不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』三冬「東京ミュール」 「清姫甘酒」(ルーフトップバー/虎ノ門ヒルズ)

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋

ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。

  

歳時記作りの中で都度話題に上がっていた、映画『みっちゃん』の撮影準備が愈愈整った。福井に2週間滞在し、福井市内を中心に、東尋坊や恐竜博物館も巡りながら撮影を行う。出発の2日前、タテルは暫く離れる東京を堪能すべく、クラゲを虎ノ門ヒルズに呼び出した。しかし待ち合わせ場所の森タワー1階外階段前にクラゲが中々現れない。

  

「ごめんなさい!迷ってしまって!」
「良かった。ぶつかりおじさんに絡まれたんじゃないかって心配してて」
「着いてはいたんですけど、大きなビルが3つくらいあって、どこに入れば良いのか30分悩みました」
「悩みすぎだ。確かにステーションタワーとかビジネスタワーとかあってややこしいけど、わかんなかったら電話しなさいよ」
「失礼しました。もうパニックで……」

  

目的地はアンダーズ東京52階のルーフトップバー。ここに辿り着くまでの道のりもやや難解である。ホテルのロビーがある51階へは専用のエレベーターがあるのだが、そこは袋小路となっており、1階からしかアクセスできない。地下鉄駅から来る場合はエスカレーターを1階で降りて案内に従って行けば良いが、地上から訪れる場合は間違えて外階段を登ってしまうと遠回りである。階段は登らず大通り沿いのバーガー屋(これもアンダーズの一部)傍から入るようにしよう。

  

「俺の案内が無ければ、クラゲは永遠に辿り着けないね」
「馬鹿にしないでください!案内に従えば30分くらいで…」
「だからかかりすぎだって。まずは51階ね」
「51階ですか⁈」
「驚くことかな?サンシャインは60階、ランドマークタワーは70階まであるよ」
「田舎にはそんな高い建物無いですよ。しかもそこにバーがあるなんて」
「大学の友達もびっくりしてたな。『今37階の和食屋にいるんだけど来る?』って言ったらすごい驚かれて」
「驚きますよそりゃ。ってか大学時代から贅沢そうな食事してるんですねタテルさん」
「空きコマあるとすぐメトロ乗って、高層ビルのレストランでランチする」
「さすが東京人。いや、東京人でもなかなかしない……」

  

ただでさえ高層階の51階であるが、ここから更にエレベーターを乗り継ぎ52階へ。天井が高く開放感のある空間。クラゲは息を呑んだ。

  

窓際は外国人の集団に占拠されていたが、内側の席からもビル群や漆黒の東京湾など美しい夜景を視認できる。
「上京したての頃昇った東京タワー以来です」
「いいでしょ。俺は20歳になって2ヶ月でここに来たんだぜ」
「早っ!よく入れますよね、度胸がすごい」
「ヒルズ絡みのホテルは庭みたいなもんだからね」
「富裕層じゃないですか」
「食事だけよ」
「いやいやそれでも」
「その時飲んだカクテルは、メロンソーダのような緑色をしていたな。透明な急須に入ってお茶みたいな感覚」
「随分と凝ってますね」

  

そういう訳でこのバーの売りはオリジナルカクテルである。メニューにクラシックカクテルの記載は無く(勿論言えば作ってくれるのだろうが)、バーテンダーがその感性で創造した、構成要素の多いカクテルを味わう場となっている。クラシックカクテル原理主義者からしたら邪道なのかもしれない。

  

最初に選んだカクテルは『東京ミュール』。モスコーミュールのアレンジ版と考えて良いだろう。ダージリン、グレイグースウォッカ、自家製のジンジャービア、タイム、柚子。一番主張が強いのはジンジャーの味。ウォッカと張り合わんとしている。柚子などで円やかさも演出。しかしダージリンがわからない。
「これ私詠みますね。映画で描くストーリーとリンクしたアイデアが浮かびました」

  

アンダーズ東京ルーフトップバーにて
天才の生み出すカオス東京ミュール

自解:一旗揚げようと意気込んで上京してきた人物が、力のある人や天才の能力に押され苦悩する。東京という世界の混沌とした厳しさ、その奥にある多様性の面白さを東京ミュールという季語に託した。

  

「なるほど、こりゃ面白い。しかし今のだと混沌の奥が見えにくい」
「もう少し詳しく書いた方が良いですよね」
「『生み出す』という言葉が、4音とっている割に意味をなしていない。ここを変えて実のある言葉に代えたいね」

  

アンダーズ東京ルーフトップバーにて
東京ミュール天才のカオスに生きる

「ちょっと言葉足らずな気もしますけど、どうでしょう?」
「『天才のカオス』という連語表現には不自然さがあるかな。天才の生み出すカオス、とはならないかも」
「略したら略したで伝わらない。日本語って難しいですね」
「こういう経験もしないと俳筋力は鍛えられない。今クラゲは難しいことをしている。抽象的な話を短い言葉で表現するのってマジで失敗しやすい。ただの言葉足らずに終わりやすいんだ」
「もう少し具体的な画を考えてみます。カリスマの辣腕を目の当たりにして自分の無力さを嘆く……」

  

アンダーズ東京ルーフトップバーにて
辣腕に平伏す吾よ東京ミュール

  

「グンと分かりやすくなった。辣腕、がまた良いね。コワい上司や師匠を想像させる。畏れるべき存在のカリスマと何もできない自分、対比が上手くできている」
「カオスは季語に託しました」
「それで良い。寧ろ季語も喜んでいるよ。ホテルのバーらしい多要素カクテルはまさに混沌の象徴。今回は生姜のスパイシーさも含まれてさらに似つかわしくなっている。これで完成としよう」

  

2杯目のカクテルは清姫甘酒。畳でできたコースターの上にあるグラスを、抹茶を飲む時のように両手で持ちあげる。顔に近づけると柚子の香り。味はグレイグースウォッカを色付けるラ・フランスが主体。抹茶によりラフランスの味が延びて、苦味やエグ味を余韻に残し去る。しかし甘酒は行方不明であった。
「和に寄せたカクテルですよね」
「だな。唯一の西洋要素であるラ・フランスが、和の大番頭たる抹茶と組手を為す」

  

アンダーズ東京ルーフトップバーにて
清姫甘酒フランス人の正座美し

自解:日仏の共通項と言えば美食と柔道。日本の伝統を尊び真剣に柔道に向き合うフランス人を描きながら、洋才を取り入れ新たな一面を探る日本の食への探究心を炙り出す。

  

「とりあえず書き出したけど、柔道とはわからないなこれ」
「ですね。京都に観光に来て茶会体験に来たフランス人、と読めてしまいます」
「俺の課題は『フランス人』の言い換えだな。柔道家をフランス語で言うと?」

  

アンダーズ東京ルーフトップバーにて
清姫甘酒judokaの正座美し

「思いっきり日本語まんまだった」
「まあそうですよね。karateとかも万国共通ですし」
「フランス語にしたいな。そうだ、フランス語の冠詞をつけるのはどうだろう」

  

アンダーズ東京ルーフトップバーにて
清姫甘酒Le judoka(じゅうどうか)の正座美し

  

「『Le judoka』一塊で『じゅうどうか』と読ませる、俳句ではよくある荒技をやってみた」
「御出席の御を二重線で消して、出席を丸で囲む表記で『しゅっせき』と読ませた、万原シニアさんを思い出します」
「何でもアリなんだよな。意図さえしっかりしていれば」
「今回はフランス人を描く意図があるからこうした。面白いですね俳句って」

  

まだまだ飲みたいところであるが、サービス料15%を加えればカクテル1杯が3,000円を超えるし、ウイスキーも山崎NVが3,300円(手頃な店なら1,000円くらい)という高級店であるため我慢する。20時を過ぎればカバーチャージもかかりさらに支払い金額が上がる。外資系ホテルの性ではあるがコスパは良いとは言えない。でも唯一無二のカクテルを求めて再訪したくなるものである。

  

「暫く東京を離れることになるのは寂しいけど、地方の良さを知ってこそ東京が好きになれる」
「東京出身の人が東京を誇りに思うのって珍しくないですか?」
「みたいね。若年層はあまり愛着無いと思う」
「タテルさんの粋な江戸っ子嗜好、私も解るようになりたいです」
「逆に俺もクラゲの地元越前の魅力を知りたい。撮影もオフも全力で、2週間の福井滞在を楽しむぞ」

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