不定期連載百名店小説『ハード・リカーで会いましょう』埼玉県民の日SP(The Bar Vieux Carre2/大宮)

*実際筆者は1人で黙々と飲み食いしていました。劇中における店員の台詞も、筆者が調べた上で内容を組み立てております。実際の店員さんは僕よりもっと正確な情報をお持ちかと思いますので、内容に誤謬があっても「この店の店員のレベル低いな」などとは思わないでください。

  

11月14日は埼玉県民の日。タテルは生粋の都民であるにも関わらず休暇を取り、県民の日限定フリーパスで東武線の小駅を周遊していた。東岩槻のオランダ軒、幸手のcimai、柳生の3県境と巡って最後に辿り着いたのは大都会大宮であった。北陸でのロケ終わりのカゲと合流して酒を飲む約束をしていた。
「タテルさん、どっかいいバー見つかりました?」
「ラム酒の店見つけた、と思ったらビルが取り壊されていて。ウイスキーバーか怖そうなマスターのいるバーか、立ち飲み百名店か」
「あまりピンときていない様子ですね」
「あ、それか埼玉の酒を多く揃えるバーがある」
「埼玉のお酒だと、イチローズモルトとかですか?」
「だな」
「そこにしましょう。何しろ今日は県民の日ですから」

  

食べログにて来店5分前に予約を入れて訪問。駅から高島屋を通過し、大通りを1本南に入った路地にそのバーはある。雰囲気はオーセンティックバーであるが、QRコードで読み込んでメニューを確認する近代的なシステムがある。

  

2人がまず気になったのは、埼玉県内で生産されているというジンで作るジントニックである。
「八王子でジンが作られているのは知ってるけど、埼玉は初耳」
「最近いろんなとこで作られてますもんね。虎ノ門とか蔵前とか」
「目の前にも積丹半島の火の帆あるし。函館のフレンチの〆で飲んだなあ。あと秋田には俺が知ってるだけで5種類あるぜ」
「あそれ、私飲みたかったやつです。仕事で行けなかった、あきたフェスの晩に」
「今度TO-NAハウス来たら?秋田杉から日本酒由来のものまで色々買ってあるから、一緒に飲もうぜ」
「是非是非!埼玉のジンはどんなものなんだろう」

  

川越と狭山の境にある武蔵野蒸溜所は、埼玉県で初のクラフトジン生産者となった。名前は棘玉ジン。河越茶や柚子、山椒など日本古来のボタニカルを使用しつつ、ジンの主原料であるジュニパーベリーを主役に立てた円やかな仕上がりとなっている。
「爽快感を売りにするジンとは一線を画していますね」
「そうだな。ジンの定義を再確認する良い機会になったよ」

  

チャームは醤油漬けクリームチーズ、芋羊羹、何かのドライフルーツ、大宮ナポリタン風パスタスナック。
「大宮ナポリタンって聞いたことある。なんか24時間営業の喫茶店があって」
「伯爵邸のことですね」
「知ってんのかい!」
「旧大宮市域にある店が出す、埼玉県産の野菜を1種類でも使ったナポリタンのことを大宮ナポリタンと呼びます」
「じゃあそんな特別なナポリタンではない」
「とは限りませんよ。ハンバーグ載せたり燻製にしたり、店毎の個性が出ています。タテルさんの大好きな高級ホテルのナポリタンもあるようです」
「俺を上流階級扱いすな。庶民派でいたいんだ」
「庶民派がサクッとフレンチとか食べに行きませんよね」
「そうだけどさ!」
棘玉ジンには他にもヴァリエーションがあり、一通り飲みたい気持ちにも駆られるが、他の酒も飲む予定であるためグッと堪える。この時点で既に再訪を誓うタテル。

  

次に注目する酒は、旧石器時代から存在していたとされる蜂蜜の酒・ミード。秩父のディアレットフィールド醸造所にて、「秩父百花」が生産されている。アルコール度数は日本酒より低めの10%であり、ストレートがお勧め。蜂蜜の持つフローラルな一面が拡大されて伝わってくる酒である。アルコールを感じない酒であるため、飲み過ぎてしまわないよう注意である。

  

「ミードって最近よく聞くような聞かないような」
「未だ認知はされてないですよね。万博に出展した、っていうニュースはありましたけど」
「女子ウケはしそうだよね。蜂蜜だから体に良さそうだし」
「罪悪感無く飲めますよね。度数低くて」
「ストゼロよりかは高いぞ」
「私、酔ったこと無いので」
「どこぞの眼鏡女子国家公務員みたいなこと言う」
こちらもまた、秩父月花やら林檎花やらとヴァリエーションがあるのだが、そろそろイチローズモルトに移行したいため次の機会までグッと堪える。

  

秩父が世界に誇るウイスキー・イチローズモルト。ベーシックなブランドはラヴェルの色で呼称することが多いが、白は高級店のハイボールで飲むことが多いし、黄色や赤のリーフも自宅に置いてあるタテル。
「私も一通り飲んでますよ」
「マジかよ。俺が緑のリーフ手に入れられない隙に」
「勝ちですね」
「くぅ〜」
とはいえ色系のものは買える・飲める場所を知っているため、今回は限定版の銘柄を攻めることとする。

  

まずはディストラリーⅡ。苫小牧に蒸溜所を構えて初のリリースである。口当たりは軽やかながら、イチローズモルトらしい芳しさを確と感じる。
「おっぷ。鼻腔全体を擽ってくるねこれ」
「それだけ純粋なものなのかもしれません。ずっと飲みたかったから嬉しいです」

  

秩父に関する雑学を披露し合う2人。
「秩父で生まれた名曲といえば」
「『旅立ちの日に』ですよね。校長先生が作詞して音楽の先生が作曲した」
「さすがカゲ」
「秩父鉄道の駅にもその名前が残っている、日本で最古とされていたあるものといえば?」
「えーっと、駅名だと……和同開珎!」
「その通り。純度の高い自然の銅である和銅が、和銅黒谷駅に程近い和銅遺跡にて発掘されました。駅にはモニュメントもありますね」
「これはどうだろうな。秩父市に隣接する都道府県を全て答えよ」
「うわぁえーっと、待ってください、埼玉県に隣接する都道府県は7つ。東京、千葉、茨城、栃木、群馬、長野、山梨。秩父は西の端だから、東京と群馬、長野、山梨!」
「うわぁお、正解だ。流石カゲ」
「やった!」
「県境が入り組んでいて難解なところをよく推察した。ちなみに西の方は専ら山岳地帯で、登山以外による県境越えは難しい。埼玉と長野の県境には一応林道が通っているが、かなりの悪路である上現在は通行止めだ」
「あの僅かな県境を越える道、あるにはあるんですね」
「ロマンあるだろ。YouTubeで観てみると良い」

  

秘境への憧れに昂る2人は、引き続きイチローズモルトから『ここさけ』コラボラベルを飲んでみる。かなりのレア物であり、秩父市外で飲めるのは相当貴重であると思われる。シェリーカスクフィニッシュのブレンディッドウイスキーで、イチローズモルトらしい芳香に加えレーズンのような熟した果実味が長時間持続する。
「秩父三部作ですよね。あのはな、ここさけ、空の青さを知る人よ」
「アニメのお陰で聖地巡礼の観光客が増えて経済が回る。素晴らしいことだよね。西武線沿線はアニメや漫画の聖地が多い」
「飯能がヤマノススメ、椎名町にはトキワ荘、あだち充さんの作品には練馬駅が出てきますね」
「大泉学園には東映があって、駅前にはメーテルとか居る。ドラえもんも練馬区だよね。新宿線沿線だとケロロ軍曹やあたしンちは田無だし」
「あたしンちが出てくるの、結構マニアックですね」
「あれすごく愉快だから。俺が観てきた数少ないアニメがドラえもん、クレヨンしんちゃん、あたしンち。いやあ、少しくらい東武沿線に分けてほしいものだ」
「クレヨンしんちゃんは春日部ですよね」
「そうだよな。それに鷲宮はらき☆すたの聖地だし」
「身近な街がアニメの舞台になるって良いですよね。その中でも埼玉県を舞台にしたものが多いのは面白い。どんどん舞台にして、観光を促進してほしいですよね」

  

最後にもう1杯、これまた気になっていた川越ネグローニを注文する。薬品が入るような瓶には、ジンと川越産芋焼酎の混合液が入っている。これをカンパリと合わせてオリジナルのネグローニとする。ジンの多様な香り、焼酎の芋感キレ感が個性を発揮しつつカンパリの苦味にマッチ。後半および余韻はそれらが融合して、正真正銘のネグローニである。

  

「埼玉が遂に魅力度最下位の都道府県となってしまった。関東民として納得はし難い結果だ」
「アニメの聖地が多いし、長瀞や川越、鉄博などの観光資源もありますよね」
「香川に次ぐうどん県でもあるし、鰻やスイーツの質も高い。あまりんという苺が注目を集めている」
「食べ物ばっかですね」
「それでもレベル高いと思う。俺もしTO-NAに携わっていなかったら、埼玉県に就職していたかもしれない。埼玉を盛り上げたい、と思ってね」
「素晴らしい。私ももっと色々学びたいです」

  

高いウイスキーを選びはしたが、夫々ハーフショットで留めたこともあってか、会計は1人6,500円に落ち着いた。
「埼玉県を楽しみ尽くしたぜ。来年は予定合わせて色々回ってみよう。どっか気になるとこある?」
「平地の三県境」
「そこなら行った。まあ何もないけど、見る分には悪くないだろう」
「後は吉見百穴、みなみ寄居駅、芦ヶ久保の氷柱とか」
「絶妙にマニアックだね。行こう行こう、面白いよきっと」
「その際はタテルさん、運転お願いします。私免許だけは持ってなくて」
「資格マニアにまさかの盲点……」

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