女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテル(27)は、グループきっての文学少女・クラゲ(22)とバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)の名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句における季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定する。
門前仲町にてワタナベクエストをしていたタテル。相方のいないクエストに寂しさを募らせていたが、それが終われば俳句作りの相方が待ってくれている。
「お疲れ様ですタテルさん。どうでした今回のクエストは?」
「欲張りすぎて腹一杯!肉ひとかけら残しちゃった……」
「ありゃりゃ。それは良くないですね」
「猛反省。でもデザート2品で腹を休めたから次は酒でチルだ」
「休まってますそれ?」
門前仲町で人気のバーといえばOPA。タテルにとっては、初めての渡辺料理店クエストの際は食前にも食後にも訪れ、すっかりお気に入りのバーとなっている。席が埋まってしまうといけないので食べログで予約しておいた。
2月からカクテルコースなるものが提供されている。月毎に内容が変わり、3杯で3500円(チャージ料は別)とリーズナブル。定番ものから通なものまで様々出てくるのが面白い。今回(8月)はラムベースの夏らしいカクテルがピックアップされていた。
「こうやって選んで下さると助かりますよね。初心者だと何頼んで良いかわからないので」
「そうだな。こっちも季節に合ったカクテル選ぶ手間省けるし」
「これが今月のカクテルです。ドーン!って示して下さると、こっちも俳句を詠みやすいと思います」

最初のカクテルはキューバリバー。コーラの甘みをラムの香りと重さが濃くしてくれる、大人だけが味わえる贅沢な炭酸飲料である。
それぞれのカクテルには解説カードが付随しており、俳句を考える上でものすごく参考になる資料である。キューバリバーは、キューバが1902年にスペインから独立した際の祝い酒として考案された。「リバー」は英語のriver(川)ではなくスペイン語のlibre(自由な)に由来する。
「スペイン語の発音に倣えばクバ・リブレ」
「全然違いますね」
「英語とスペイン語を交ぜ書きして『キューバ・リブレ』と表記するのが主流のようだ。riverとの混同を防ぐ、という意図があると思われるが、なら前半もスペイン語由来にしてしまった方が良いかな」
「クバ・リブレなら音数も節約できますしね」
独立を子らも喜ぶクバリブレ
「これは下書きも下書き。クバリブレの背景をそのまま記述しただけだから」
「助詞の『も』も気になりますよね。○○も、とやると、○○以外の存在が浮かんで焦点がぼやける」
「そうだね。安易に使うと怒られる」
「どういうイメージを句にしたのでしょうか」
「独立した国の子供達が、旗などを振って喜んでいる。キューバだから海の風景があってもいいかな」
我が国の海は碧いぞクバリブレ
「うーむ、心情は伝わりますが、子供の要素が抜けてしまいましたね」
「足りないな、異国情緒。子供たちが空に向かい……」
「異邦人ですか?」
「そう。あれはシルクロードが舞台だけど、その雰囲気を盛り込みたいね」
碧海に国旗振る子らクバリブレ
「大勢が日の丸振って英雄を迎える画、あるでしょ?それを描こうかと」
「なるほど。確かに浮かびますね。キューバの海の綺麗さも取り入れて」
「あ、いけね。また助詞を疎かにした」
碧海へ国旗振る子らクバリブレ
「助詞は『へ』だね。国旗を海に向ける、という向きのある動作だから『へ』にした方が躍動感出る」
「助詞1つで印象がガラリと変わる。日本語って面白いですね」
「軍艦が帰ってくるとか、そうでなくとも祖国の海への敬いとか、想像してもらえればと思います」

次のカクテルはフローズンダイキリ。ダイキリ自体は前回も詠んでいるが、改めて由来を確認すると、ダイキリとはキューバにある鉱山の名前で、そこで働いていたコックスというアメリカ人が涼を求め生み出したと云う。それをシャーベット状にしてさらにひんやり、飲みやすく。厳しい残暑の中歩いてきた身に沁みるものである。
「どうやらヘミングウェイが愛したカクテルらしい」
「老人と海でお馴染みの作家さんですね」
「あれは何だっけ、でけぇカジキと格闘して捕まえる話だっけ」
「そうです。最終的に鮫に駆逐されて、持ち帰ることはできなかったんですけどね」
「悲しいな。しんみりしちゃうね」
「ですよね。あんな頑張って得た物を、大物に食われてしまうなんて」
「なんか労働者の悲哀を想像しちゃうね」
フローズンダイキリ啜る稼ぎは権力者へ
「権力者の経済活動のために安い給料で肉体労働させられる人に目を向けてみた」
「プロレタリア文学、と言うと大袈裟かもしれませんが、そのニュアンスはありますね。面白い!」
「ありがとう。後はそうだな、直接的な表現をもう少し和らげたい」
「恐らく『啜る』で意味の切れ目になるかと思われるのですが、字面だけだと切れ目が判りづらいかな、と。そこも意識しつつ推敲してみましょう」
「労働者はフローズンダイキリを啜る。権力者は労働者を搾取する。……」
労働者はフローズンダイキリを権力者は労働者を啜る
「おお、定型を大きくはみ出しましたね」
「はみ出しすぎたな。これじゃただの短文だ」
フローズンダイキリを啜る労働者を啜る権力者
「これなら調べが生まれて、散文から脱却できていますね」
「後は『労働者』『権力者』をスリムに言い換えたい」
フローズンダイキリ啜る民を啜るお上
「民とお上。これが一番手短。どうだろう」
「リズムがどうなんでしょう?」
「すするたみをすするおうえ……わかった、1音余計なのがある」
フローズンダイキリ啜る民啜るお上
「おっ!整ったんじゃないですか?」
「『フローズンダイキリ』と『啜る』の間の助詞を省いたのだから、いっそ全部助詞を省く。これで勢いがついた」
「『啜る民啜るお上』の捲し立てるリズムが特に好きです」
「よっしゃ、これでいこう」
3杯目はピニャコラーダとブルーハワイの二者択一。今後様々なカクテルを網羅することを考えた時、課題となるのは「オーセンティックなバーに似つかわしくないカクテルをどこで詠むか」である。ピニャコラーダはクラシックなカクテルとして地位を築いているが、ブルーハワイはカジュアル寄りの存在であると思われる。
「ブルーハワイにしよう。この機を逃したら頼めないと思う」
「了解です。カクテルにも階級みたいなものがあるんですね」
「カシオレとかファジーネーブルとか、居酒屋にあるようなものを高級なバーで注文するのは気が引ける。マティーニやマンハッタンのように、歴史性や貫禄があって、バーテンダーの手技に依るものを頼むのが筋だろう。まあバーテンダーの作るカシオレとか、無いことはないみたいだけど」
「鍛錬して、頼む勇気が出てきたら頼んでみましょう」

ラムベースにパイナップル・ブルーキュラソー・レモン。こちらはキューバではなくハワイで誕生したカクテルであり、トロピカルな甘みを感じられる1杯である。とはいえラムとキュラソーの二段構えであるため、飲み過ぎは禁物である。
「そしたら私が一句詠んでよろしいでしょうか?」
「勿論さ」
ほろ酔いの先輩かわゆしブルーハワイ
「シホさんとハワイに行ったんですよ。シホさんあまりお酒強くなくて、弱めのカクテルでも微睡んで私に懐いてきました」
「いいなあ羨ましい、俺も絡まれたかった。女になろうかな」
「そんな理由で性転換しない!」
「冗談だよ。そうだな、サラッと詠めていて良い。議論のポイントは中八かな」
「そうですよね。下五も字余りなので、間延びした印象を受けます」
「『かわゆし』が感想になっていて直接的なんだよね。ここを情景の描写にあてて、ついでに音数も減らすのは?」
「どうすれば良いのかな……」


ひと足先に飲み干したタテルはウイスキーを追加注文した。今回タテルの目を引いた銘柄は「魚沼8年」。八海山でお馴染み八海醸造が手がける、米を使用したウイスキーである。米由来ということもあってか、キャラメルやチョコレートのようなまったりした甘みを感じる。
「キャラメルですか。うーん」
「違いますかね……ウイスキーの味の表現って難しいや」
「まあそんなものですよ」
「タテルさん、訂正案できました」
ほろ酔いの先輩なつくブルーハワイ
「動作にしました」
「そうそう、そういうこと。動作だけ示して、感想は読者に委ねる。漢字続きだから『なつく』とひらがな表記にしたのも良き」
「後輩に懐く先輩、なんて可愛いんだろう。って思って貰えたら最高です」
「さて問題がもう一つ。『なつく』の対象が、字面だけ見れば『ブルーハワイ』に向かってしまう」
「あそっか、そう読めてしまいますね。ブルーハワイを上五に持ってくる。あいや、中七を体言止めにすれば上手く切れそうですね」
ほろ酔いて懐く先輩ブルーハワイ
「良いねえ。先輩なのに懐く、ブルーハワイによりお洒落な関係性が見えてくる」
「我ながら良い句ができたと思いました」
「もうワンポイント変えてみても良いかも」
ほろ酔ひて懐く先輩ブルーハワイ
「歴史的仮名遣いを使えばよりお洒落になるでしょ?」
「そうですね、何か可愛くなりました」
「モチーフとなった先輩がまず可愛いからね。ああ会いたい、一緒にハワイ行きてぇ」
「私も一緒に行きますよ。何かあるといけないので」
「両手に花、だな。良いだろう」
夜もだいぶ深まり、終電の時間になったためお暇する。4品飲んだタテルの会計は6,000円とお手頃。カクテルコースの存在がありがたい。
「あきたフェスの準備で忙しくなるから、夏の俳句は詠み納めだ」
「また来年ですね。夏の終わりはいつも儚い」
「ロングアイランドアイスティーとか飲みたかったぜ」
「アイスティー?カクテルなんですかそれ?」
「来年のお楽しみ、ということで」
「えぇ〜、めっちゃ気になります」
「秋からは黄金色のカクテルが出てくる」
「タテルさんの大好きなウイスキーも」
「ああ。楽しみだな」
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