『続・独立戦争 下』内包ストーリー『秋田フェスプロジェクト〜ふるさとのにじ〜』 七色「色は違くても」(BAR USHIO/秋田)

人気女性アイドルグループ・TO-NAへ、秋田県から直々にフェス開催のオファーがあった。TO-NA特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)のタテルは二つ返事で受諾し、特別な想いを持って準備を進める。

  

3人はタクシーに乗り込む。それほど酒を飲まないニコだけホテルに送り届け、タテルとカコニは2人でいつものバー・レディを訪れた。
「寛楽さんにお泊まりでしたら、USHIOもハシゴしていったらどうです?」
「ああ、有名ですね。聞いたことあります」
「あそこのマスター、うちの出身なんです。良かったら是非覗いてあげてください」
「カコニ、行ってみるか」
「大丈夫ですか?タテルさんかなりいい気分になられてますよ」
「まだまだ!秋田の夜はとーっても長いから!」
「中村アンさんみたいに言わない」

  

ハイになっていた2人は、USHIOへの道すがらニコに電話をかけることにした。
「もしもしニコちゃーん、まだ暫く起きてる?」
「はい、もう少し踊りの練習を。随分気持ちよくなられてますね」
「いっぱい飲んじゃって。タテルさんあれこれ頼むからさ」
「じゃあもうすぐ戻られるということですね」
「いや、もう1軒」
「えっ⁈」
「ホテルの丁度向かいくらいかな?だよねタテルさん」
「そうだと思う!」
「USHIOってバーに行くから、ニコちゃんも来て」
「お風呂入っちゃったんですけど…」
「少しくらい大丈夫!」
「……行きます。でも気をつけてくださいね」
「ありがとうニコちゃん!」

  

さけ富、深夜営業が主の蕎麦居酒屋たちそばを過ぎると間も無くUSHIOが現れる。外には「コスパとタイパの悪い店」と注釈のある黒板があり、遅い時間であったため中に入ると客は居なかった。そしてマスターの第一印象は実にスモーキーであった。
「あのぉ、レディさんより連絡いってますかね」
「いってます。どうぞこちらへ」

  

そこへニコも入店してきた。
「ごめんね急に呼び出しちゃって」
「急すぎますよ」
「バー大国秋田だから1軒くらい訪れておかないとね。ここはノンアルも歓迎だってよ」
「それは有難いですね。でもせっかくだから1杯くらいはアルコールいただきます」
「そしたらジントニックが良いかもね」

  

男鹿で有名なクラフト日本酒・稲とアガベの関連会社が製造するSANABURIというジン。複雑で多彩な味わいがクラフトジンの特徴であるが、こちらは男鹿名産の塩を製造する際に出るにがりも使用されており、ドライな芯が一本通っている。秋田杉ジン・岑・ナイトトラベラーなどが有名な秋田クラフトジン界隈に新風を吹かせる存在である。

  

そしてこの店のチャームは可也良い。苦味がしっかりあるゴーヤチップス、大きくて仄かに甘みのある豆菓子、香りの良い黒豆、しゃぶり甲斐のあるジャーキー、爽やかレモンのドライフルーツなど多彩で良質な顔ぶれ。だいぶ酒の入った深夜であっても手が伸びてしまうものである。

  

「でもよく遅くまで起きてたねニコちゃん」
「お見立て会のこと考えていたら全然眠る気にならなくてですね」
当初は7月実施予定であったが、タテルの逮捕により無期限延期となっていた新メンバーお見立て会。新メンバーのみで楽曲を披露し、自己紹介や特技披露も行うこの晴れ舞台を、あきたフェスの中で実行する運びとなっていた。ニコは自ら志願して、新メンバー内におけるリーダーを務める。グループ全体を纏めるキャプテンカコニが相談に乗る。
「個性があまりにも豊かだから、纏めるの大変そうだよね」
「はい。皆がバチバチに個性爆発させようとするので、俯瞰して観るとどこ見て良いかわからないパフォーマンスになっちゃうんですよ」
「せめぎ合うのは良いことだけどね。そういう時こそニコちゃんが、気付いたこと遠慮せず指摘すればいいんじゃない?」
「そうなんですけど、言うこと聞かない子が多くて。アリアやダリちゃんとかフワりん、自分を強く持っている人は特に」
「確かに苦労しそうではある。目立つ方ばかり気にかけてると、バンビや遥香みたいに大人しい子が遠慮しちゃうし」
「一致団結って、簡単には言うけどやろうとすると難しいですね」
「難しい。タテルさんだって今の話聞いてなさそうですし」

  

「レディのマスターからフレッシュミントがどうたら言われたんですけど」
「まあ名物ではありますね。そしたらミントジュレップとかどうです?」
「丁度飲みたいと思ってました。お願いします、3人分」
「3人分⁈飲むって言ってませんよ私」
「いいからいいから!」

  

バーボン、フレッシュミント、砂糖を合わせたミントジュレップ。メタリックなストローに唇を触れさせ嬉々として吸い上げる。ミントの香りと砂糖による甘みがあまりにも心地良く、飲むスピードがどうしても上がってしまう。

  

「秋田は素晴らしい。我々TO-NAでフェスができること、光栄です」
「へぇ、それは嬉しいですね。どこが特に良いですか?」
「全国レベルで勝負できる料理店が多いところ、日本酒やバーの名店が多いところです」
「特に好きな店とかあります?」
「永楽はもう本当にすごい。今日も花朝月夕という良いもの飲ませていただきました。移転して席にゆとりができたから心置きなく飲めますし」
「なるほど。移転する前の狭くてわちゃわちゃしている雰囲気も良かったですけどね」
「それはありますね。店員さんとも沢山喋れましたあの時は」

  

「他のメンバーにも俯瞰してもらってさ、みんなで改善点を相談しないとじゃない?」
「確かにそうですね。全部1人でやろうとしてた……」
「ニコちゃん見てると、ついこの前までの私を思い出してさ。グミさんが負傷してキャプテン代行やるってなってから、どうして良いかわからなくなったんだよね」
「カコさんにもそんなことが?」
「そう。でパルに相談したらさ、1人で抱え込みすぎだって言われて。やっぱり皆の意見に耳傾けるのも大事だよね。当たり前のことだと思うけど、前へ前へという意思が強いと忘れがちになる」
「個性強い人ばっかだから、何言われるか怖くて……」

  

「まだ皆のこと、信頼できていないようだね」
「タテルさん、急に口出ししないでくださいよ」
「聞いてないと思ったでしょ?ちゃんと聴いてるからね。すみません、ウイスキーを何か」

  

レディと比べると狭い空間であるが、ウイスキーの陳列は多彩で見事である。ピートの効いたものをリクエストし、出てきたのはアードベッグのコリーヴレッカン。コリーヴレッカンとはアイラとジュラの間にある渦潮の発生する地帯で、日本で言えば鳴門なのだろう。口当たりは軽く、アードベッグらしい薬香の奥にはフルーティな甘みのコクを感じる。

  

「クセのある面々集めた責任は俺にある。難しい舵取りを任せることになってすまんな」
「それは全然」
「でも自ら志願したのなら、恐れずに皆の本音を聴いてあげるべきじゃない?」
「……はい」
「折角みんな寝食共にしてる訳だからさ、車座になって本音ぶつけ合ったら?カコニだってしたことあるよね」
「あります。同期内でも、先輩後輩交えても」
「でしょ。だから一度やってみようよ。そしてバラけた個性の中でも一つ同じ方向を指す軸を見つけてそれに拘る。そしたらパフォーマンスも自ずと揃ってくるんじゃない?」
「イメージ湧いてきました。やってみます!」
「まあ俺は嫌だけど。小っ恥ずかしいし」
「ズコッ。なんて言ってますけど無自覚に本音曝け出してますよね」
「そうなのかな。まあ雑談の流れでフラッとその話題になっても良いんじゃない。カコニ、俺らは干渉しないようにしよう」
「そうですね。でも本当に困ったら頼って」
「カコさんもタテルさんもありがとうございます。降りてきて良かった……」

  

だいぶ酔っていたタテルはいくら払ったか覚えていない。1人5000円はいってないはず。現金で支払い店を出る。
「起きれたら明日はスープホリックに」
「あそこは良いですよ。是非行ってください」
「その後男鹿に行きます。楽しみです」
「よく秋田のことご存じでいてくださって、嬉しいですね正直。熱い会話交わされているの聞いて、フェスも覗いてみようかな、と思いました」
「有難いです。是非ライヴ観て、店戻ったらお客さんと感想語り合ってください」

  

「いやあ、毎晩飲み歩いても飽きないね秋田は」
「秋田なのに飽きない。ハハハハ!」
「カコさん酔ってますね。ベタすぎる駄洒落ですよ」
「もう飲み過ぎだよ、タテルさん!」
「なんで俺が怒られる⁈」
「楽しそうで何よりです」

  

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盆踊りで幕を開けた初日のライヴ。5曲ばかり披露した後、新メンバーのお見立て会が始まった。先輩メンバー書き下ろし曲にのせて、一糸乱れぬパフォーマンスを披露。

  

その後ニコの進行で、自信家アリアの絶唱、控えめバンビのルービックキューブ早揃え、肉体派チカの逆立ち体操、パリピダリヤのラップ、正統派美女エリカのエチュード、自由人フワリの宝町劇団員風メイク講座、清純派遥香のおつまみセレクション、頭脳派ニコのvs観客早押しクイズといった特技コーナーを実施。

  

「私達こんなに多彩な面々ですけど、目指す方向は一緒。TO-NAの曲を通して、皆さんに自分自身の個性を大切にしてほしい。個性が重なって生まれる虹は美しいものです。私達も綺麗な虹を作って皆さんの心を震わせたい。さあお見立て会ラストは、8人でぶつかり合いつつ創り上げた船出の曲『RAINBOWS』です。皆さんに虹を架けますよ〜、楽しんじゃってください!」

  

こうして新メンバー達は観客に強烈な印象を残してステージを降りた。その頃先輩メンバーは、国教大のホールにて、何故か大勢の子供達と居た。

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