不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』三夏「ジントニック」初夏「モヒート」「グラスホッパー」(スタア・バー・ギンザ/銀座一丁目)

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテル(27)は、グループきっての文学少女・クラゲ(22)とバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテル(またはフレッシュフルーツ)名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句の季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテル・フルーツがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定する。

  

21時10分前(つまり20:50)の銀座一丁目。女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー・タテルは、知り合いのパーティーに出席した帰り、メンバーのクラゲを呼び出していた。
「タテルさん、お疲れ様です」
「いやあ疲れたよ。変なパーティーだった。悪酔いしそうな酒に冷凍食品クオリティの飯」
「冷凍食品は美味しいですよ。タテルさんの舌が肥えているだけです」
「悪かったよ。でも酒だけは仕切り直したい。丁度良かった、すぐ近くに有名なバーがあって」
「ここですか?スターバー」
「そう。だけど前行った時は満席で入れなかったんだよな」
「それだったら私が銀座に来た意味無いですよね」
「もし入れなかったらあの角にOPAがある。他にもバーはあるし、手ぶらで帰しはしないさ」

  

地下に降りてみると、カウンター席の埋まりは20%程。タテルの心配は杞憂に終わった。だが21時を回ると続々と客が入って来て満席に近い状態へ。この日は19時頃にスコールが発生し、客の出足が遅めであったとのことである。

  

メニューを見ると、税込とはいえカクテル・ウイスキー共に1杯2,000円は下らない。チャージも別途1,100円かかるため、あれもこれもと頼みづらくはある。
「今の時期に絶対俳句にしたいカクテルが1つある。なんでしょう」
「えーっと、季節の果物は…」
「果物じゃない。正解はモヒートでした」
「ミントか〜!」
「この時期のバーではよく出るからね。フレッシュなミントの香りが良い季節」

  

この店では、キューバ大使館から株分けされ、銀座某所で栽培されたイエルバブエナを使用しているらしい。ミントが入りと後半の2回香る。時間が経つとラムの濃さも感じる。

  

タテルはミントの葉を小さくちぎり、断片を摘んでいる指の鼻の前で振る。
「何やってるんですか?」
「断面から立つ香りを嗅ぎ取っているんだ。はぁ〜、良い香り」
「やってみよう。本当だ、力強い香りしますね」
「ストレートに表現してみよう」

  

モヒートのミントちぎりて鼻に遣る
「本当にそのままですね」
「要素が少ないから17音にすっと収まるね」
「動作の描写に徹した分、読者はそこから光景や香りを自由に想像できる。良い句ですね」
「ありがとう。でもちょっと待てよ、鼻に『やる』は軽すぎる気がしてきた。代わりの表現を探すぞ」

  

チャームはアンチョビオリーブ。なお、2人は内々で会話しているが、話し相手のいない1人客にはバーテンダーが代わる代わる話を振ってくれる。

  

モヒートのミントちぎりて鼻に振る

  

「1音変えただけでお淑やかな雰囲気になりましたね」
「やっぱり『遣る』に乱暴なイメージがあったのと、『遣る』だと葉を鼻の前に配置して終わりになるけど、『振る』という動作が提示されたことにより香りの立つ様が想像できて一段と句の味わいが深くなった」
「ただ『鼻に振る』という言い回しが許されるのか、という懸念はありますね」
「普通なら『鼻の前で振る』と表現したいところだけど、それをそのまま書くと散文的になる。俳句は17音しか使えないから、散文ではしない省略も許容される」
「納得しました。それが詩というものですよね」
「そうそう。ただ省略の加減を間違えると意味が通じない、作者の意図せぬ読みが生まれるなどの問題が発生するから注意だ」

  

「次の1杯、私からリクエストしてよろしいですか?」
「おっ、何選ぶんだろう」
「隣の人が頼んでいたんですけど、氷が見えなくなる?ジントニックが気になりました」
「ああ、さっきメニューにあった『忍者アイスジントニック』かな?ジントニックはまさしく夏の季語だ」

  

透明度の高い天然氷をグラスに配置。透明度が高いため、液体を注ぐと液体と同化して見えなくなる。
視覚的効果に関心が向きがちだが、ジンは「六」を使用しており、ボタニカル(桜)由来の甘みをよく感じる。口当たりも円やかであり、俳句を考えながらゆったり味わうことができる1杯である。
「じゃあクラゲ、このジントニックで1句詠んでみなさい」
「はい。そうですね、この透明感。氷を……」
「1つ忠告です。氷は季語です。しかも冬の」
「そうなんですか⁈」
「まあ自然にできる氷のことを指していそうではある。凍った湖面とかね。グラスの中の氷なら、本来の季語としての力は弱まるかもしれない」
「とりあえず『氷』という言葉は避けて、氷になった気持ちで詠んでみます」

  

ジントニックといふ花園に没入す
「今回のジンには6つのボタニカルな要素が入っている。そんなジンを植物園に準え、そこに氷が同化する様子を今流行りの『没入』という言葉で表現しました」
「没入。この言葉が正しく忍者アイスの特性を表現している」
「何とか捻り出しました。良かったあ」
「一方で気になる点としては、ジンを花園とするのなら、この句はジンソーダやジンフィズでも成り立ってしまう」
「ジントニックは何が違うんですかね?」
「ジンソーダはただ炭酸水で割っただけ。ジンフィズはそれにレモンやライムのジュースを加えたもの。そしてジントニックは、ジンフィズにおける炭酸水をトニックウォーターに替えたもの」
「トニックウォーターって、確か苦いんでしたっけ」
「そう。苦い炭酸水。でこの苦味が何由来かというと、樹皮なんだよ」
「樹皮なんですね」
「何が言いたいかというと、ジントニックにはトニックによる木の要素、レモンによる果実の要素も含まれる。花に焦点のあたる『花園』ではなく、総合的に植物が生る『庭』とすると良いだろう」
「なるほど!」
「あと、ジントニックが比喩に捉えられると季語としての鮮度が落ちる。なるべく比喩っぽくならない言い回しにしよう」

  

ジントニックの庭に氷の没入す

  

「お、整ったじゃん。『没入す』の主体も入ったね」
「かなり頭使いましたね。これが推敲か、楽しいです」
「クラゲはやっぱり文学に慣れ親しんでいるから、敲き台から俳句の才能感じる。伸ばしていこう」

  

「さあ次はどうしようか」
「甘めのもの飲みたいですね」
「この季節だとやっぱりミント系飲みたいな」
「前回のモッキンバードみたいなものですか?」
「それよりも滑らかなカクテルがあるんだ」

  

選ばれたのはグラスホッパー。GET 27をベースにブレンドされたペパーミントリキュールを使用。無垢な口当たり。生クリームとミント・ホワイトカカオ両リキュールが融合し、ヨギボーのように心地良いカクテルである。
「このカクテルの鑑賞のポイントは、チョコミントのニュアンスが強くありつつ、チョコやミントの荒々しさが無くて非常に綺麗であるという点。これをどう表現するか」

  

アパレル女子のパラセーリングやグラスホッパー
「タテルさんらしい俳句」
「好きなんだよ、女子がマリンアクティヴィティするの見るの」
「あまり誇らしげに言うことじゃないですよ。それに上中下全部で字余りしています」
「そうなるよね。長い名詞3つをボンボンボンと置いただけだからうるさいし芸が無い」

  

グラスホッパーパラセーリング女子の脚
「ちょっと……際どいですね」
「『脚』で着地することにより、脚をバタバタさせてパラセーリングを楽しむ気持ちを表現した」
「いやあ、女性からの共感は得難いかと思います。それ以上に、カタカナ続きで読みづらい点が気になります」
「それは気付いてた。『パラセーリング』という名詞が長い割に深み持たないんだよね。ここは敢えて説明しちゃおう」

  

グラスホッパー海原を浮遊する美脚
「説明とは言いつつ情景が思い浮かぶ表現にした。ただ未だ悩ましい」
「美脚が浮遊する、というのが奇妙です」
「そうなんだよ。それに美脚って、女子だけのものじゃないからね」

  

グラスホッパー海原を浮遊する女子
「きちんと『女子』と言い切りました。『女子』という言葉に、最初使った『アパレル女子』のようなお洒落で綺麗めな女性のニュアンスが含まれると信じます」
「『浮遊する』だと、水面に浮かんでいる可能性もありますよね」
「そうじゃん。ああ、日本語って難しいね」

  

グラスホッパー碧海を舞うオシャ女(じょ)
「『舞う』で通じたかも。2音節約したことにより女子の属性も言えた。ついでに海の色についても言及したくて『碧海』とした」
「情景ははっきりとしました。でもやはり頭でっかちな気がするんですよね。いくら上五の字余りが許容されているとはいえ……」
「なるほどね。じゃあちょっと攻めたことしよう」

  

ぐらすほぱ碧海を舞うオシャレ女子

  

「季語を改変する大博打。促音長音を消しました。軽い感じになったので表記もひらがなにしてみました」
「リズムが調った上に可愛らしい。下五も言葉の省略が解消されて、読み手に伝わりやすくなったと思います」
「そうそうその通り。インスタ女子がカタカナ語を謎にひらがなにしてストーリーズ上げる感覚。『ハッピー』を『はっぴー❤️』ってする感じ」
「流石タテルさん、女性に対する観察眼が鋭いです」
「それは褒め言葉?」
「いや、やめてほしい気持ちが2割ほど」

  

次頼むと1人1万円を超えそうなためここでチェックとする。会計は8100円。1杯あたり2000円を超えるので3杯でも高くつくが、その分どれもこれも綺麗に作られているので合点がいく。
「口直し大成功。おまけに秀句まで得られたよ」
「お高めではありましたけど、味も一流のバーですね」
「バー激戦区の銀座で、一つ抜けているかも」
「もう一度行きたい〜」
「そのためには映画をヒットさせたいね。脚本の進捗はどう?」
「筆が進まないです。ああでもないこうでもないとしていると、3行程度の記述に30分もかかるんですよ」
「作家あるあるだね。フィクションでは遅筆の作家先生多いけど、いざやってみると本当に時間かかる」
「それこそ推敲ですよね。時間かけてゆっくり、良い本を仕上げさせてください」
「あいよ。秋頃には書き上げて、蟹の美味しい季節に撮影入ろう」

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