不定期連載百名店小説『カクテル歳時記を作ろう!』晩春「テキサスフィズ」 & 三春「ハンター」(EST!/湯島)

女性アイドルグループ「TO-NA」の特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)を務めるタテル(27)は、グループきっての文学少女・クラゲ(22)とバーを巡りながら「カクテル歳時記」なるものを作ろうと試みている。
○ルール
一、カクテルの名前がそのまま季語となる。よって通常の俳句の季語を入れてしまうと季重なりとなる。
一、各カクテルがどの季節に属するかは、各カクテルがどの季節の季語に属するかは、材料の旬や色合い、口当たりの軽重などを総合的に勘案し決定する。

  

「タテルさん、突然ですがバーに行きたくなりました」
「本当に突然だなクラゲ。まあいいでしょう。ちょうど今日カレーを食べようと思っていてさ、その近くに良いバーがあるんだ」
「良いですねカレー。一緒に行きましょう」
「了解。じゃあレッスン終わりに行こう」

  

2人が向かう先は湯島。カレーの名店「デリー」は鰻の寝床のように狭く、奥に入ってしまったものだから出るのが少し億劫であった。
「暑い、暑すぎる!」
「辛いカレー食べるからですよ」
「汗噴き出す程辛いとは思わなかった」
「ちょっと落ち着いてからバー行きましょうか」
「そうだな。今の状態だと夏の俳句しか思い浮かばない」

  

デリー裏の外壁に10分程佇み体を冷やす。そして湯島駅方面に戻り青いビルのところから路地に入る。夜の店(ちょっと怪しい店もあるような)が多数集まっているエリアに、老舗のオーセンティックバー「EST!」はある。入口では混んでいそうなムードを感じたが、開けてみると先客は台湾からの2人組のみであった。カウンターの真ん中2席を確保する。
「季節的にはミモザがいいかな」
「ミモザという花はよく見かけますね。黄色い花で甘い香りがするから、もしかしてオレンジジュース使っていますか?」
「そうそう。シャンパーニュをオレンジで割るんだ。フレンチの食前酒でもよく飲まれる」
「なるほど。今の季節にぴったりですね」
「旬の果物が置かれてるでしょ。たぶんあの蜜柑を使って仕上げてくれると思うんだよな。楽しみだぜ」

  

しかしミモザを注文してみたところ、シャンパーニュの在庫がないため作れないとのことであった。
「やっぱそうか。ワインを置かないバーはあってもおかしくないよな」
「ミモザに似たものってありますか?蜜柑を使って」
「それでしたらテキサスフィズはいかがでしょうか?ジンベースの炭酸系です」
「それにしてみようか」

  

ジン、オレンジ(蜜柑)、炭酸で作られた非常にシンプルなテキサスフィズ。すいすいと飲めてしまう中、蜜柑の生々しい味わいが光る。
「これならあまりお酒に慣れていない人でも飲みやすいですよね」
「そうだな。酒豪にとっちゃ物足りないかもしれないけど」
「タテルさんは酒豪だから物足りないんですね」
「決めつけるな。俺を酒豪呼ばわりして」
「カコニさんから話は聞いてますからね。旅番組で酒飲みすぎて大変だったこと」
「頭痛くなったり潰れたりするようなら酒豪ではない。真の酒豪は鯨飲してもケロッとしたままだ」
「そうなんですね」
「今日はもう遅い時間だし、3杯くらいにとどめるよ。次はウイスキー飲もうかな。樽があるの気になってるんだけど」

  

目の前には3つの樽がある。バルベニー12年、14年、そして銘柄の記されていないアイラウイスキー。
「この白いのはラガヴーリンです」
「なるほど!樽を置いているバーは見たことなかったので」
「樽用のウイスキーが届いて、鰻のタレのように継ぎ足しております。樽の中なのでより熟成が効きます」
「じゃあラガヴーリンをストレートで。クラゲにはもしかしたらクセが強すぎるかもしれないけど、どうかな?」
「安心してください、クセには慣れているので!」
「病院の消毒液のにおいとか、大丈夫?」囁くタテル。
「そんなんするんですか?でも好きですよ」
「いいね!」

  

グラスが手渡された瞬間、薬品系の香りが遠くからでも漂い来る。アイラ島のウイスキーによくある強いアイデンティティである。口に含んでも強い香りはそのままであるが、熱い風呂も耐えている内に心地良く思えてくるように、飲み進めていくと慣れてくるものである。

  

デフォルトで出される摘みは皮付きのカシューナッツ、そして品川巻きという渋めのラインナップ。俳句を考える時の御供に適している。
「テキサスフィズは初めて飲むお酒に相応しい存在。大学のコンパで『私そんなに飲めない〜』なんて言ってる女の子がさ、かわい子ぶりっこして微量ずつ口に含んでいるんだろうなあって」
「鼻の下伸びてますよ」
「ごめんごめん、世界観に浸りすぎた。まあ俳句も文学だからな、それくらい浸って作った方が深みが増すものよ」

  

女子大生テキサスフィズをちびちびと
「上五を『新入生』などとしても良かったんだけど、新入生は季語だから季重なりになるし、大抵の場合未成年飲酒と受け取られてしまう。新入りのニュアンスは季語テキサスフィズに託して、女子大生という登場人物を強調させた」
「なるほど。でも初めてのお酒、という情報は薄れてしまっているようです」
「まあね。そしたら下五をいじろうか」

  

女子大生テキサスフィズを恐る恐る

  

「人物とその属性がはっきりしたことにより、コンパで酒を飲んでいる場面が浮かびやすくなったと思う。『恐る恐る』という言葉で主人公が酒に慣れていない様を想起させる」
「良いですね。でも上五と下五が字余りです」
「基本は五七五に嵌めるべきなんだけど、どうしても字余りが発生する場合は上五で余らす。10音近くを駆逐する長い季語もあるからね、そういうものは上五に押し遣るんだ。その代わり中七での字余りは原則避ける」
「下五での字余りは?」
「それもどちらかと言うと避けたい。ただ今回は『恐る恐る』という繰り返し言葉を利用しているから、そこまで気にならないという見方で通ると思う」
「リフレインみたいでリズムがありますもんね」
「夏井先生なんかリフレインお好きそうだしね。まあ良しと思わない先生もいるから、その辺は裁量に委ねていいと思う。中七字余りだけは確実に避けよう」

  

次の俳句を求めタテルがあたりをつけたのは、チェリーブランデーを使用したカクテル。
「一番有名なのはチェリーブロッサム。あとはローザか、ウイスキーと合わせたハンターというものもあります」
「王道をいくならチェリーブロッサムですかね」
「敢えて少しニッチな方を選んでも良いかも。ハンターにしてみようかな俺」
「じゃあ私もそれをいただきます」

  

ミキシンググラスから注がれる甘美なるカクテル・ハンター。チェリーブランデーに含まれる甘みがバニラのように洒落ており、タテルの脳内にはコケティッシュな女性が思い浮かんだ。
「高校まではパッとしない暗い女の子だったのにさ、大学入ってバイトとかしてたらすっかり垢抜けて、ブランド品に身を包んでいる人っているじゃん?」
「ありますね。高校の友達に久しぶりに会ったらセレブみたいな出立ちをしていたり」
「サングラスとかもしちゃってね。黒くて四角い」
「それは逃走中のハンターです」
「ハンターだけに」
「巧くないです」
「サングラスの有名ブランドって何だっけ?いっつもユニクロとかで買うからハイブランドがわからない」
「レイバンですかね」
「あぁ、レイバンね。音数的にも丁度良いや、取り入れてみるか」

  

レイバンの様になりてハンター飲む娘
「うぅむ、五七五に上手く嵌まらない…調べも悪い気がする」
「確かにギクシャクしていますね。『様になりて』をもう少しコンパクトにできると良いのかな」
「シンプルに『似合う』でも良いかもね」

  

レイバンの似合う娘の飲むハンターよ
「整ってきた。ただこれだとちょっと説明臭いかな」
「散文っぽさが少しありますね」
「最後ハンターに焦点が絞られるんだけど、俺の演出プランでは人物を映して終わりたいんだよね」

  

ハンターを手にレイバンの似合う娘よ
「ハンターを前に持ってきましたね」
「そう。俳句は語順を変えるだけでガラリと印象が変わる。ハンターというカクテルの寄りから入ってズームアウトし、サングラスの似合う艶かしい女性が映る。酒も女もひき立つ」
「すみません、ひとつ疑問があります。この女性はサングラスをしたままお酒を飲んでいるのでしょうか?」
「ああなるほど、店の中で飲食する時はサングラス取らないとダメってことか」
「そうですよ。タテルさん普段から口うるさく仰っていますよね」
「じゃあ屋外で飲めばいいじゃん。ついでに場所の情報も盛り込もう」

  

レイバンを提げてハンター飲む海辺

  

「海の見えるリゾート地のカジュアルバーを想像した。俺の大好きなインスタ女子がよく投稿していそうな」
「エロス大爆発ですね。あ、でもこれでは夏の俳句に受け取られてしまいそうです」
「そこで効いてくるのが春の季語ハンター。夏の海とは異なるニュアンスを描ける。サングラスを外して胸元にかけ、夜の海を眺める。少し肌寒いだろうからショールを纏いながら、度数が強く口当たりも重めのハンターを飲む。夏には飲みにくいカクテルだからな。足元もサンダルというよりはショートブーツ、ちょっと気取ればピンヒール。おっと、この辺は読者の想像にお任せしよう。自解を垂れ流しすぎると、句の解釈が狭まってしまう」
「俳句は音数が少ない分、様々な解釈ができるから面白いですよね。勿論ある程度的を絞る必要はありますが」
「映像を描けば後は受け手に任せる。その映像の作り方、カメラワーク、そういうところを少しずつ鍛えていこう」
「ありがとうございます!」

  

会計は3杯飲んで1人7,700円。他の人の口コミをみると3杯で8,000円を超える会計もあり、高級な部類に入るバーであるようだ。

  

「クラゲ、今度の新曲の歌詞、順調に書けてる?」
「はい!美しい風景が思い浮かぶ作詞になりそうです。振り付けも加えたらエモーショナルなパフォーマンスになりますよ〜」
「楽しみだね。クラゲの高い文学の素養が素敵な曲を生む。この前作詞してくれた『宵待月』も良い作品になったもんね」
「有難いです、大事にしてもらえて」
「映画の脚本も書き始めてる?」
「そうですね、少しずつではありますが」
「設定とか考えているんだ」
「はい。舞台は私の故郷・福井にしようと思います」
「素敵じゃないか。越前蟹食べたい」
「タテルさんすぐ食べ物の話する〜」
「だって食べたいんだもん」
「じゃあ食べ物に軸足を置きながら、物語紡いでいきましょうか」
「助かるよ。エモい映画、一緒に作ろうな」

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