女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテル(27)は、グループきっての文学少女・クラゲ(22)とバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定する。
あきたフェスを成功させたTO-NAの面々。束の間のリラックスタイムを、クラゲは新橋のサウナで過ごしていた。SL広場を通りかかった時、偶然にもタテルが駅から出てきた。
「あれタテルさん、奇遇ですね」
「クラゲじゃん。足つぼ行ってた?」
「残念、今日はサウナでした」
「そっちか〜!」
「会って第一声が『足つぼ行ってた?』なの、タテルさんくらいですからね」
「言ってくれれば一緒に行ったのに」
「どうせ私の足を見たいだけですよね。言わなくてもバレていますから」
「じゃあ当ててみな、今俺は何しようとしてた?」
「バーに行こうとしてた」
「何もかもお見通し、か……」
目当てのバーへ向かうため烏森神社周辺まで来たタテルとクラゲ。しかし一向にそのバーを見つけられない。
「えーっと、あれがニュー新橋ビルでしょ。だからこの路地……あれ?無いな」
「タテルさん、いっぱい歩かせて私を足つぼに連れて行こうとしてません?」
「な訳。前も1回行ったんだけど、入口も判りにくいんだよね」
「地図見ましょう」
「これがね、見てるんだよ。それでも掴めない」
「じゃあ私が探し出します!」
しかしクラゲもまた苦戦。結局15分彷徨って店を発見した。烏森神社の鳥居に続く路地(中央に排水用の窪みが通っている)上の「ほさか」という店辺りで曲がり、寿司屋(ややこしいことに、向かいに食べログSILVER受賞の寿司屋がある)みたいな扉を開けるとバーが現れる。

「普通バーの扉って、一枚板で重厚感あるもんね」
「絶対通り過ぎちゃいますねここ」
「バーの名前はP.M.9。まだ7時だがいいだろう」
店内は外の喧騒がさわさわと聞こえはするが、先客は誰もおらず落ち着きに包まれていた。奥の席に案内され、まずは季節の果実を紹介してもらう。
「ああもう柿の季節か。梨もある」
「未だ昼は暑いですけど、すっかり秋の風ですね」
「俺結構暑い。さっきスパイシーなカレー食べてきたから」
「それは暑いでしょうね」
「炭酸が入るものはありますか?」
「柿以外でしたら何でも」
「マスカットのハリが素晴らしい。よし、爽やかにマスカットのロングカクテルで」

果実をたっぷり使用し、ジンソーダに仕立てた。マスカットのアロマが見事に表現されている。あまりにも果実の質が高くて、底に溜まる欠片を掬えないことに悔しさを覚える。
「マスカットを季語にしますか?」
「そうだね。マスカットの一物仕立て詠みたい」
「一物仕立て、って何でしょう?」
「季語そのものを描写することだよ。反対は『取り合わせ』かな。季語に合いそうな場面をペアリングすること」
「なるほど」
「喩えるなら一物仕立ては日本料理、取り合わせは西洋料理」
「タテルさんがいつも言っている話ですね」
「そう。素材が良いものはそのまま楽しむ」
マスカットの皮より溢るるアロマかな
「マスカットの香りを表現する時って、どうしても『アロマ』という単語を使いたくなる。そもそもアロマって何なんだろうね?」
「確かに、柔軟剤やオイルの香りを表す時何気なく使ってますけど」
「調べてみた。ラテン語由来で『芳香』という意味だ。華やかな香り、食べ物の香り、『アロマ』を使うのは言い得て妙、となるね。そんなマスカットの香りが出る瞬間といえば?」
「えっ?どういうことですか?」
「仮に律儀に皮を剥いて食べた場合、シャインマスカットのあの感動的な香りは半減するだろう。皮を噛んだ瞬間、香りが溢れる。もう少し具体的に書こう」
マスカットの皮を破りてアロマかな
「うむ、これなら臨場感に満ちている」
「でもひとつ良いですか?これだとただマスカットを齧って1句詠んだとしても成立しますよね?」
「ああ、まあそうだな。マスカットを使ったカクテルじゃなくて、マスカットそのものの一物仕立てだ」
「マスカットのアロマをジンソーダの中に泳がせている。それを忠実に述べた方が良いのではないかと思います」
マスカットのアロマの中を遊泳す
「サラッとしすぎかな?」
「いや、良いんじゃないですか?このカクテルの前では『遊泳する』という言葉が非常に似つかわしいです」
「写真俳句の類だな。句自体は少し軽めだが、写真の中に置くことで読み手の実感に寄り添う」
「俳句にも色々あるんですね」
「伝統的な俳句は字面で勝負だけど、現代では風景や音、生き物やテレビ番組などと協力して、俳句に対する堅苦しいイメージを取り払おうとする動きが出ている。その中心人物こそ、夏井先生であると俺は思う」
「夏井先生のお姿見て、初めて俳句というものを真剣に考えるようになりましたよね。偉大な功績だと思います」
「俺もだ。カクテル歳時記という営みも、夏井先生の存在無しには生まれなかった」
そんな歳時記プロジェクトであるが、ひとつ問題点があった。カクテルをどの季節に属させるか、の基準が曖昧なことである。一応基本ルールには「各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定する」という文言があるが、漠然としていて心許ない。
ウイスキーを嗜みながら、ルールをより明確化する営みを進める。この店のウイスキーの品揃えは標準的であり、ジャパニーズは山崎・白州・響・宮城峡・余市の他クラフトものが数点。一方でタテルはWHISKY HOOPの列びに注目した。現地のウイスキーを日本の団体が独自にボトリングした、通常では手に入りにくい品々である。


今回はその中からSPEAKEASY。グレンギリー2014の10年熟成。59度弱という度数と渡り合えるトロッとした軽い喉越し。蜜のようなコクが少しずつ花開く。
「涼しくなりましたね。暑いとウイスキーのストレートは受け付けないですもんね」
「確かにそうですね。ハイボールにしたくなります」
バーテンダーの言葉にヒントを得たクラゲ。
「ベースのお酒ごとに季節を分けるのはどうでしょう?」
「それが一番わかりやすいな。蒸溜酒だとジン、ウォッカ、ラム、テキーラ、ウイスキー、ブランデー。これを仕分けしてみよう」
ブランデー…秋。葡萄は秋の食べ物。実りの秋を想起させる色。
ジン…春。ボタニカルなイメージ。
ラム…夏。甘蔗は本家歳時記において仲秋の季語だが、カリブ海や南の島のイメージが強く夏に分類される。
テキーラ…夏。メキシコの情熱的なイメージから。竜舌蘭も本家歳時記において夏の季語。
ウォッカ…冬。寒いロシアのイメージ。体を温める。
ウイスキー…秋。麦自体は初夏の収穫だが、ブランデーと同じく実りの秋のイメージ。
「上手く分類できましたね。でもジントニックは夏にしましたよね」
「例外は色々あるよ。炭酸の割合が高いものは夏に飲みたいから夏の季語になりがち。あとベースに関わらず、明らかに特定の季節をモチーフにしたカクテルはその季節に分類する。青い珊瑚礁はジンベースだけど夏、みたいに」
「今言った蒸溜酒が使われていないお酒もありますよね?」
「勿論だ。その場合はリキュールや割材の季節感で判断する。まあそれはまた今度議論するとして、次の酒いってみよう」

バーテンダーに秋らしいカクテルを訊ねたところ、見事ブランデーベースのサイドカーを引き出した。ホワイトキュラソーとレモンジュースにより少し甘く少し酸っぱく、軽やかな飲み口を演出している。
「割材に夏の名残があるから、秋は秋でも初秋かもね」
「夏の思い出を秋に思い返して黄昏る光景が詠めそうですね」
「良いと思う。京子の卒コンの時飲んだんだよねこれ」
「あらま。それは思い出深いものありますね」
「丁度隣の席に大久保さんが来て、そこで出会って一緒にバーに行って、今はお互いTO-NAを支える立場」
「エモさの連続。はぁ〜、素晴らしいカクテルだ……」
「まああれは春の出来事だから詠まない。クラゲの創作のヒントとして話したまでだ。クラゲらしい句をお願いしやす」
サイドカー同級生は漁師なり
「なるほど、漁師町出身クラゲならではの字面」
「全然情報入れ込めなかった……」
「表現したいことの全容、話してみて」
故郷にこの前帰って、友達の男女4人で海辺をドライヴしました。そのうち1人は、中学の時くらいまではちょっと弱々しかったのに、今や立派な漁師なんです。自分で獲った鯵を食べさせてくれて、とても美味しくて感動しちゃいました。
「お、おう……流石に全てを17音に入れるのは難しいね」
「ですよね。欲張りすぎました」
「17音というサイズ感を察知する。これも俳句を作る上で欠かせない能力だ。よし、最低限何を伝えたい?」
「故郷の同級生が立派な漁師になっていた、というひと夏の感動ですかね」
「いけそうだな。『同級生』が幅を取っている。これをどう短くするか、考えると良いだろう」
旧友は立派な漁師サイドカー
「なるほど、『旧友』か。故郷の同級生とは限定できないけど、田舎的な『漁師』と都会的な『サイドカー』という対比をヒントに想像してもらえる余地は残せた」
「何とか絞り出しました。ああ良かった〜」
「まだ終わってないぞ。引っかかるのは『立派な』という漠然とした説明だ。さっき捨てた要素をここに嵌めてみたらどうだ」
「弱々しかった旧友……」
軟弱な旧友が漁師サイドカー
「良いんじゃない?助詞を変えたことにより、『成長して強くなった』感を出せているし。上五は字余りでもいいから、軟弱だったのは過去の話、であることを示した方が良いかな。今は強い、という読みになる。その代わり中八をどうにかできれば」
「『漁師』を縮められるかな?2文字……あっ!」
ひ弱だった旧友が漁夫サイドカー
「いやあ、よく詰め込んだね。素晴らしい立ち回りだ」
「自分で自分を褒めたいくらいです」
「サイドカーが『ひと夏の思い出を懐かしむ』物であるという前提に立てば、クラゲの思いは確と伝わる」
「伝わりますかね?」
「余白をある程度残すのも俳句という文学だ。その余白を、読者が読者なりに埋めてくれれば良い」
ウイスキーを愛飲するタテルにはひとつ気になることがあった。ウイスキーベースのカクテルを、ピートが効いたウイスキーで作ったらどうなるのだろうか。

アイラ島のウイスキーをベースにしたカクテルをリクエストすると、ボウモア12年を使ってラスティネイルを拵えてもらった。ドランブイの香草の香りが漂った後、ピートのクセが余韻として残る。
「とにかく香りが多様。面白いカクテルですね」
「よおし、今回の俳句のキーワードは『焼畑農業』だ。まずは詳細を調べてみる」
焼畑農業とは、ある土地を焼きその灰を肥料にして農作物を育てる農業である。数年様々な作物を育てた後、長い期間かけて自然の姿を取り戻させる営み。
「土地を焼き払うというのは些か環境に悪そうな行いであるが、無農薬栽培ができる上、土壌を強化し様々な植物が育つ環境を作るという利点もある。焼畑により、今までは芽生えなかった作物が生育するようになった、とも書いてある。暴力的に見えて良い行いをしている、まさにラスティネイルをお似合いのタネだ」
ラスティネイル眠れる土を奮わせる
「まずは素直に記述してみた。ここからどう深みを出すか」
「『奮わせる』をもっと具体的な表現にできますかね?」
「そうだな。ネイル、つまり爪が『つつく』とすれば、2音名詞を挟む余地がある」
ラスティネイル眠れる土の尻つつく
「『尻』とは、なかなかの擬人化ですね」
「尻を叩く、の方が勢いあるかな」
ラスティネイル眠れる土の尻叩く
「尻を叩く、は慣用句だから意味も通じやすい」
「潜在能力を引き出す鋭き爪、実に文学的です。これで良いと思いますよ」
途中新橋らしく出来上がったおっさんの入店もあったがじっくり酒を楽しみ俳句を詠めた2人。会計も1人8,000円とそこまで高くない。
「次は向かいの寿司屋で食べた帰りに寄りたいね」
「江戸前のお寿司でしたっけ。行きたいです」
「と言いつつ福井にもあるだろ、有名な寿司屋」
「いやあ知らないです。家族で行くようなお寿司屋さんしか行かないので」
「予約取れたら絶対行こう。そしてクラゲの紡ぐ物語に組み込もう」
「すごい無茶振り。グルメを物語に取り込むのって、結構大変なんですからね!」
「そんな無茶でも乗り越えてくれると信じている。文学者クラゲの進化は止まらない」
「まったく、他人事なんだから……」