飲みに飲みまくった東北旅から10日も経たない土曜日の夕方。女性アイドルグループTO-NAの特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)であるタテルは、令和屈指のインテリ女優・カゲと水天宮前で落ち合った。
「こんな短いスパンで会うとはね。ついこの前まで信じられなかったよ」
「少し仕事が落ち着いたので。でも2週間後にはまた現場に入り浸りです」
「さすが売れっ子俳優。そんな人と一緒に飲みに行けるのが嬉しいよ」
「いえいえ。タテルさんとウイスキーについて学べるの、すっごく楽しみです」

水天宮前駅の近くにあるウイスキーバーにて軽く引っかける2人。夜ではなく夕方にした理由として、このバーではハッピーアワーが設定されており、一部ウイスキーがお得な価格で飲めるようになっている。そのウイスキーはどれもベイシックなものばかりであり、ウイスキーの入門編としては最適の舞台である。
「タテルさんはいつもジャパニーズウイスキーを飲んでいらっしゃるイメージです」
「ジャパニーズも好きだけど一番沁みるのはスコッチのアイラだね。薬品っぽいクセが堪らんのよ」
「薬品…飲食物に対する表現として適切なんでしょうか?」
「ほら、こっちのメニュー表にも書いてあるよ。薬品系の味わい、という喩えは間違いじゃないみたい。実際飲んでみるといいよ。未だ飲んだことないアイラは…」

最初に2人が注文した銘柄はカリラ12年。
「ああ本当だ、これは薬品っぽい」
「でしょ?ピートってやつ。泥炭で麦芽を燻してスモーキーにするんだ」
「なるほど。これがピートですね」
それでも味わいは林檎のようにフルーティ。奥からコクとアルコールの強さが押し寄せてきた。
「スモーキーでありつつも軽めの仕上がり。このチャートによると第2象限に相当するのかな」
「座標軸じゃないんですから」
2人が見ていたのは、この店が提唱する、ウイスキーの味わい4分割。横軸は甘辛を示し、左が甘くて柔らか、右がスパイシーでリッチであることを表す。縦軸はスモーキーさを示し、上に行くほどスモーキーであることを表す。
「解りやすいですね。こういうチャートがあると初心者でも安心です」
「左は所謂フルーティ、右はブランデーにも近い重さがある。そんで上にいけばスモーキーというかクセというか」
「タテルさんはクセが好きなんですよね」
「欲してはいる。でもそんなのばっか飲んでたら他のが物足りなくなっちゃう。いろんなのを勉強して、ぴったりの銘柄を人に勧められる領域に達したい」
「勉強熱心ですねタテルさん」
「誰よりも勉強熱心なカゲに言われるの違和感だな。中身が伴わない傾向にあるからな俺」
「じゃあ私が付き合ってあげますよ。私がいたらちゃんとやりますもんね?」
「やる。有難いね」
次のウイスキーを探る2人。タテルの好みである、チャートの第1象限(重い口当たり、スモーキー)に目をつける。
「あ、キルホーマンサナイグがある。キルホーマン、青いやつは飲んだことあるけど」
「マキヤーベイですか?ハッピーアワーのメニューに載ってる」
「ああそうだね。マキヤーベイの方はもっと軽くて、潮っぽいニュアンスがあった」
「また独特の表現ですね」
「『ベイ』だからね。海のテイストが入ってくる。サナイグの方はどうなんだろうな、試してみるか」

ハッピーアワー価格で1,320円。煙に包まれつつも奥にバニラの甘みを嗅ぎ取る。軽やかに口の中に入り、スパイス感はありつつも重厚感により非常に纏まった味である。
「スコットランドの中でも色々地域があって、地域毎に様々な味わいの特徴がある。それは何となく知ってます」
「ハイランド、ローランド、キャンベルタウン、アイラ。俺はアイラばっか攻めてるけど」
「アイラはどの辺なんですか?」
「東部の島だね」
「あ、島なんですね」
「小さな島だよ。小さな島なのに有名な蒸溜所が多く集まっていて面白い」
「これは特に印象に残ってる!なんてブランドありますか?」
「アイラだと、ラガヴーリンを樽から飲んだ時の香りには驚いたね」
「薬品系ですか?」
「そうそう。変な言い方だけど、もはや病院っぽい香りだよね」
「でもそれがピートの良さなんでしょうね」
「そうなる。熱いお風呂と同じで、段々慣れてきて気持ち良くなるんだ」
「それは面白そう。樽から汲むのって珍しいですよね、どこで飲めるんですか?」
「湯島だね。いつか一緒に行こう」
アイラウイスキーも気になるところであるが、もっとマニアックなウイスキーも発掘したいタテル。ハッピーアワーの対象ではない新入荷ウイスキーメニューを眺める。
「カゲ、ウイスキーの五大産地といえば?」
「スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本、ですかね?」
「お見事。それ考えるとこのウイスキーの産地、珍しいよな?」
「イスラエル…珍しいですね。五大産地からも結構離れてますし」
「飲んでみない?」
「飲みましょう!」


M&Hエレメンツのシェリーカスク熟成。イスラエルの暑く開放的な気候が、ウイスキーを急速かつ優雅に熟成させる、とのことである。酒精強化ワインのような甘い香りさえ感じ、締まりはキャラメルのような味。
「甘みがあって、煙さはない。これは飲みやすいですね」
「シェリー樽熟成だと甘みやフルーティが乗るんだよね」
「葡萄のお酒ですもんねシェリーは。他のお酒の樽でウイスキーを熟成させるのって、よくあることなんですか?」
「みたいね。ワイン樽とかブランデー樽とかで熟成させることもある。ウイスキー専用の樽で熟成させるけど、仕上げにそういった樽に移して追熟させることもある」
「複雑ですね。色々ありすぎて…」
「わかんなくなるよね」
「いや、勉強のし甲斐があります!」
「なんと前向きな瞳…」
「ここはウイスキーの販売もしてるんですね。早速買っていこうかな」
「アグレッシヴだな。グレンアラヒーなんかいいんじゃない、弘前で飲んだけど甘めで美味しかった」
「じゃあそれ買っていきます!そうだ、私からも行きたい店提案していいですか?」
「勿論さ」
「ウイスキーじゃなくてテキーラなんですけど」
「大歓迎!」
「じゃあ明後日の夜、六本木で会いましょう!」