店で時間を潰す。
「盛岡名物といえば海宝漬!」
「上に載ってるのは…アワビか!食べたことないな」
「身がコリコリしてて美味いんだよ。買って行こう。持ち歩くのは無理だから配送してもらう」
財布を取り出すカゲの手を、タテルは止めた。
「ここは俺に払わせて」
「いや、悪いですって」
「いいんだ、食べる時に俺のこと思い出してくれればそれでいい。秋田でこれに合う美味しい日本酒探そう」

  

山田線の列車がやってきた。たったの1両。東京生まれ東京育ちの2人にとっては信じ難い光景である。
乗り込む際、タテルは転けてしまった。都心の通勤電車とは違い入り口は階段になっているのだ。
「私初めてですこういう電車」
「これ電車じゃない」
「え?…あそうか、これもしかして電力で動かない系?」
「そうそう、非電化。だから正しくは気動車…なんて指摘する俺、ウザい?」
「どうしたんですか急に?」
「いや、普通の人なら電車と気動車の違いなんてどうでもいいじゃん。細かいことうるさいよね」
「そんなことないですよ。私は正しい知識が欲しいので、どんどん言ってください!」
「ありがとう」

  

動き始めた車窓は、たった1駅の間では様変わりしない。それでも到着した上盛岡駅は、住宅街の中にありながらちっぽけな佇まいである。無人駅ではあるが、車掌らしき人が降りてきて一人ひとり切符を確認される。こういう手続きも2人にとっては馴染みがないもので、少し戸惑った。

  

10分ほど歩きちょうどいい時間に焼肉せがわに到着した。タテルは左の引き戸を開けたが空気清浄機に阻まれており不正解。気を取り直して右の引き戸を開け、カゲをエスコートした。カウンター席、皿や箸が上に置かれたガスロースターを挟んで2人は着席する。
厨房では「マスター」と呼ばれる店主が部下に指示を出す。怒らしたら怖そうで緊張が走る。

  

事前に予習していた塩焼盛合せ中皿を注文。ビールと突き出しのキャベツ・ホルモンを味わいながら待っていると、7種類もの肉が敷き詰められた豪華な皿がやってきた。2人前ということになってはいるが、1つ1つのタネがそこまで大きくないため1人でも食べ切れる量である。
トングは用意されておらず、箸をもう1本くれと言うのも気が引けるので、仕方なく直箸で焼き、生肉に触れたら都度箸の先を炙ることにした。おかげで箸の先端は真っ黒である。
ロースターの縁には塩が盛られている。別に塩専用の皿を用意するのが普通な中独特なシステム。カウンター席1人分のテリトリーは狭めで、2人で中皿を頼んでしまうと片方は自分の取り皿・レモン汁皿・おろし醤油皿を置く余裕を犠牲にする必要がある。もう少し余裕のある空間作りをしてほしいけど、こういう狭さをもがき楽しむのも焼肉の醍醐味なのかもしれない。

  

テンションの上がった2人は次々とロースターに肉を載せた。するとマスターから、すぐ火が通るから少しずつ焼いてね、と注意された。一瞬走る緊張。
しかし隣にやってきた地元民の親子によりすぐ緊張がほぐれた。マスターは気さくに娘に話しかけ、父はイヤホンもせずソウタ・ザ・ショーギの対局を垂れ流しながら大相撲の番付予想を書き込んでいた。

  

肝心の肉の味を述べると、いきなり白眉はレバー。何も付けなくても旨味を感じるし、なにしろ臭みがない。焼き加減を真剣に管理し、火が通りつつもとろける具合にしたいところだ。両者1枚ずつ食べ、残り1枚。
「タテルさん食べたそうですね。もう1枚食べていいですよ」
「よっしゃ!サンキュー!」
もう1枚は塩をつけて戴く。旨味に輪郭が生まれ最高に美味しい。
「でもカゲも食べたそうだったよね。単品で頼もう」
盛合せを頼み、気に入った部位を単品でおかわりするのがこの店の楽しみ方といえる。

  

中央にあるテッチャン(?)は硬すぎずトロッと旨さが溢れる。これもまた塩がお勧め。センマイはおろし醤油にジャブジャブさせると味気が出て美味しい。タンはもちろんレモンで、少し塩を振って。小ぶりではあるが間違いのない旨さである。
一方で左下の肉は食感を楽しむもので旨味は足りない。特に紐状に切られたものが味気ない。ロースと思しき薄い肉は味わう前に溶けてしまい悲しい。

  

まだ胃に余裕のある2人は、樽ハイを手に次の肉を見繕う。ステーキに惹かれたが、300グラムからの注文。2人で食べるにしても少し多い。タレ焼盛合せも良さげだったが、もう1軒行くことを考えハラミのタレだけで我慢した。大根おろしとタレが用意されたが、生肉についていたタレがおろし皿にもタレ皿にも落ちてしまった。
「うわ、しくった。このタレはもう使えないね」落胆するタテル。
「やめた方が良いかも。でも大根おろしは、肉に載せて焼くのもアリじゃない?」
「お、それいいね。やってみよう」

  

ハラミは身の柔らかさに加え、タレの味付けが秀逸。タテルが見捨てたタレをつけなくてもいいくらい味がついているし、肉自体の旨味も殺していない。大根おろしと一緒に焼いて食べると、脂ぎった旨味がさっぱりして食べやすくなる。カゲの助言は的を射ていた。

  

大満足で店を後にした2人は、盛岡駅方面へ歩いて行く。日曜の夜の盛岡は人が少なく、まるでこの世界が2人のためだけにあるように思えた。レーシック手術を受け視力が良くなったタテルは、夜空に星が7つ8つほど散りばめられていることに気づいた。
「レーシック受けて、今まで見えていなかった世界がよく見えるようになった。そしてカゲも、前より綺麗に見える。明日は今日より好きになれると思う。巡り合った僕らはキセキなんだ。まだ知らないことだらけの世界、2人で確かめに行こう」
「タテルさん急にカッコつけちゃって。でも楽しみだな、これからどんな学びが待っているのか」
「幸せの結末、探しに行こう」

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