不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』三冬「ペニシリン」 仲冬「Holy Wish〜聖なる願い〜」(リュトモス/品川)

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋

ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。

  

品川駅港南口のラグジュアリーホテルにて友人の結婚披露宴に出席していたタテル。他の列席者が二次会に向かう中、自由人タテルはクラゲをバーに呼び寄せていた。

  

「いいんですか、二次会行かなくて?」
「行かない、とは言ってないぜ」
「どういうことですか?」
「新郎新婦と一緒に向かうんだよ。主役の傍からひょっこり出てきたら、面白くない?」
「……それ、新郎新婦差し置いて、タテルさんが主役気取りになっていません?」
「冷静に指摘するなよ。俺は面白いと思って」
「タテルさんの冗談、偶に本気じみていて怖いんですよ」
「それよく言われる」
「ですよね。主役気取った結果、京子さんとの結婚もご破算になったんじゃないんですか?」
「思い出させるな!今年もクリスマス一緒に過ごすはずだったのに!」

  

吹き抜けの構造が特徴的な空間。ロビーフロアから客室のある上階へ開放感のあるバーカウンターにて酒を吟味する。
「タテルさん今日だいぶ飲んでいますね」
「酒臭い?」
「ちょっと」
「料理に合わせたペアリング、食事前に瓶ビール、食後にジントニック。全然飲んでないけどな」
「どこがですか。しっかり堪能されてますよ」
「皆が飲まなさすぎなんだよ」
「いいえ。今日は2杯までにしましょう」

  

最初に選んだのはペニシリン。ウイスキーベースではあるが、生姜をふんだんに使ったカクテルであり、現代の感覚に合わせると冬の季語に当てはまる。
この日はモスクワ出身のバーテンダーがカクテルを作っていた。メニュー表にはウッドフォードリザーブの記載があったが、ペニシリンにはスコッチウイスキーを使うのが鉄則であり、実際はベースにグレンリヴェット12年、仕上げにアードベッグ10年が使用された。ピートの香りと共に強い生姜の香りが先ず押し寄せる。下の方にいくとピートの残り香の中にハニーなどの丸みが現れ、グレンリヴェットのコクで〆る。

  

ペニシリン今日も荒波より帰還
顧客に誹られ上司に詰られ、社会の荒波は冷たくて薄情だけど、何とか家に帰ってきた。そこには温かい家族がいる。ペニシリンの生姜のように、体の内側から温めてくれる。

  

「私最近やっと鉄拳さんのパラパラ漫画に出会いまして」
「ああ、驚天ニュースでやってたね。素朴だけど胸が熱くなる」
「ストーリーはベタかもしれないけど、裏を返せば皆がリアルに共感できるもの。絵にも温かみがあってハートフルな作品になっていると思うのです」
「で今回は『社会の荒波』に注目した訳か。確かにそんな展開多いよねあのパラパラ漫画」
「妻や子の存在がいかに荒波を進む原動力となるか。タテルさんも来年こそは良い人に巡り逢ってください」
「いやあ、TO-NAの皆がいるから十分安らいでるよ。えーっと推敲ポイントは……」

  

・「今日も」→毎日のように繰り返す事物を暗示。
・「荒波」→字面では自然現象と解釈されるが、作者の意図は「社会の荒波」。
・「帰還」→ただ帰ってきたというだけでなく、大変な状況から愛する人の元へ帰ってきた、という思いがこもっている。

  

「変えるとしたら『荒波』ですかね。でも言い換えが見つからない」
「鬱蒼とした社会をこれ以上的確に表す単語は無いと思う。この『荒波』は悪い比喩ではないし、『社会の荒波』は半ば慣用句として定着しているから想像してくれる読者もいると信じよう」

  

2杯目はホテルのバーらしくオリジナルカクテルから、『Holy Wish〜聖なる願い〜』なるものを注文する。バーテンダーは作り慣れていないようであり、レシピを確認しながら拵える。レミーマルタン1738(コニャック)をベースに、バタースコッチリキュール、クランベリージュース、ラズベリー、チャイティーシロップ、ラズベリーの果実、レモンピール。入りは落ち着いたベリーの香りで、味はコニャック等による大人の味わい。
「クリスマスらしいカクテルだ。はぁ、今年も京子とコンビニでお茶選びたかったよ」
「じゃあ私が選びますよ。少しはお酒の臭い、和らぐと思いますよ」
「やっぱり酒臭かったんじゃねえか」

  

聖なる願い人は街に熊は山に
熊の被害が多かった今年。山に十分な食糧があれば、人里に降りてくることも少なかったと思う。皆が適材適所で自分らしく過ごせる世界でありますように。

  

「俺今年やっともののけ姫観て」
「え〜⁈タテルさんジブリお好きだと聞いていましたが」
「トトロと千尋、ポニョ、猫の恩返し辺りだけ金曜ロードショーで観てるだけ」
「平和なものがお好きなんですね」
「もののけ姫は嫌でも観ておいた方が良い。SNSで罵詈雑言飛び交う現代社会へ、『サンは森で、アシタカはたたら場で暮らそう』のさりげない一言。価値観は違くて良いけど、自分の考えを他者に強要し平気で叩くのはただの暴力だ。暴れ熊と同じ所業だ」
「ですよね。そういう想いも含んだ『人は街に熊は山に』なんですね」
「そういうこと。で今悩んでいる点が2つ。まず『人』を漢字にするかカタカナにするか。カタカナにすれば生物学的な括りになり、人間なら無条件で街側に含まれる。漢字の場合は社会的な括りになる」
「言いたいのは、もし漢字の場合、人間の中でも『人』に分類されないことがある、ということですか?」
「そうだな。それこそ熊みたく迷惑かけるヒトもいて、それは隔離されなきゃならない」
「まあそうですよね。詩においては学術的な書き方よりも文化的な書き方のほうが馴染むと思います」
「じゃあこのままで。後は助詞かな。今のところ『に』にしてるけど、他に『へ』とか『で』も入りそう」
「『へ』は方向を表す。『で』はその場にいる感じがありますね。今回の『に』はそれを兼ね備えているような」
「今回はそこまで矢印を向けたい訳ではないし、これもそのままかな。あ、オリジナルカクテルだから店名を前書きに添えて」

  

リュトモスにて
聖なる願い人は街に熊は山に

  

「クラシックカクテルと違い多彩な材料を合わせる傾向にあるのがホテルオリジナルカクテル。その先駆けとして共存、多様性を背景にした句を詠めたのは幸先良いかもな」

  

約束通り2杯を消化したためここで打ち止め。会計を済ませエレベーターホールで待機していると、タテルの狙い通り新郎新婦が着替えを完了して現れた。
「俺の俳句仲間、クラゲだ」
「初めまして、クラゲです」
「大丈夫ですか?タテルさんのノリ、ついてこれてます?」
「振り回されてます」
「おい!」
「クラゲさん、二次会一緒に来ません?」
「私が、ですか?」
「TO-NAを広めるチャンスだ。付き合ってくれ」

  

二次会のカラオケボックスに連行されたクラゲだったが、他の出席者からは大歓迎であった。1曲歌ってほしい、とリクエストされたため十八番の尾崎豊『I LOVE YOU』を熱唱し場を盛り上げた。続いてタテルはミセスの『Soranji』を熱唱したが、ガチすぎて却って場を白けさせてしまった。

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