女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテルは、グループきっての文学少女・クラゲとバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定するが、ベースとなる酒により大まかに以下のように分類される。
ジン…春
ラム・テキーラ…夏
ウイスキー・ブランデー…秋
ウォッカ…冬
一、各店が提供するオリジナルカクテルも、メニューに載っている、あるいはバーテンダーが発した名称を季語として扱うことができる。ただし世界共通の名称ではないため、店名を前書きにて記すこと。
この日のタテルは夕飯にスパイスカレーを食べていた。それはそれは大層辛いものであり、胃の中で龍が火を吹いていた。酒を飲みに行こうと思ったが、流石に時間を空けた方が良いと判断したため喫茶店に入る。すると伊勢丹での買い物終わりのクラゲと遭遇した。
「何でここに?」
「私喫茶店も好きなんですよ。夜ご飯にベーグルサンド食べたかったんですけど、売り切れで……」
「人気商品だから仕方ない。俺は今から胃を休める」
「何かあったんですか?」
「激辛食べちゃって。この後バーに行こうと思ったんだけど胃ぶっ壊れそうだからハーブティーで休憩」
「そもそも行かなきゃ良いじゃないですか。バーは逃げませんよ」
「でも新宿は来そうで来ない場所じゃん。三丁目の方なんてターミナルから遠いし」
「じゃあ小一時間休みましょうか。私デザート食べます」
ペパーミントティーで胃を休めながら今宵の吟行計画を練る。強い酒は胃を荒らす危険があるため、炭酸の入った穏やかなカクテルを最初に戴く。次のカクテルもできればおとなしいものにして2杯で打ち切る。そうなるとブランデーとウイスキーを1杯ずつ。でもマンハッタン、ゴッドファーザー、フレンチコネクション等、詠みたいカクテルは数多あれど秋は短い。
「そろそろ行きます?遅くなると明日に響くので」
「そうだな。遅くなると満席になるかもしれないし、行くか」
三丁目の路地、もう少しで大通りという場所にあるカルーソーという名のバー。扉を開けてみると真っ暗。真っ暗にして世界観を表現する類のバーである。バーテンダーがライトを照らして席へ案内する。幸い先客はいなかったが、カウンター6席、テーブル席もあるがあまり使われなさそうな雰囲気であり、夜が深くなると入れない可能性が高い。
計画通り、まずはブランデーベースのロングカクテルをリクエストする。ここのバーテンダーは全体的にゆっくり丁寧に飲み物を作る傾向にある。今日一日よく動いたからと、暗闇の中で脳を休ませながら完成を待つ。

出来上がったのはホーセズネック。写真撮影の際はライトで照らしてくれるが、すぐ消灯して闇に消え行く。ブランデー(コニャック)をジンジャエールで割ったものであるが、こちらは恐らく生の生姜をすり下ろして炭酸で割ったものだろうか。コニャックの香りを保ちつつ、炭酸と生姜でさっぱりと飲める。
そしてこのカクテルの大きな特徴といえばレモンの皮である。丸々1個分を細長く剥き、螺旋状に立てる。これがまるで馬の首のようにみえることからホーセズネックの名がついている。
「タテルさん、ここは私が詠んでも良いでしょうか?」
「おっ、良い心意気だね」
ホーセズネック龍の舞いたる東福寺
「なるほど、京都市中心部にありながら渓谷美が楽しめることでお馴染みの東福寺だ」
「はい。東福寺の紅葉に龍が舞う姿を思いついて、句にしてみました。どうですかね?」
「カクテル俳句史上初の名所ネタで素晴らしいと思う。ただ中七で勢いが殺されているのが、龍を組み込んでいる句として勿体無いんだよな」
「確かにちょっと緩いですかね」
「日本語というのは不思議なもので、助詞や助動詞の配置ひとつで緩急が変わるんだよね。ここをなるべくベストの表現で出したい」
ホーセズネック龍が谷舞う東福寺
「なるほど。渓谷という情報を足して単語を増やし勢いをつける。良いだろう」
「ただ『が』で勢いを削がれている気もするんですよ」
「そうだな。助詞を省略して詰めると勢いがつくか」
ホーセズネック龍谷舞う東福寺
「『りゅう』の後に一拍おいて力を貯め、残りのフレーズを駆け抜ける形です」
「なるほどね。でもこれだと字足らずだ」
「『谷を舞う』とすると、やっぱり勢いが削がれますし」
「体言止めが良くないのかな」
「東福寺、で締めない方が良いということですかね」
「そうそう。東福寺はあくまでも背景であって主役は龍。その東福寺境内の渓谷に名前ってついてるのかな?」
「調べてみます。……ありました!」
ホーセズネック龍洗玉澗を昇る
「上手くハマったな。良い名前だ」
「マイナーな名前、という点が引っかかるのですが、まあそれは読者さんが調べて下さることを期待して」
「それで良いと思うよ。東福寺に行きたくなってきた」
「行ってください。壮観なので!」
「ついでに近くの中華料理屋行こうかな。あ、でもあそこの店主ちょっと気難しいとの噂が」
「気難しい?」
「ぺーぺーには冷たいらしいのよ。ちょっと行く気失せるね。京都ならもっと素晴らしい中華料理店があるという噂だから」
「噂の話しかしてませんね。百聞は一見にしかず、ですよ」
「予約取れないんだよ。取れたら一緒に行こう」
推敲しながら飲んでいたら40分近い時間が経っていた。お陰で胃の龍も暴れずに済んだため、ウイスキーベースで比較的強いカクテル「オールドファッションド」を拵えてもらうこととする。

アンゴスチュラビターズを角砂糖を染みさせて水で溶かし、氷とウイスキーを入れて静かに混ぜる。ここでは柑橘の果実も解して入れてある。アルコールを感じさせない穏やかな味の多様性に詩を見出すタテル。
オールドファッションド丸みは尖りありてこそ
「オールドファッションとは『時代遅れ』の意。今の時代はハラスメントやコンプラの意識が強まり、いい子でいなければならない雰囲気が強い。一たび強く叱りつけたり尖った発言をしたら袋叩きにされかねない。誰かとぶつかることを悪と決めつけ、個と個の衝突により高みを目指す可能性を潰す風潮。清潔さを求めすぎたら面白いものを作れなくなるよね、と疑問を投げかける一句だ」
「メッセージ性の強い句ですね」
「そうなるな。結構思い切ったことをしたつもりだ。推敲の余地、あまり無いんじゃないかな」
「中七下五の僅か12音で表現、しかも季語の性質上上五が大幅に字余りしているから調べは崩しなくない。変えるなら全取っ替えするしか無さそうです」
「ゼロか百か、どうだろう」
「……良いと思います!ちゃんと伝わりますし、カクテルの味の表現をしつつ、個の衝突があってこそ調和が生まれるものだ、だけど現代ではそういうのは時代遅れで、仲良しこよしこそが正義だ、とする世の中への風刺にもとれる。最高の文学だと思いますよ」
「おおそうか。それは良かった」
「取り合わせ型だから受け手によっては別解釈もなされるでしょうけど、概ねタテルさんの自解で通ると思います」
「俺史上初の推敲なし。やったぜ。TO-NAもね、表向きは仲良しだけど裏では程良くバチってるよな」
「新メンバーちゃんがよく激論しているから、私達も遠慮せず物言いするようになりましたね。リオちゃんが特にアグレッシヴで」
「アイツは別名『TO-NAの豊昇龍』だからな」
「相撲ですか?」
「そう。あの猛々しさがリオに重なる。ワイルドでコワいあの猛々しさが」
「ちょっとイジってます?」
「イジってる」
「本人の前でそれ言ってみてください。張り倒されますよ」
「クラゲだってイジっとるやん」
常連客が入店してきたためここで御愛想とする。チャームは無かったが1人4,200円とリーズナブルな金額に落ち着いた。
「今夜の2句はどちらも上五にドカンと季語を置いた。最もやり易い型ではあるけど、偶には冒険せず基本に向き合うのも悪くないだろう」
「ですよね。私達だってまだ十数句しか詠んでいません」
「歳時記完成への道は未だ長いな」
「皆さんにも詠んでほしいですもんねカクテル俳句」
「そのためには確固たる下地を作らないと。城の石垣のように、上に色々載せても崩れない土台が必要だ」
「試行錯誤が続きますね。でもそれが楽しい。脚本執筆もそうですけど」
「そうだ、そろそろ撮影の日取り決めないと。よし、明日のレッスン終わりに会議だ」
「はい!」