不定期連載百名店小説『ハード・リカーで会いましょう』ウイスキー編②「ハイランド概論」(ハイランダー イン/中野坂上)

*実際筆者は1人で黙々と飲み食いしていました。劇中における店員の台詞も、筆者が調べた上で内容を組み立てております。実際の店員さんは僕よりもっと正確な情報をお持ちかと思いますので、内容に誤謬があっても「この店の店員のレベル低いな」などとは思わないでください。

  

中野坂上駅から出てきたタテル。そこへ、ラーメン屋から出てきたカゲが合流した。
「えっ?ラーメン食べてたの?」
「はい。家系ラーメンの有名店ですよここ」
「アド街で見た。確かに行列できてる、食べたいなぁ」
「でも今日はウイスキー飲みに来ましたからね。ラーメン食べたかったら後でお付き合いします」
「いいのか?じゃあ後ほどこの店に」
「……まあいいですよ。すごく美味しかったのでもう1杯食べても」

  

2人の目当ての店は、これまたアド街で紹介されていた、本場スコットランドにあるホテルの日本支店にあたるパブ。店名はHighlander Innとなっているため、今日学ぶテーマは「ハイランド地方のウイスキー」と決めていた。

  

日曜の夜、カウンター席は2人が座ったことにより満杯となった。一方でテーブル席も沢山あるが、バーという性質上利用客は少ない。

  

まずは乾杯酒を吟味する。ウイスキーの店なのでハイボール、としても良いのだがビールもタップで数種類用意されてあり悩むカゲ。
「俺はハイボールなんだよな。といっても色々あるけど」
「Standard、Smoke、Bitter、Sweet……タテルさんの好みだとSmokeですかね?」
「でも冷凍ウイスキーが気になる。他のよりちょっと安めだし」
「それにしてみましょうか。あとお摘みは、タテルさんお食事はされていないんですね?」
「ああ。ここは飯も食える店だからな。フィッシュ&チップスを食う気満々だ」
「おっ、イギリス料理の大定番ですね。でもそれだけで足りますかね?」
「意外と量あるんだよね。メニューの写真見ると、明らかにのり弁の白身魚フライより大きそう。SかMか……」
「お腹ペコペコ、って方ですとMサイズでも1人で食べれちゃいますね」店員が助言する。
「カゲはあまり食わないでしょ」
「そうですね。太るといけないので」
「シェパーズパイも気になるんだよな。両方食べたいからチップスはSにしよう」

  

冷凍ウイスキーのハイボールから。透明なリンゴジュースのように深みのある甘やかさ。
「こういう味わいのハイボールって良いですよね」
「居酒屋とは全然違う、本格的なバーでしか味わえないやつ」
「タテルさん、空腹なのにそんな飲んで大丈夫ですか?」
「手が伸びちゃうんだよね」
「料理はちょっと時間かかりそうですし、ウイスキーの話を摘みとしましょう」

  

スコットランドはイギリスのグレートブリテン島北部にある。令和屈指のインテリタレントであるタテルとカゲにとっては当たり前の知識。
その中でもハイランドとは、スコットランドを北(北西)と南(南東)に分けた時の前者である。もう一方はローランド。ハイランドはローランドより広いが、山勝ちのため人口が少ない。一方で蒸留所はごまんと存在し、スコッチウイスキーの産地といえばまずハイランドが挙げられると思って良い。

  

「どこから手をつければいいのかわからないんだよな」
「確かにタテルさん、取っ掛かりを掴むのがお苦手ですよね」
「よく俺の性格見抜いたな」
「話してたじゃないですか。自分は勉強することが苦手だ、何していいかわからないから、って」
「言ったか。秋田に行く新幹線で」
「まあ自分の発言を一言一句覚えている人はいないですよね」

  

基本的な物を店員に見繕ってもらうことにした2人。しかし先述の通りハイランドは一大産地であるため、店員も選出に苦労しているようである。
「当店はベーシックなボトルを置いてないのですが、これとかこれ、あとこの辺りは有名どころのヴァリエーションですね」
「ひと通り飲んでみようか」

  

まずはハイランド南部のアバフェルディ(Aberfeldy)16年。価格は1600円(値段は訊けば教えてくれる)。熟した林檎のような味わい。何ともリッチで洒落た口当たりである。
「アバフェルディはデュワーズのキーモルトとしてもお馴染みですね」店員が語る。
「デュワーズは……」
「ブレンデッドウイスキーですよね」
「そうです。アバフェルディを主体としてブレンドしたものがデュワーズです」
「俺そういうの全然飲まないからな。何となくシングルモルトが1番だと思っていて」
「ウイスキーマスターになるなら、ブレンデッドも知っておかないとダメですよタテルさん」
「そうだな。根拠のない選り好みは止めようっと」

  

ここでシェパーズパイが仕上がった。簡単に言えばラム肉のミンチを下に敷き、マッシュポテトを載せて焼いたもの。ラム挽肉の肉感がしっかりあり、マッシュポテトに旨味が溶け込む。空腹のタテルは、ウスターソースのような味のシャバシャバソースで色付けながらがつがつ口に放り込む。

  

間も無くしてフィッシュ&チップスも出てきた。大ぶりな白身魚のフライは衣が分厚く、濃い味のタルタルソースを絡ませれば直感的に美味いものとなる。フライドポテトはクリンクルカット。シェパーズパイで散々芋を食っているのに、フライドポテトに手が伸びてしまう。
「腹が減っている時に食うと最高だなこういう飯」
「イギリス料理は美味しくない、なんて言われますけど、偶に食べると堪らなく美味しいですよね」
「牛肉の煮込みとかペンネとかも食べたい……けど止めておこう。太るから」
「タテルさん最近運動してます?」
「してない。家の筋トレ道具、全部京子にあげちゃったし」
「ダメですよ運動しないと。帰りは新宿駅まで歩きましょう」
「新宿まで⁈遠いって」
「2kmくらいですね」
「冬だったら喜んで歩くんだけど、夏場は100mでもきついぜ。汗だくお腐れお化けになっちゃうよ」
「汗だくになった方が良いですよ。家帰ってシャワー浴びればスッキリです」

  

続いてのウイスキーは西ハイランドのオーバン(Oban)からDistiller’s Edition(1800円)。こちらは1999年に蒸留され、2014年に瓶詰めされたものである。
「これも林檎の香りだ」
「香りってあまりよくわからないんですよね。ワインとかもそうですけど」
「俺もわかんない。偶々今日は林檎を感じる日なのかもしれない。ここに来る前に『青と夏』歌い込んだし」
「それ言ったら私は『罪と罰』練習してました」
「脳内がAPPLEだね。でも余韻はMISIAさんのロングトーンかな」

  

ここからはハーフショットでの提供。北ハイランドのクライヌリッシュ(Clynelish)蒸留所で蒸留された、大阪のイラストが目を引く2011年のボトル(1100円)。やっぱり林檎の香りなのだが、先ほどと大きく違う、深く刺してくるクリーミーで華やいだ香りに酔いしれる。
「ショコラと馴染みそう。サロショで買うショコラみたいな」
「カルヴァドスのニュアンスがあるような気がします」
「こちらはクライヌリッシュが直で出しているものではなく、Elixir Distillersが買い付けてボトリングした『ウイスキートレイル』というシリーズです」
「そんなのがあるんだ」
「これはWHISKEY HOOPという日本の団体向けに提供されたものです。珍しい品だと思いますよ」
「ベーシックを学ぶつもりが、俺ら結構奥深いところ入ってる?」
「そんな感じがします」
「まあ基礎中の基礎は鶴亀のハッピーアワーで飲めばいいか」
「面白いもの、手当たり次第飲んでみましょう」

  

北ハイランドのグレンモーレンジィも、定番は10年オレンジラヴェルであると思われるが、提示されたのはシックなボトルのSIGNET(1300円)。林檎気分のタテルも流石にここでは林檎を感じる余地無し。チョコモルトを使用しており、カカオのような渋い香ばしさが特徴的である。

  

ここまで南、西、北、北と飲んできた2人。
「北に行くにつれ濃くなるのかな?」
「まあそうですね。南はローランドにも近いのでライトめ、北に行くとコクが増す傾向にあります」
「なるほど」
「海辺のものだと潮の香りとか、あとピートが効いたものもありますね」
「ピートが効いたもので何かありますかね」
「そうなるとハイランドパークですね」

  

陽気な4人組が描かれたラヴェルのハイランドパーク21年プライベートボトル(1500円)。ピートによるスモーキーさの奥に、ミックスフルーツやら蜂蜜やらの旨味があって沁みる。
「ハイランドパークはハイランドじゃないんですよね」
「うわ出た。品川駅が品川区に無い、みたいな」
「新白河駅の所在地が白河市じゃなくて西郷村、みたいな」
「流石カゲ。俺を越えてきたな」
「ハイランドの北東部にオークニー諸島という島々がありまして、ハイランドパークはそこで造られています。区分としてはアイランズになりますね」
「ハイランド寄りではある訳ですね」
「昔は全然ハイランドに区分されていたんですけどね、現在は細分化されてます」

  

他にも勧められていた銘柄はあったが、会計がやばいことになりそうだったため今日はここで打ち止めとする。会計は1人1万円を少し超えた。ややお高めなウイスキー揃いではあったが、どれも濃密な味わい。珍しいボトルも多く紹介してもらえたので貴重な経験となった。

  

「ハイランドは難しいですね。取っ掛かりが掴めない、って仰っていたタテルさんの気持ちも解ります」
「次からは東西南北って分けて味わってみるか。でもその前にアイラとかアイランズを潰すのが早いか」
「スコッチだけじゃないですからね。五大産地全て知り尽くしたいので!」
「ラム酒やブランデーとかも学びたい」
「キリが無いですね。それが面白いところではあるんですけど。あ、家系ラーメンどうします?」
「やめておく。新宿駅まで歩くよ」
「歩きます……か」
「どうした?」
「思ったより酔いが回ってきたので、やっぱり中野坂上から乗ります」
「おい!せっかく歩く気になったのに」
「飲んで歩くのって、息苦しいじゃないですか。深夜サッカーの試合観るので今寝ておきたいですし」
「それは大事だな」
「タテルさんも乗りましょう」
「乗る、か。ふぅ、一番読めないのはカゲの心か」

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